5年間続けた米ツアーへの挑戦を断念して、今季から国内ツアーに復帰した石川遼。帰国してからは185人の男子プロを束ねる選手会の会長に選任され、日本ゴルフツアー機構(JGTO)の副会長にも就任した。
間髪を入れず、開幕前に地方大会(千葉、岐阜オープン=各2日間競技)で連覇を遂げ、初戦の「東建ホームメイトカップ」では優勝の重永亜斗夢(12アンダー)に1打及ばず2位と惜敗。が、国内復帰戦を盛り上げて、最終日の視聴率は7・8%(関東地区、ビデオリサーチ)を記録。昨季男子ツアー最終日の平均視聴率(3・6%)を大きく上回った。
同大会ではギャラリーを前にした「公開インタビュー」や、ピンフラッグの購入者にサインをする新企画など、米ツアー仕込みのファンサービスを取り入れて改革に前向き。
米ツアーでは僚友の松山英樹に水を空けられた格好だが、「アメリカでの経験を生かして国内ツアーを盛り上げたい」と、新たな挑戦を自らに課した。
このようなメンタリティはどのようにして育ったのだろう? 月刊ゴルフ用品界では2010年11月号で石川遼の父親・勝美氏のインタビューを掲載、独自の「教育論」を紹介している。7年ほど前の記事なのだが、今なお色褪せない内容なのでウェブ上で再掲しよう。世のお父さん必読の教育論だ。文中の事実関係は、いずれも当時のままであることを了承願いたい。
売上の論理から数の論理へ!
銀行員(埼玉縣信用金庫)でもある石川勝美氏は、諸事、ロジカルに話す理論派である。「デフレや少子化は、ジュニアゴルファー拡大に向けて千載一遇の好機です」と、業界の懸念を逆手に取った論を展開する。スーパースター育ての親が、産業論の視点でゴルフ界を語り尽した。(聞き手・片山哲郎)
石川親子を取り上げる記事は「親子鷹物語」として描かれるケースが多いですが、本誌の場合は視点を変えて、ゴルフ産業論の立場から伺います。
「なるほど、面白い視点だと思いますねえ。よろしくお願いします(笑)」
まずはジュニアのゴルフ環境ですが、彼がゴルフをはじめた6歳からツアー史上最年少優勝(15歳245日)を飾るまでの間、不備や不満はありましたか。ゴルフは金が掛かるというのが一般的な認識ですが。
「いや、特に不満はなかったですね。地元(埼玉県)のゴルフ場や練習場はジュニア支援がしっかりしていて、うちがお世話になったところは練習場がタダ、コースは2000〜3000円でプレーできましたので。
県のゴルフ連盟も、埼玉から立派なゴルファーを輩出したいとの思いが強くて、子供は月に5ラウンドでも出費は1万円ちょっとかな。それぐらいで済みました」
石川家の家計を圧迫しなかった。
「ええ。これぐらいなら塾の月謝と同じでしょ。ひとつの投資としては高くないですよね(笑)」
「投資」ですか。子供にゴルフをさせる上で投資という意識が強かった?
「というか、子供の人間形成、能力形成への投資という意味です。これはゴルフに限った話ではなく、釣りやキャンプなどのレジャーも同じことで、わたしはすべからく教育の機会だと考えています」
そのように考えるジュニアの親は多いですか。近年、親の夢を子供に強要するモンスターペアレンツが問題視されていますけど、そんな光景が目に余るとか。
「う〜ん、少なくともわたしの周りにはいなかったですねえ。それよりも、遼は小学校の高学年あたりから頭角を現したので、その後『うちのコースでプレーしないか』と、名門コースのメンバーさんから誘われるようになりました」
タニマチ気分で。
「だと思います。名門はとんでもなく高いでしょ。先方の気持ちとしては『それぐらい任せてください』という感じだったかもしれませんが、わたしは都度、お断りしていました。だって、毎晩シャケと納豆を食べている子が、いきなりフランス料理をご馳走になるようなもんですよね。その味を覚えたらどうなります? よく、野良犬に餌を与えたらダメだといいますが、それは」
なついてしまうから?
