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プロゴルファー表純子の連続試合出場記録を支えた二人の存在

遠藤淳子の「女子プロ列伝」 この記事を書いた人:
 
表純子

月刊ゴルフ用品界2015年11月号 『女子プロ列伝』に掲載。
なお、記事内容は本誌掲載時のものであり、現況と異なる場合があります。

会心の笑みを浮かべて優勝カップを抱く。細い目をさらに細くした温かい表情。表純子が今年(2015年)、2度目の主役となった。ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープン。大会前には肩から背中にかけての痛みを覚える苦しい戦い。優勝争いの相手は大山志保だ。

(2015年)3か月前のヨネックスレディスでも激突し、敗北を喫している実力者とのリベンジをかけた戦いを制し、2年ぶりのツアー4勝目を挙げた。

「本当にうれしい」と笑う横で、そっくりの優しい笑みを浮かべたのはキャディーでもある夫、広樹さん。2人を取り囲み、岡本綾子を師匠と仰ぐ”チーム岡本”の勝利を、妹弟子たちが祝福した。青山加織、森田理香子、若林舞衣子。誰もが自分のことのように喜んだ。仲間との絆の強さ、表の面倒見の良さがにじみ出た瞬間でもあった。

2か月ほど前にも、表の笑顔は明るく弾けていた。(2015年)6月のアースモンダミンカップ。日本女子ツアー最多の155試合連続試合出場という大記録を達成した時だ。2011年ダイキンオーキッドからこの試合まで155試合。表は、シード選手でも出場できないことのある試合も含めたすべてに続けて出場している。

棄権や失格もない完全な記録を打ち立てたのだ。これは今でも更新され続けており、日本女子オープンまでで既に167試合(2015年11月現在)となっている。この時も、後輩たちが祝福した。

(2015年)2月に41歳になった。女子ツアーの賞金シード選手の中で唯一の40代だ。ジュニア出身のプレーヤーが高校卒業を待ちかねるようにしてプロになり、すぐに活躍することが当たり前になって久しい。

当然のようにシード選手の平均年齢は下がり、20代が中心となってツアーを引っ張っている。表は自分の半分程度の年齢の選手が多い中で踏ん張り続け活躍していることになる。

ゴルフは、他のスポーツに比べて競技年齢が長い。それでも、1年間を通して戦うためには体力が必要だ。故障ともうまくつきあっていかなければならない。20代、30代、40代と変化していく女性の身体とも向き合う必要がある。これらすべてをうまくコントロールしていかなければならず、自分との戦いを強いられ続ける。

夫のサポート

結婚14年の広樹さんという最高のパートナーが、表をサポートしている。キャディーはもちろん、運転手やマネージャーとしての仕事から家事に至るまでのすべてを引き受け、妻が試合に集中できる環境を整えてくれている。

3歳年上の広樹さんとの付き合いは、20歳の頃から。人生の半分以上を一緒に過ごしているパートナーだ。最初から今のように、妻が稼ぎ、夫がそれを支えるというスタイルだったわけではない。研修生と所属コースの職員という間柄。

一緒に暮らしていてもお互い、仕事もプライベートも、自分のことは自分でしていた。

2001年に結婚した翌年、表が年間を通して試合に出られるようになった時、広樹氏は退職。妻をサポートしていくことを決断した。今の生活スタイルの始まりだ。

ツアーを2人で戦っていく。この決意は夫婦の究極の形のひとつ。それでも、きれいごとだけでは済まないのが人生だ。現実問題として、浮き沈みがつきもののプロゴルファーである妻の稼ぎに、2人の暮らしがかかることになった。この時広樹氏は、何があっても、何をしてでも生活していく覚悟を決めている。

世界の岡本綾子との出会い

“鉄人”と呼ばれる表だが、息の長い活躍ができるようになった理由の一つとして、師匠の存在を忘れてはならない。1987年、米国人以外で初めて米女子ツアー賞金女王となったホール・オブ・フェイマー、岡本綾子だ。

