1. 住友ゴムとキャロウェイが“破談” そして『ゼクシオ』誕生 ゴルフ産業を創った男(9)

住友ゴムとキャロウェイが“破談” そして『ゼクシオ』誕生 ゴルフ産業を創った男(9)

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ダンロップ 初代ゼクシオ

月刊ゴルフ用品界(GEW)2005年1月号~2006年3月号に掲載していた大西久光氏の「シリーズ温故知新」をウェブ用に再編集したものです。なお、記事内容は本誌掲載時のものであり、現況と異なる場合があります。


今回は住友ゴム工業とキャロウェイゴルフの事業提携が「破談」になった舞台裏に関わる話。

1988年9月、住友ゴム工業はキャロウェイのゴルフクラブを発売。共同事業が軌道に乗るまでには3年を費やさねばならなかったが、メタルウッド『ビッグバーサ』の登場で莫大な販売実績を残し、以後の10年間でビジネスが拡大した。

一見、両社の関係は良好に見えたが、実は水面下では様々な不満がくすぶっていたという。2000年を目前に控えた99年12月、両社の破断が決定し、一転、窮地に追い込まれた住友ゴムは死にもの狂いで新ブランドを立ち上げる。

『ゼクシオ』誕生の背景だ。9話目の今回も秘蔵エピソード満載。

毎週火曜日掲載・写真提供大西久光氏

住友ゴムは1988年にキャロウェイ製品を発売しましたが、最初の3年間はアイアンが中心で不調でした。初年度は数億円の赤字など、正直に言えば苦戦でしたね。

状況が一変したのは『ビッグバーサ』の登場からです。この大型メタルは日米市場で爆発的に売れ、飛躍の原動力となりました。最盛期、住友ゴムはキャロウェイだけで110億円を売りましたが、その原点が『ビッグバーサ』だったのです。

そして、キャロウェイの急成長は住友ゴムに意識改革をもたらします。「品質が良ければ売れる」と信じて疑わないのがメーカーの基本的な体質で、住友ゴムはそういった考えが特に強かった。これを覆したのがキャロウェイとのパートナーシップだったわけです。

住友ゴムは当時、ユーザーニーズをキャッチする目的で直営店を出しましたが、ダンロップ製品だけでは来店するゴルファーが限定されます。ところが、キャロウェイとダンロップを並べると相乗効果で活発に動く。性格の違うブランドだから、双方の強みや弱点が明確にわかるわけですよ。そこから得た教訓は、ブランディングやマーケティングの大切さです。

もし、第三者の立場でキャロウェイの成功を傍観していたら、本当の理由は理解できなかったと思いますね。前回、キャロウェイはダンロップのQCや開発手法を学んだと述べましたが、我々もまったく同じことで、彼らのダイナミックなマーケティングを学べました。その意味で、両者の出会いは非常に有意義なものでした。

キャロウェイゴルフ 初代ビッグバーサ
キャロウェイゴルフ 初代ビッグバーサ

キャロウェイ成長の一因は「訴えるぞ」

住友ゴム工業がキャロウェイ製品を発売したのは1988年9月だった。キャロウェイゴルフにとっての幸運は2つ。バブル景気で日本のゴルフ市場が急成長していたこと。そして、住友ゴム工業がスポーツ事業に注力し始めたことである。

同社は89年10月に創業80周年を迎え、全社運動の「POWER80委員会」を発足した。ここで示された21世紀ビジョンは①グループ売上1兆円超、②タイヤの世界シェア10%超、③スポーツ、特品等で全社売上の50%を構成するというものだった。

ゴルフ事業は成長部門と位置付けられ、牽引役の大西氏は88年3月に取締役スポーツ事業部長、91年3月には常務取締役へ昇進する。キャロウェイの飛躍はちょうどこのタイミングと重なり、日米の両輪展開が一気に加速した。

キャロウェイが成長した理由はいくつかありますが、ひとつにはゴルフの世界に訴訟を持ち込んだことですね。斬新な発想を権利化して独占する、その執念は半端ではありませんでした。

『ビッグバーサ』が登場した90年代前半、PGAショーには多くの類似ヘッドが現れましたが、キャロウェイの法務担当重役は会場を歩いて警告を発した。特に台湾メーカーのコピー品には厳しく目を光らせていたし、キャロウェイが先進メーカーのイメージを確立したのはこの頃からだと思います。

1993年PGAショー
1993年PGAショー

一方、財務重視の経営にも定評がありましたね。ライブドアの堀江さんがやって注目された株式分割が代表的で、分割すれば流動性が高まって、業績によっては株価が飛躍的に上昇するわけです。

キャロウェイの経営陣はミリオネア(百万長者)になりましたし、契約プロにもストックオプションを持たせるなど有効に活用しました。まあ、やりすぎると実体経済から離れてしまい、真面目に働く人が報われないというマネーゲームの悪い面が現れますが、キャロウェイは利益を開発に回したので、許容範囲だと思いますね。

教えたらボールを作り始めた

ただ、パートナーシップを結ぶ我々にしてみれば、企業文化の違いやドライな手法に戸惑うことも多かった。卑近な例がボールですよ。

彼らは当時からボール事業に興味を持っており、住友ゴムの技術者にプレゼンテーションをさせたりするわけですよ。頼まれたこちらにしてみれば、キャロウェイと友好関係を結んでいるので、OEMでの発注を期待するわけですが、甘かったですねえ(苦笑)。

知識を吸収したら一気に自分達で立ち上げてしまった。ビジネスマナーとしては感心できません。

我々が正直すぎたのか‥‥?