「いえ、自分で餌を獲る能力をなくしてしまうからですよ。うちの子にはそうなってほしくなかったし、実際、よそのお子さんにも同様のお誘いがあったと聞きました」
子供心で考えれば、綺麗なコースでプレーしたいですよね。それはダメだと教える言葉がロジカルでわかりやすい。そのような説明力は、お父さんが銀行員という職業柄もあるわけですか。いわゆるアカウンタビリティ、説明責任や義務が問われる仕事ですよね。
「なるほど、それはあるかもしれませんね(笑)。銀行員は仕事上のトラブルが多いじゃないですか。その際トラブルを恐れるのか、それとも解決能力を高めるチャンスと考えるかでは、まったく違うわけですよ。ひとつの事象には必ず裏と表がありますので、二面性への意識も大事です。
営業職を通じて思うのは、融資の稟議を通す通さないの局面では、金融機関としてきちんと主張しなければならない。そういった説明力は常に求められましたから」
まして、融資先は埼玉県下の中小企業が多い。融資は彼らの生命線だし、資金繰りに懸命な人々ですね。
「よくご存知で(笑)。なので、お断りをする場合は『冷たいじゃないか!』と言われたりもして。でも、うちが冷たいわけじゃないんです。世の中の判断や先方の経営内容もありますし、そのような態度を部下に示す必要もある。おっしゃるように、論理的な思考を心掛ける職種といえるでしょうね」
そういった父親の説明能力は、子育てにも発揮されましたか。子供がくじけそうになったとき、論理的に励ましたり、導くことの有効性とか。
「そうですね。たとえば東大を首席で卒業するのと、日本の賞金王になるのとでは、後者の確率が遥かに小さいわけですよ。まして遼が小学4年生の作文に書いた『マスターズ優勝』の夢なんて、当時の我々にすれば限りなくゼロに近い確率ですよね。
それだけではありません。遼がプロになる前の男子ツアーは賞金ランク20位までが25〜45歳で占められていて、つまり一世代にひとりしかいなかった」
日本全国の小学生で、1学年に一人しか賞金ランク20位に入れない。子供でもリアルにイメージできますね。
「はい。それぐらい厳しい世界なんだと論理的に分析する。だから一気にマスターズではなく、今やるべきことを段階的に考えようと、そんな説明になるわけです」
ゴルフをスポーツニュースのトップに!
一昨年(2008年)の1月、都内のホテルで「プロ宣言」を行いました。報道陣は約300人、テレビカメラの砲列は数十台と前代未聞で。
「まさか、あんなことになるとは思わなかったし、遼にもちょっと酷でしたね(苦笑)」
あの会見で、こんな質問をしたんです。「メーカーは遼くん争奪戦の渦中だけど、どこと契約したいですか?」。これ、答えようがないですよね。
「ええ」
要するに、質問への反応を見てみたかった。彼は5秒ほど沈黙したのち、「ぼくの武器はドライバーなので、ベストなドライバーを提供してくれるところ。あとは一生懸命サポートして頂ければ、どこでもいいです」と回答した。
凄いなと思ったのは、300人を前にして5秒間の静寂を支配する胆力や集中力。あれは優勝パットの静寂と通底するし、誰でもが積める経験じゃない。一日数時間のパッティング練習をダラダラやるより、よほど実践的な経験ですね。事前に想定問答をしたわけですか。
「いや、していません。ヨネックスさんとの契約発表もそうですが、事前に想定問答をつくって練習することはなかったですね」
出たとこ勝負?
