トム・ワトソン

今年の全英オープン、予選ランドの二日間は、石川遼とタイガー・ウッヅが
 話題を独占しました。
そして決勝ラウンドは、言うまでもなく今年、還暦を迎えるトム・ワトソンでした。

最終日にテレビを見ていた方の大半は、トム・ワトソンの優勝を願いながら、
 ご覧になっていたと思うのですが、如何でしょう。

ワトソンにとって1977年の全英、このターンベリーで勝った思い出のコース。

その最終組のリポーターをしていたのは青木功、ちょっと昔話が少なかったように
 感じましたが、どんな気持ちで試合を見てたんでしょう。
青木とワトソン、振り返ると長い長い歴史があるんです。

今は消滅してしまったサントリーオープンは、1973年に静岡県の
 愛鷹600ハンドレッドクラブで第一回大会が開催されたののですが、
その時の優勝者は杉本英世。
 アメリカからは、今後期待の新人選手と招待されたのがトム・ワトソンです。

ワトソンは、その年、リンダ婦人と結婚したばかり、新婚旅行気分で日本に
 二人でやってきたんです。
そして予選ラウンドで一緒に回ったのが青木功です。

その試合、青木功にも付き合いだしたばかりの新しいガールフレンドが
 いました。その人は現在夫人、チエさん。
その頃のトーナメントは、それ程のギャラリーもなく、

常に青木とワトソンの組を見て回る二人は、次第に世間話をしながらの
 観戦となりました。
プロゴルファーは試合をしながらも、友人や妻の行動をよく見てるものなのです。

ホールアウト後、青木は、
 「初めて会ったのに、ずいぶん話し込んでいたな、何を話してたの」
チエさんにそう聞いたらしいのです。

「リンダが言うには、日本は何もかも楽しいけど、たった一つの不満は、
 ホテルのディナーのステーキが高いこと、アメリカの十倍ですって」
それを聞いた青木は、チエさんに言ったんです。

「そうか、だったら今夜から、ホテルの食事のサインは全部青木功と
 書くように伝えてくれ」
その翌年、1974年からマスターズなど、アメリカツアーに参戦するように
 なるのですが、二人が親交を深めた事は言うまでもありません。

それに、もう一つ、1977年、ジャック・二クラスと戦ってワトソンが勝った、
 ターンベリーの全英オープンは、青木功が始めて参加した全英オープン
なんですね。

当時は、土曜日も予選落ちがあって青木は予選落ち、
 翌日の日曜日は、ジャックとワトソンの一騎打ちを見て、
その足で翌年の開催地、セントアンドリュースを下見、
 1978年の全英は、7位に入り、イギリスでのゴルフに手応えを感じたのです。

中野好明のゴルフ-グリーンサイド

アーカイブ

2009年10月

        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
ゴルフを楽しむ専門ギア情報トップページ
ゴルフ業界の求人求職
田原紘の100切り力をたくわえる
ドスケビッチ三石の業界潜入ブログ
プロペシア浅水の髪の毛と紫外線
ピッチャー津野のゴルフはカッコから
マッスル片山の今日もゴルフ界を歩く