勝負は試打クラブで決まる 「3本の壁」に挑むメーカーのお家事情

勝負は試打クラブで決まる 「3本の壁」に挑むメーカーのお家事情
三寒四温を繰り返して、春が身近になってきた。ゴルフシーズンの到来だ。 ゴルフメーカーは春と秋に新製品を投入するが、最初の山場となる春商戦が盛り上がっている。 その主戦場は「鳥カゴ」と呼ばれる店内の試打席だ。 ゴルファーは数ある新製品から「3本」を選び、あれこれ比べて気に入った1本を購入する。そのため、まずは鳥カゴで試打する3本に選ばれなければ販売につながらない。 そこで各社は発売前に、数千から数万本の試打クラブをゴルフショップへ大量投入して、前哨戦を繰り広げる。これに億単位のコストをかけるメーカーも珍しくない。 その舞台裏を覗いてみよう。

どうか一発お願いします

ミズノは今春、新ブランドの『GX』を発売した。市場ではキャロウェイやテーラーメイドなど、外資系の大型商品が注目を集めているが、 「埋没しないように頑張ります」 ゴルフ事業部の賀屋和之次長は、そう言って口元を引き締めた。 「そのためには、まずは試打してもらうことに尽きます。売場の鳥カゴに持ち込むクラブは3本が限度だと思いますので、どうにかその中の1本に選ばれたい。ここが勝負どころです」 賀屋次長の切望は、各社に共通したものである。試打をしてから購入することが当たり前になっているだけに、マルマンの松下高広専務も、 「どうにか一発打って頂きたい。打てば性能の良さをわかってもらえますが、そこまでが大変なんですよ」 と腕組みをして方策を思案する。 背景には、賀屋次長が指摘した「3本の壁」がある。ショップの鳥カゴに持ち込むクラブは一般的に3本が限度とされており、今年は『ローグ』『Mシリーズ』『ゼクシオ』の三強が他社の前に立ちはだかる。これらが他社を寄せつけないから、 「この3本のうちどれか1本を外して『GX』を3本に加えてもらいたい」(賀屋次長)

なぜ「3本」なのか

このあたりの事情に詳しいのが、プロツアースポーツ(岡山県)の草野行浩社長である。同社は2001年に「試打クラブ専門店」のクラブステーションを立ち上げた。 これは試打クラブを貸出すビジネスで、在庫量は約2万本、4割ほどが新製品だ。年間の貸出しは約4万件、7割が一般ゴルファー向けだという。そんな事業を営む草野社長がこう話す。 「『3本の壁』はたしかにありますね。当社では往復送料込み4000円で3泊4日の貸出しをしてますが、当初から1回につき『3本まで』を謳っています。なぜならゴルファー心理として、4本は多いけど2本は少ないという感じがある。鳥カゴへの持ち込みも同じでしょう」 こういった感覚は頷けることだ。2本の試打では物足りないし、4本だと悩みが生じてしまう。3本は最適な頃合いで、これ以上増えると販売員の接客も効率が悪くなる。 「鳥カゴでの試打はとても大事です。なのでメーカーは、悩んでいるゴルファーに『コレです』と自社商品を推奨してもらいたい。そのため販売員に対して、インセンティブをつける必要があるかもしれません」 売上にインセンティブをつけることは珍しくないが、今や試打クラブにもその必要があるという。