「そうなんです。あのとき遼が冷静だったかどうかは知りませんが、わたしは回答の内容よりも、笑顔で自分の意志をきちんと伝えられれば上出来だと考えていたんです。プロになる意志はきちんと伝えたし、それさえクリアすればどんなドジを踏んでも構わないと。
『マンシングウェア』の初優勝以来、遼はマスコミと良好な関係ですが、それは本心から飾りのない言葉で話しているからだと思うんですよ。もちろん反省は常にあるし、わたしはいつも怒ってますが(笑)」
その点が興味深いですね。というのも、彼のCM・スポンサー契約は20社を超え、総額30億円とも伝えられます。その真偽はともかく、一流企業のイメージを担う「公人」として「石川遼」をどのようにマーケティングしているのか。このあたりの方法論です。
「いいですか、遼はタレントでも役者でもありません。この点は強調しておきますが、彼はプロゴルファーなんですよ。ですから、たとえばCMの撮影で、ここは明るい表情をしてくれとか、あるいは悲しい顔を注文されても困りますし、それに応える必要はないと考えています。だから、キャラクターをコントロールすることも一切ありません。
もちろん、スポンサーの社名を間違えたり、台詞を噛んだ場合はやり直しますが、タレントではないということを改めて強調したいですね。その際、わたしの役割ですが、ダメ人間を演じることだと思っていて(苦笑)」
ダメ人間とは?
「メディアの方に厳しいことを申し上げるとか、場合によっては激しく怒るとか(笑)」
その話はよく聞きます。勝美さんに怒られた、怖い、という記者も沢山いて。お父さんは激情家なんですか?
「というか、理論があって怒るわけですよ。たとえばテレビ局の取材ですが、役者さんの場合はいい画(え)を撮るために何度もやり直しに応じるけど、遼はそれが本職ではありません。にも関わらず同様の要求をされることがありまして、1社に応じると他社も『してくれ』となりますよね。これでは練習に支障を来たします。
うちは、ゴルフ界のために様々な発信をしていきたいと思っています。スポーツニュースではトップが野球、次いでサッカー、それからゴルフの順番ですが、ゴルフをトップニュースにしたいじゃないですか。
もちろん、お世話になってきたゴルフ界の発展を願う気持ちは強くあります。自分の息子がそこで食べていくわけだから、親として業界の成長を望むのも当然です。その際、阻害要因はどこにあって、解決策は何かを考えるのも当然のことです」
デフレや少子化は成長のチャンス
業界の成長を望むという観点で、具体的な方策はありますか。
「そうですねえ。ひとついえるのは、ゴルフにはドラフト制度がありません。プロ野球では有望選手が12球団から1位指名を受けるなど、球団間の競争を促がしていますよね。このあたりから用品界の話になるんですが」
思いっきり、どうぞ。
「わかりました(笑)。遼を通じていろんなジュニアを見てきましたが、そのような経緯から思うのは、ゴルフメーカーの担当者はプロ野球のスカウトほどジュニアを見ていない、そのことです。
日本ジュニアの上位30人ぐらいは注目しますが、それ以外は埋もれたままで、勝つと価値が一気に跳ね上がる。争奪戦がはじまって契約金も高騰しますが、そのコストをひとりに集中させるのではなく、分散化して育成資金に充てることはできないか。
そのような受け皿をつくらないと、高卒の有望選手は遠回りを強いられることになるわけです。野球の場合は球団がランニングコストを吸収してくれますね」
寮や食事、身体のケアから技術指導、社会人としての研修もやる。
「ところが、個人スポーツのゴルフにはそれがありません。仮に年間の活動費が1000万円だとすれば、メーカーがこの費用をまかなうことで有望な人材にチャンスが生まれて、ジュニアの励みにもなるわけです。
『石川遼』を含めた一握りのプロへの投資ではなく、在野の選手を育てる努力が必要なんですね。その面でメーカーへの期待が大きいのは、ゴルフ界を牛耳っているからです。メディアへの広告や試合のスポンサー、ジュニアへのサポートといったように、多岐にわたるじゃないですか。