う~ん、一概にそうとは言えないでしょうね。というのも、装置産業のボールは設備投資に莫大なコストが掛かるため、クラブより遥かに障壁が高くて容易に参入できないからです。

ビジネス単位は100万ダースで、これを割るとコストが飛躍的に上がってしまう。だから事前に100万ダースをこなせる流通網をきっちり作って、製販一致でスタートする必要があるのです。

キャロウェイは初期投資で150億円を突っ込みましたが、環境は整っていませんでした。私は失敗すると思ったし、事実、ボールでは長年苦しんだでしょ。まあ、エリー・キャロウェイという人物は、こちらの予想を超えて型破りなアクションを起こす人でしたよ(苦笑)

キャロウェイとの破断で『ゼクシオ』誕生

1999年12月、住友ゴム工業に激震が走った。キャロウエイゴルフとの代理店契約を更新できず、一転、窮地に立たされたのだ。

同社は当時、スポーツ事業で約500億円の実績だったが、その7割がゴルフ用品で、ゴルフ事業の半分がクラブ(約175億円)の売上だった。キャロウェイ製品はクラブ売上の5割弱を占めており、一夜にして80億円を超えるビジネスが消滅する事態に直面したのだ。

実際には販売代理店としての「粗利」が消えたわけだが、利益の圧縮は深刻な問題と受け止められた。

その穴埋めを期待されたのが新ブランドの『ゼクシオ』である。同社は99年10月、都内ホテルに報道陣約80名を集めて新ブランドを発表。『ゼクシオ』は初年度50億円、ほかに『コスモグレード』『ハイブリッド』『DDH』といったように、一気呵成の商品構成で社運を賭けた。

私は99年に住友ゴムを退社したので、『ゼクシオ』については外から眺める立場でした。しかし、なぜ住友ゴムとキャロウェイが別れることになったのか、この点は責任者として細部に関わった経緯があります。

更新できなかった最大の理由は、流通の問題に尽きますね。アメリカはメーカーと小売りがダイレクトに取引を行いますが、日本ではキャロウェイから輸入した商品を住友商事が窓口として受け、さらに住友ゴム、販社、ショップという手順を踏む。

エリーさんにしてみれば無駄なマージンと映りますし、「理解できない」となるわけですよ。

この間、様々な話し合いが持たれました。93年の契約更改では、本来の契約期間(5年)を6年に伸ばしてくれましたし、97年の交渉では住友ゴムとキャロウェイで合弁会社を創る案も出たのです。

エリーさんの主張は一貫して「不合理な流通を解決すれば、日本のゴルファーに安く提供できる」というもので、結局は重層的な流通を解決できず、決裂に至ってしまいました。

彼がもっとも理解に苦しんだのは、住友ゴムとダンロップの二重構造でしょう。エリーさんはSRIスポーツの形を想定していたし、さらに販社と合体すれば「行ける!」と考えたはずですよ。タイミングが悪かった。

両者の破談がなかったら‥‥。

想像の域を出ませんが、かなり面白いビジネスモデルにはなったでしょうね。これまで日本で成功した外資は極めて限られていて、それはビジネス文化の違いによるものだと思います。

アメリカの経済学者も日本の特殊性を理解するのが難しく、解決するには優秀な現地パートナーを得るしかない。

アメリカ企業の素晴らしさは、卓越したブランディングに集約されます。『ERC』のボールは鮮烈なイメージを植えつけているし、タイトリストもフラッグシップに集中して消費者の理解を深めている。仮に住友ゴムとキャロウェイという日米の大手が融合すれば、この業界に前例のない事業体でダイナミックなことをやれたでしょうね。


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片山哲郎

片山哲郎

1962年8月3日生まれ、東京都出身。
「月刊ゴルフ用品界」(GEW)を発行する株式会社ゴルフ用品界社の代表取締役社長兼編集長として、ゴルフ用品産業及びゴルフ界全般の動向を取材、執筆。2014年4月に日本ゴルフジャーナリスト協会の会長に就任(現任)。

ほかにインタラクティービ(J:COM)番組審議会委員(現任)、ゴルフ市場活性化委員会マーケティング委員(現任)、大学ゴルフ授業研究会理事(現任)。

信条は「人の至福は健康で長生きすることであり、これに寄与できるゴルフは『善』である。善なるゴルフ産業が健全発展するために、建設的な批判精神をもち、正確、迅速、考察、提言を込めた記事を書く」――。

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