発売日に向けた綿密な計画

試打をしなければ購入されない。そんなわけでメーカー各社は、大量の試打クラブを店頭に供給する。しかも、そのタイミングは発売日の1ヶ月前が一般的だ。新製品をじっくりと試してもらい、中にはこの段階で「予約販売」を受け付けるメーカーも少なくない。 このような発売前の攻防は、試打クラブの供給に限った話ではなく、ゴルファーの購買意欲を煽るため、各社とも事前のプロモーションに余念がない。 近年の成功例に、キャロウェイが昨春発売して大ヒットした『エピック』がある。同社の庄司明久副社長は、 「発売日に向けて周到な戦略を練りました」 と振り返るが、具体的な手順はこうだった。 まず、発売前年の2016年12月末、日経新聞で見開きの全面カラー広告を打った。この段階では商品の性能に一切触れず、事前の雰囲気を盛り上げるティザー広告を掲載。 明けて2017年1月中旬、契約プロを起用した記者発表とホームページでの商品公開。2月初旬に店頭へ試打クラブを供給し、同時に予約販売を開始。2月中旬の発売に向けて準備を整えた。 「実は『エピック』の試打クラブ供給は、発売日の2週間前とギリギリでした。諸事情があってこのタイミングになりましたが、さすがに2週間では短いので今春の『ローグ』にはゆとりをもたせます」 そんなわけで、今年2月23日発売の『ローグ』ドライバーとFWは、3週間前の2月2日に試打クラブを供給。その1週間後に『スター』の試打用アイアンとUTを支給している。 同社の取引店数は2000弱だから、仮に『スター』と『サブゼロ』の両方を支給すれば、試打ドライバーだけで最低4000本。上代換算で3億円規模となり、これにFWとUT、アイアンを加えればさらにコストは跳ね上がる。 いかに試打を重視しているかが伺える。 『M3』『M4』に注力するテーラーメイドも事情は同じだ。発売は2月16日で、『ローグ』の1週間前にデビューさせた。 同社は1月19日に店頭用の試打クラブを供給開始。その数はなんと、量販店向けに約1万本、その他専門店等を含めると最大1万5000本のボリュームで支給している。 この数はドライバー、FW、レスキューに7番アイアンを合わせたもので、ブランドマーケティング担当の池田省吾シニアマネージャーによれば、 「それでもコストは一時期よりかなり減っています。以前はアイアンの5、7番にウエッジまで出しましたが、この部分を大幅に抑えたことで全盛期に比べ半分ほどの量になっています」 ということは、全盛期は3万本規模だった。

ゼクシオの投入量は3万本

国内メーカーも負けていない。最大手の住友ゴム工業(ダンロップ)は、昨年末に『ゼクシオ10』を発売しているが、事前に供給した試打クラブは全アイテムで3万本だったという。販売企画担当の北村恵一課長が話す。 「店頭への試打クラブは、発売1ヶ月前の昨年11月9日に供給し、1800店に対して3万本出しました。それでも前作より1割ほど減っています。理由は効率化に尽きますね」 効率化してもテーラーメイドの2倍になるから、国内メーカーの雄として「本土死守」の気概だろうか。 同社は効率化を図るため全国20の練習場に「ゼクシオステーション」を設置して、フルスペックを用意した。拠点に集約することで無駄な拡散を防ぐ狙いだが、ゴルファーの声を反映させた結果でもあるという。 「ひとによっては試打会で他人に見られるのが嫌だったり、練習場で弾道をチェックしたい要望もあるわけです。また、取引先が近隣の『ゼクシオステーション』に顧客を誘導して、販売につなげる効果もありますね」 今回で十代目となる『ゼクシオ』は、初代の発売から累計2000万本の販売を視野に入れるロングセラーだが、慢心はない。ゴルフクラブは、供給量や流通戦略を間違えると瞬時にブランド価値を失って、他社にシェアを奪われてしまう。失地回復には時間が掛かるため、ニューモデルの発売時には最大の労力を掛けて浸透を図る。慢心する余裕は微塵もない。 ここで、他社の状況も紹介しよう。前述の「三強」に割り込みたいのがピンである。山口尚子PRマネージャーは、 「鳥カゴの3本に選ばれるよう努力しています。投入本数やコストは言えませんが、3月8日発売の『G400MAX』については、2月初旬から試打クラブを順次店頭に供給し、記者発表の1月16日から発売日までに40回以上の試打会を行います」 また、3月16日に『GX』を発売したミズノは、1ヶ月前の2月16日を起点として5000本規模の試打クラブを投入。昨年末にティザー開始、1月30日に製品発表、2月16日に試打クラブ供給という計画を組んだ。さらに、販売店が行う試打会にフィッターや契約プロを派遣して、1000回規模の試打会を展開する。