ですから今後の課題は、費用対効果を検証して、より有意義なところへ投資するシステムを作ることです」
そこまでメーカーに期待するのは酷じゃないか。ゴルフ場、用品、練習場を合わせた産業規模はピークの92年に2兆9000億円だったけれど、昨年(2009年)は1兆5000億円ほどに半減して、メーカーも余力を失ってます。
「あのぉ、物事を売上ベースでみる時代ではないと思いますよ。バブル時代のゴルフ場は3万5000円でしたけど、今や7000円でプレーできるし、世の中全般がデフレ基調です。
このような局面で売上に意識を取られると、発想が小さくなってしまう。むしろ単価ダウンを前提にして、ゴルフに関わる人間を増やす好機だと考えるべきです。そう考えれば少子化もチャンスじゃないですか」
家計支出における、子供ひとりあたりへの投資額が増えるから。
「そうです。売上ではなく数の視点で考えれば、ジュニア育成の重要性は明らかです。なので、メーカーにはジュニア用具をもっと安く! と申し上げたいですね(笑)
たとえば、銀行も有望な融資先には利率をダンピングするわけです。他行が5%ならうちは4%とかですね。新聞もお試し期間や洗剤をつけるなどで、購読のきっかけをつくります。ゴルフクラブもまったく同じで、まずは使ってもらうことですよ。ドライバーを1万円くらいでジュニアに提供すれば、将来の需要を開拓できるじゃないですか。
ジュニア用に飛ぶクラブは必要ありませんし、今のメーカーの技術があれば安くても悪いクラブになるはずがない。要は社会貢献で、如何にきれいなイメージでやるかです。その際、大切なのは基準点の置きどころですね。昔ながらのゴルフ界の構図、つまり金持ちの特権的なスポーツから、みんなのスポーツにすることです。その意味で、デフレは千載一遇の好機だと考えられます」
市場全体で考えると、パイの拡大が最優先です。企業活動をシェア論で捉えると、縮小局面ではシェアが大きいところほど痛手を被る。
「そこなんですッ。企業活動ではシェア論が一番わかりやすいし、上司も部下を管理しやすい。もちろん競争社会でシェアは大事ですが、ここに意識を奪われすぎてマーケットを小さくしている面も否めません。
もっとこう、横断的に考える組織や業界のリーダーが、一企業の立場を離れて尊敬を集める、そうしてマーケットのために動くことなんです。『石川遼』もね、試合に出てるだけじゃダメですよ(笑)」
月刊ゴルフ用品界(GEW) 2010年11月号掲載
雑感
上記は7年ほど前のインタビュー記事だが、石川勝美氏の考察は、ゴルフ界が抱える現在の課題を的確に示している。逆説的に考えれば、この間、ゴルフ界は特筆すべき進歩を遂げていないことになるのだが。
それはともかく、図らずも最後の1行は現在の石川の立場を物語って面白い。
「石川遼」もね、試合に出てるだけじゃダメですよ。
父親の「予言」を息子は今、男子ゴルフ界の要職でこなしている。
選手会長とJGTOの副会長に、最年少(26歳)で就任した。シニカルな見方をすれば、米ツアーでの挫折を糊塗するのに格好の役回りとみるムキもあろうが、そのような斬り方は了見が狭い。
石川の念頭には、幼少期から様々な支援を受けた日本のゴルフ界、男子ツアー復興への思いが強くあるはずで、実は、そのことを表す小さな光景があった。
3月、JGTOの副会長に就任した石川は、青木功会長と並んで記者会見を行った。発表と質疑応答が終わり、囲み取材は石川に集中した。通常は、囲みが終わると主役は会場から姿を消すが、この日の石川は違っていた。
大半の報道陣が去って閑散とする中、まだ残る数名の記者にそれぞれ歩み寄り、世間話とも取材ともつかぬ話に20分ほど付き合っている。そして、会話が尽きた頃合いを計り、足早に会場を後にした。許す時間のぎりぎりまで、想いを伝えたいとの姿勢だろう。
活躍しなければ注目されない勝負の世界で、プレイングマネージャーとしてゴルフ界を背負う。20代半ばの現役で、このような境遇に身を置く選手は類例がない。これもまた、米ツアー挑戦に勝るとも劣らぬチャレンジといえる。
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