飛び系アイアンの登場で「セット」が崩壊 ゴルフはどう変わるのか?

飛び系アイアンの登場で「セット」が崩壊 ゴルフはどう変わるのか?
アイアンセットはウッドに比べて、進化の度合を感じにくいというのが定説だった。バブル時代には、ゴルフクラブの買替え頻度はドライバーが3年、アイアンは5年に一度といわれていたが、今や十数年前のアイアンを使うゴルファーも珍しくない。 クラブ設計家でフォーティーンの創業者・竹林隆光氏(故人)はかつて、ウッドとアイアンに対するゴルファーの意識差をこう話している。 「ゴルファーは、飛距離はクラブ、方向性は腕と考える傾向が強いんです。そのため飛距離差を感じやすいドライバーに人気が集中して、メーカーもドライバーの開発に注力する。その結果、アイアンは疎かになる傾向が強いのです」 ゴルファー心理を言い当てた言葉といえるだろう。 しかし、近年はアイアンに注力するメーカーが増加中。ピンは1月、同社初の「飛び系アイアン」を謳う『G700』を発表したが、先行メーカーは意欲作を投入して「7番アイアンで190ヤード」を主張している。 [caption id="attachment_42341" align="aligncenter" width="788"]ピン G700アイアン ピン G700アイアン[/caption] [surfing_other_article id=39057] これにより、「アイアンセット」の崩壊が進みはじめた印象もある。多くのメーカーは7番からの4~5本組を定番とし、ふた昔前の「9本セット」は市場から姿を消してしまった。 その結果、何が起こるのか? アイアンセット崩壊の余波を探ってみよう。

アイアンのルール規制は「大甘」

クラブの開発史を振り返ると、チタンウッドの登場が大きなエポックになっている。チタン合金は比重が軽くて加工しやすく、耐久性も強いため各社こぞって採用した。 その先鞭をつけたのは、1990年3月に18万円で発売された『ミズノプロTi』だった。当時はバブルの全盛期であり、戦闘機などの軍需物資に使われていた高級金属のチタンは、米ソ冷戦の終焉もあって民需転換が急がれていた。 そこで注目されたのがゴルフクラブ。一般消費財としてはメガネフレームぐらいしか需要がなかったチタン合金は、ゴルフ業界の採用で一気に消費量を高めていく。 特に飛距離が求められるドライバーは、長くて軽くて大型ヘッドの「長軽大」が開発トレンドになり、フェースを薄くして反発性能を高める「高反発ドライバー」にチタンは最適の素材だった。 これに比べて設計自由度が低いアイアンは、肩身の狭い思いを続けてきた。 用具の「過剰な進歩」を規制するR&Aも、アイアンについては寛大だ。開発の余地が大きいウッドヘッドは寸法、体積、慣性モーメント等が厳しく規制されているが、アイアンヘッドは過剰なスピンを抑制する「溝規制」を除いて簡素な内容にとどまっている。 このあたりの事情について、ゴルフルール研究家の第一人者であるマイク青木氏に聞いてみた。 「R&AとUSGAがもっとも気にしているのは最大飛距離なので、必然的にドライバーへの監視が厳しくなる。ドライバーで400ヤードも飛んでしまったら、コース改造のコストも莫大になるので、この点については神経を尖らせています。 その一方、どんなに飛ぶアイアンを作っても、ドライバーの飛距離には及ばない。飛ぶアイアンではコース改造の必要もないため、今後、厳しく規制されることは考えにくいですね」 近年「飛び系アイアン」と呼ばれる商品が続々と現れているが、「規制の甘さ」が遠因する部分もあるだろう。 [surfing_other_article id=48123]