シャフトメーカーも参戦

少し古い話だが、昨年9月に『マジェスティ・ロイヤルSP』を発売したマルマンはウッド・アイアン合わせて約3000本、上代換算で2億円ほどの試打クラブを投入している。マーケティングチームの伊藤安紀子さんによれば、 「一人でも多く試打して頂くため、可能な限りの数量を用意しました。試打会も前作の2倍をこなし、立ち上げ時だけではなく4ヶ月間継続しています。弾道計測器の『スカイトラック』を持ち込んで、マイクラブと比較した体感距離だけではなく、初速やスピンなどのデータを出して納得感を促します」 このような「試打戦略」への注力は、クラブメーカーに限った話ではない。スチールシャフトの『950』を展開する日本シャフトは昨年、試打会を86回開催しており、営業部の栗原一郎主任によれば、 「前年比で2倍以上の回数です。『モーダス』の品揃えが充実したので、個々に最適な仕様を認識してもらうことが重要と考えました。カタログ品の全スペックを揃えるので毎回150本用意します」 このように、各社とも「体験機会」の提供に躍起である。小売市場は年々ECが勢力を伸ばし、クラブ市場も例外ではないが、クラブは高額な「機能商品」ということもあり、購入前の体験が不可欠だ。つまり、「試打競争」に乗り遅れたメーカーは勝負の土俵にさえ上れない可能性もある。熾烈な状況といえるだろう。

風が吹けば桶屋が儲かる

ところで、毎年大量に投入される試打クラブは、その役割を終えたらどうなるのか? 『ゼクシオ』は2年に一度のモデルチェンジだが、毎年ニューモデルを投入するメーカーもある。それだけに、用済みの試打クラブがどうなるか気になるのだが、テーラーメイドの池田シニアマネージャーによれば、 「基本的には廃棄しません。役目を終えたら回収して、サンプルセール用に流用したり、大学ゴルフ授業研究会(授業研究会)や高校のゴルフ部に寄付します」 廃棄にはコストが掛かるため、リサイクルの観点からも寄付は有効だろう。 寄付先のひとつに名前があがった「授業研究会」は、大学の体育授業(一般教養)でゴルフを履修する学生に、ゴルフ場体験を促す「Gちゃれ」を行っている。これに着目した業界団体が、若者需要創造の一環として、学生をゴルフ場に受け入れたり、授業で使うクラブを提供する。 寄付されたクラブは昨年末時点で3500本を超えた。それだけに、同研究会の北徹朗代表(武蔵野美大准教授)は感謝感激の様子である。 「ゴルフは体育授業の中で上位3本の指に入る人気種目ですが、どの大学も教場が狭かったり、使用クラブに数十年前のパーシモンが混ざるケースもあるなど、非常に恵まれない状況でした。 女子学生が男性用のクラブを使うのも当たり前で、これらは担当教員が中古ショップで購入することもありました。ところが、業界からの寄付で状況が一変しています。最新のクラブを提供頂き、本当にありがとうございます」 試打クラブに関わる激越な競争が、結果的にゴルフ初心者の学生に豊かな用具環境を提供することになった。 むろん、メーカーにとってもいい話だ。「Gちゃれ」への参加者は延べ600名を超えており、学生に早い段階で自社ブランドを刷り込むメリットがある。双方ウインウインの関係が期待できる。 以上、年々激しさを増す「試打クラブ事情」を紹介した。あなたは鳥カゴに入る際、どのクラブを持ち込むのだろうか。その様子を真剣な眼差しで見ているヒトがいたら、彼はメーカーの営業マンかもしれない。