同じ広島県出身だが、親交ができたのはプロになってから。表はその時のことを鮮明に記憶している。まだ現役としてプレーしていた岡本と、試合中、一緒に食事をする機会を得た。たまたま、どちらも予選落ちしてしまい、週末を一緒に過ごす。これで一気に距離が縮まった。

岡本はそれ以来、素直で飾らない表をかわいがった。「岡本さんに出会えていなければここまでやれていないでしょう」―。そうもらすように、それまですべてを自己流でやってきた表に、岡本は様々なことを伝えた。

ある時、首の痛みでプレーできないというと、岡本は言った。「(クラブが)振れないわけじゃないでしょう?それもあなたのゴルフなの」。自分の肉体と向き合い、付き合いながらプレーする。この言葉を聞いて以来、表は故障を抱えていても、精神的に辛いことがあっても、試合に出続けてきた。

それが連続出場につながった。

36歳で米ツアー賞金女王になり、日本ツアーに戻ってからも試合に出続けた岡本が、故障でそれを断念したのは55歳の時のこと。だからこそ「45歳まではできるよ」と励まし、今では「45歳なんてまだまだ」と、さらに長くプレーすることを応援してくれている。

プレースタイルも岡本から学んだ。それまではやみくもにピンをデッドに狙っていたが、状況に応じてのマネジメントを見せられた。アプローチの技も見て学んだ。

今では、チーム岡本の妹分たちや、若手とのプレーから受ける刺激も大きい。優勝した時にも「私みたいなおばさんに負けないで、と尻を叩きたい」と口にしていた。日ごろからこんな風に、若手たちを鼓舞してもいる。

最高のパートナーと世界最強の師匠を味方に、息の長い選手として活躍を続ける表純子。健康を第一に考え、睡眠はたっぷりとる。平均して8時間から9時間は眠り、昼寝をすることも珍しくない。

「食べたいものを食べ、飲みたいものを飲む」と、徹底的なマイペースこそ、長持ちの秘訣。オンとオフの切り替えもしっかりとする。ともすればゴルフばかりになりがちな若手がびっくりするほど「遊ぶの大好き」―。オフの海外合宿中などは、練習に集中した後は、泳いだり、出かけたりと元気に遊びまわっている。

若手の活躍はツアーを華やかにするが、そればかりではゴルフの奥深さは味わいにくい。ベテランが活躍することで層が厚くなり、本当のゴルフの良さも伝わる。周囲に元気も与えてくれる。本当のゴルフの良さが伝わり、同時に周囲に元気を与えてくれる。表の存在はそれほど大きな意味を持っている。

できる限り長く、ツアーでその笑顔を見せて欲しいものだ。

遠藤淳子目線

ゴルフで何より大事なのはマイペース。表はこれを見事に貫いている。シーズン中はトレーニングもせず、練習ラウンドを大切にしている。「練習場でたくさん打つより、起伏のあるコースを回りたい」と、口にしている。

後輩たちと一緒に回るが、自分のタイミングで早々に引き上げるのも、自分のペースを守って体力を温存するため。コースを離れればホテルで昼寝をしたり、気晴らしをしたり。本文中でも少し触れたが、上手にオンオフの切り替えをしている。

優勝で最終戦リコーカップの出場権も獲得し、故障さえなければ連続出場記録が伸ばせることも決定。「これで休めなくなりました」とうれしい悲鳴を挙げたが、オフのバカンスを楽しみに、ぜひ、頑張ってほしい。


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表純子

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遠藤 淳子

遠藤 淳子

フリーライター。都立三鷹高校→日本大学文理学部社会学科卒。東京スポーツで10年間、ゴルフ担当記者としてメジャーを始め日米欧男女各のトーナメントを取材。1999年4月よりフリーランスとして執筆を続けている。

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