7番アイアンで190ヤード

そのような事情もあって、メーカーは「飛び系アイアン」の開発に本腰を入れており、その「元祖」を自任するのがプロギアの山本眞司副社長だ。 「この市場は当社の『egg』が先鞭をつけたと自負しています。2007年に発売した初代モデルはゲテモノ扱いされましたが、これが近年の飛び系アイアンにつながっていると思いますね」 同氏が殊更に「元祖」を主張するのは、ヤマハの『インプレスUD+2』が「2番手余計に飛ぶ」をPRして大ヒット、飛び系の火付け役と騒がれたこともある。昨秋にはキャロウェイゴルフの『EPIC』、ブリヂストンスポーツの『JGR HF1』といったように後続が現れ、群雄割拠の様相だ。 注目されるのは『EPIC』アイアンの構造である。この商品、ドライバーヘッド内部の「2本の柱」(ジェイルブレイク)が話題になったが、実はアイアンヘッドの構造もかなり複雑だ。 フェース肉厚は最薄部で1mm程度、ネック内側を空洞にすることで重量配分の幅を広げるなど、製造工程は200を超える。他社も比重が重いタングステンを装着するなど、複数の素材を組み合わせているのだが、『EPIC』の複雑な構造が際立っている。 ティーアップするドライバーと比べ、直接地面を叩くアイアンには高い強度が求められる。マットの下がコンクリートの練習場でも高い頻度で使用されるため、高度な設計・製造・検査技術が求められる。キャロウェイの庄司明久副社長は、 「工場とのパートナーシップは非常に大事」 と強調するが、頷けることだ。 以下、各社の代表的な「飛び系アイアン」を見てみよう。 [caption id="attachment_42337" align="aligncenter" width="788"]ブリヂストンスポーツ  JGR HF1 ブリヂストンスポーツ JGR HF1[/caption] ブリヂストンスポーツの『ツアーB JGR HF1』は、7番アイアンをヘッドスピード(HS)39m/sで打ち187ヤードを記録したとか。ロフト角26度、カーボンシャフト仕様の38インチで、セット構成は5本組(7~9番、PW1、PW2)で12万円。 ミドルアイアンの飛距離が伸びることで短い番手とのギャップが生じるため、PW2本を設定している。 [caption id="attachment_42338" align="aligncenter" width="788"]キャロウェイ EPIC キャロウェイ EPIC[/caption] 『EPIC』はドライバーのHS42m/sの女子プロが7番アイアンで190ヤード級の飛距離が得られたとか。上田桃子は193・8ヤード(通常155ヤード)を記録しており、従来より40ヤード近い飛距離増は驚きだ。ロフト角は26度で37・5インチ仕様。5本組(6~9番、PW)で16万円。 [caption id="attachment_42335" align="aligncenter" width="788"]ヤマハ インプレスUD+2 ヤマハ インプレスUD+2[/caption] また、ブームの火付け役とされるヤマハの『UD+2』も7番で190ヤード(ロフト26度、37・75インチ)を主張しており、4本組(7~9番、PW)で9万6000円。 プロギアの『赤egg』は飛距離を公表していないが、7番(ロフト角25度、38・25インチ)で前作比5~10ヤード飛距離が伸びたという。こちらは4本組(7~9番、PW)で9万6000円だ。 飛び系で最新モデルとなるピンの『G700』は「飛んで、飛んで、止まる」をキャッチフレーズにしており、7番のロフト角が28度と他社より「寝ている」仕様となる。 同社がユニークなのは「1本売り」(2万1000円~)をすることで、カスタム販売の元祖だけにセット販売にこだわらない。

「セットの崩壊」で何が起きるか?

以上、「飛び系アイアン」の顔触れを簡単に紹介したが、特筆されるのは各社のセット構成である。ピンの1本を筆頭に、大半は4~5本組で販売するため、もはや「セット」とは呼べない状況だ。 ふた昔前のアイアンは3~9番、PW、SWの9本組が定番で、なかにはAWを入れて10本組もあった。その後3、4番が外れて5番からとなり、現在の「飛び系」は7番以降が定番になっている。 このことは、何を兆すのだろうか。 メーカーはアイアンの長さを半インチ刻みで設定し、各番手10ヤードの飛距離差を想定するのが一般的だが、7番で190ヤードとなった場合、10ヤード刻みでは9番で170ヤードになってしまう。 マルマンは9番とPWの間に10番アイアンを入れるなど、ショートアイアンの構成を変えているが、番手間の飛距離差を10ヤード以上に設定しないと辻褄が合いにくくなる。 さらにセット構成も、ウエッジの本数が多くなり、逆に7番から上の番手もFWやUTを組み込む余地が大幅に増えるなど、従来のセット構成が激変しそうな雲行きだ。 さらに話を飛躍させれば、「クラブは14本」という常識が覆される可能性も否めない。実際、1ラウンドですべてのクラブを使うことはほとんどなく、14本以内で自由に本数を決め、メーカーが定めた「セット販売」に縛られることなく「マイセット」を作っていく。そんな楽しさが一般化するかもしれない。 クラブ設計家の竹林氏は、かつてこんなことを話していた。 「R&Aはクラブの進化に目を光らせていますが、その目的はクラブの進化に依存せず、ゴルファー自身が練習で技術力を高めるところにあります。だとすれば、一番簡単なのは本数を制限することですよ。14本を7本に規制すれば、技術力は格段に上がる。なぜなら、1本のクラブで多彩なショットを要求されるからです」 言い得て妙の至言だろう。 それはともかく、アイアンの飛距離が格段に伸びたことで、ゴルファーは残り200ヤードのセカンドショットをミドルアイアンで狙うことも夢ではなくなる。ゴルフの新たな醍醐味といえそうだ。 その反面、ショートアイアンとの「つなぎ」をどうするかが新たな課題にもなる。この課題を解決するために、これまでにない発想のアイアンが生れるかもしれない。 「飛び系アイアン」の登場には、市場活性化の起爆効果が期待される。