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プロゴルファー別府有里子「ゴルフは人生を豊かにするツール」

 2017/08/15 遠藤淳子の「女子プロ列伝」
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別府有里子

月刊ゴルフ用品界2016年11月号掲載
なお、記事内容は本誌掲載時のものであり、現況と異なる場合があります。


ゴルフがあって救われた

「私はゴルフがあって救われた思いがある。ゴルフは人生を豊かにするツールの一つ。これを広めたい」―熱くそう語るのは別府有里子。

日本女子プロゴルフ協会(LPGA)A級を持つティーチングプロだ。身長170㎝、体重54㎏ のモデル並みのスタイル。最初は少しはにかみながら、慣れて来ると朗らかな人柄がにじみ出る。

知的でいながらあけっぴろげな素顔で、レッスンだけでなく様々な分野で活躍している。

ゴルフとの出会いは22歳と決して早くない。文化学院文学科でジャーナリズムを専攻し、編集の仕事をするつもりでいたが、母の手助けが必要になって一転。家事手伝いとなった。

17歳違いの2人目の弟の世話と、不動産会社社長という多忙な母をサポートすることになった。専業主婦にもなりたかった娘は、これを受け入れる。

その合間に、近所のゴルフ練習場でアルバイトを始めた。

チラシを見て働き始めたのは学生時代。だが、特に興味もなく、しばらくはただ、仕事をしていただけ。

しかし、恵まれた体格を見た周囲が放っておかない。やがて、勧められるまま、クラブを握るようになる。ちょうど、高校時代からの恋人と別れたばかり。「これからどうしよう」と思っていた頃でもあった。

最初から球も飛んで面白かった。アルバイトだから無料で打てる。。夢中になった。レッスンも受け、2年が経った頃、乗せられて試合に出始めた。

人生で初めてスポーツにどっぷり浸り、いつしか全国レベルの大会に出場するほどにまで成長した。

意地悪に嫌気。プロ志望に

積極的に始めたわけでもない競技ゴルフ。これがプロ志望に変わったのは、アマチュア界の空気に嫌気がさしたからだ。

上達するにつれ、飛距離のある若者をやっかむおばさんゴルファーたちに意地悪をされることが増えた。ひとりやふたりではない。「飛ぶだけじゃねぇ」と、皮肉を言うのは当たり前。スコアを書きまちがうと罵声が飛んでくる。

ゴルフがうまくても性格の悪い人間たちと同じ世界にいるのが嫌になった。

「もっと質の違う人の中でゴルフがしたい。プロテストを受けてみようかな」と自然に決めた。この時27 歳になっていた。家事手伝いでは収入はあまりない。それまでにもゴルフをすることを応援してくれていた両親に相談した。

父は1970年代にプロ野球の巨人、太平洋クラブ(現西武)大洋(現横浜)で投手として活躍した関本四十四。1974年には最優秀防御率のタイトルを獲得した名投手だ。

有里子は1973年生まれの長女だから、5歳の頃にはすでに引退していたが、解説者や評論家、コーチなど野球関連の仕事を続けていた。

突然、プロを目指すと言い始めた娘に、最初は目を丸くした。だが「ゴルフを始めたのは遅いけど、球が飛ぶのは有利だから(合格は)不可能じゃないと思う」と背中を押した。有里子の挑戦が始まった。

トレーニングで体を作り、コーチについて練習の質を変え、量を増やす。取り組み方をガラリと変えた。

入会テストと言われる1次を2度目で突破し、2次を3回。最終テストにも3回挑んだ。それでも、プロへの道は険しい。

お金もバカにならない。2007年に不合格となった後、改めて自問した。

間もなく34歳になる年齢と自分の技量を秤にかける。「それでも私、プロになりたいの?」すると、自分に競争心があまりないこと、賞金で食べていく意識が足りないことに気が付いた。

結局、この年を最後にテストを断念した。前の年に父に「合格せずにこのままだと、ただの元研修生でゴルフがうまい女の子だ。それより、ティーチングの資格も取ったほうがいいだろう」と言われ、並行して勉強を始めていた。

2010年にティーチングプロC級を取得。B級を経てA級にステップアップしたのが2013年。以来、ティーチングプロとして活躍を続けている。

いじめられっ子で読書家で

神奈川県で生まれ育った小学生の頃はいじめられっ子だった。元プロ野球選手の父を持ち、サラリーマン家庭ばかりの地域で異色だったからだ。

ごく普通にプロ野球選手が家に訪ねて来ると「○○が出てきた」と、やっかまれる。「ジャイアンツが負けた」と言ってはいじめられる。小6ですでに身長が162cmもあり、周囲より頭一つ高く、目立ってしまったのも災いした。

そんな少女の友達が本だった。

「父は引退後、社会人としてやっていくために、とすごくたくさんの本を読んでいました。新聞も全紙、隅から隅まで読む。だからコミュニケーション能力が高い。元選手ですが、原稿は自分で書いていました。私も父の本はみんな読んだし、学校の図書室の本もほとんど読んだ」と振り返る。

中学時代は獣医になりたいと思っていた。拾った猫を度々獣医に連れて行く。ところが、あまりに多いので呆れられ「動物がそんなに好きな人は辛くなるからやめたほうがいい」と言われてやめた。

自由な校風で有名人の子供も多い和光学園高校に進み、狭い世界から解き放たれる。遊んだり、恋をしたり、大学生のような日々を送った。そんな少女が、大人になり、ゴルフを始め、今では人々に広めようとしている。

有里子にとってゴルフは、大事な存在になっている。「私、人を観察したり、気配を感じたりするのが好きなんです。それにおせっかい。だからレッスンは天職かもしれない」と笑う。

会社を立ち上げ、物販やイベント、ツアーの企画をする。他社の経営に名を連ねる。様々な形でゴルフとかかわる経験を積み、思いは深くなる一方だ。

「たくさんの人と出会えて健康にもよく、家族で楽しめる。私はゴルフがあって本当に救われた。みんなに、やることを探しているならゴルフにしませんか?と言いたいですね。そのためにゴルフへのハードルをいかに下げるか、どうやってゴルフを続けてもらうか、どうやって年配の方に今より5年続けてもらうか、を考えたい。

若い人にはこんなことも言いたいですね。人事の方って、履歴書の趣味や特技にゴルフ、の文字があると、どうしても目が行ってしまうんですって。それほど正しい大人の社交なんです」。何となく始めたゴルフの素晴らしさを人に伝える。今はその使命に燃えている。

淳子目線

4期目を迎えるBeYour Style99の代表取締役として、ゴルフ普及への夢は広がる。現在も様々な企画をあちこちで提案しているが、根本にあるのは「みんなのゴルフ寿命を延ばしたい」という思いだ。

遅く始めたからこそ感じるゴルフの魅力。これを伝えたい。

だから「個人でできるものと、組織としてしか動かないものの両方があると思うんです人と一緒にいろんなものを作っていくというのは、トレーニングが必要なこと。それが人生の課題です」。

そう口にするのは、不器用だという自覚があるからだ。だが、不器用なのは決して悪いことではない。地に足がしっかりと付き、周囲を見回すことができていることが、話せば話すほど伝わって来る。

人の気持ちに敏感でいながら、自分に正直でいられる。そんな人間が出す企画が、みんなの心に刺さらないはずがない。

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別府有里子

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遠藤 淳子

遠藤 淳子

フリーライター。都立三鷹高校→日本大学文理学部社会学科卒。東京スポーツで10年間、ゴルフ担当記者としてメジャーを始め日米欧男女各のトーナメントを取材。1999年4月よりフリーランスとして執筆を続けている。

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