ハンディ23でプロに勝った!兵庫「のじぎくオープン」は100切りゴルファーでもトーナメント気分

ハンディ23でプロに勝った!兵庫「のじぎくオープン」は100切りゴルファーでもトーナメント気分
賞金総額が億単位の男女プロゴルフツアーだが、男子は長年の不人気が祟って賞金減額の大会が目立つ。 ゴルフトーナメントは「冠スポンサー」と呼ばれる企業が賞金総額の約3倍とされる資金を投じて開催されるが、その価値を懐疑的に見る企業も少なくない。 そんな中「のじぎくオープン」という一風変わった大会が2021年12月1日から2日間、有馬ロイヤルGC(兵庫県)で行われた。主催は兵庫県ゴルフ連盟(HGU)で、スコア100を切る程度のアベレージゴルファーが、ハンディキャップ(HDCP)を使ってプロと真剣勝負。トーナメント気分を味わえる。 昨年12月の大会で15回目。過去の累計参加者は一次予選だけで4万1000人を超え、決勝を含む延べ人数は6万人規模。予選は県内複数のコースで行われるため、ゴルフ需要も刺激できる。 HGUの鈴木一誠会長は「コロナの感染防止に万全を尽くして開催しました。プロとアマが真剣に楽しく戦えるアンダーハンディの大会で、ゴルフの普及を図りたい」 派手さはないが、地元密着のミニ大会として着実に根付いているようだ。その舞台裏をリポートする。 写真・日本ゴルフジャーナリスト協会理事 加藤裕幸

歴代優勝者はアマがずらり

大会事務局からわたされた「歴代優勝者一覧」には、水巻善典、奥田靖己、高見和宏ら見慣れたシニアプロの名前に交じって、廣田雄二(13・9)、永野真理子(15・6)、雪岡正史(19・0)といったように、アマチュアゴルファーの名前が並ぶ。 カッコ内の数字はHDCPで、誰でも気軽に参加でき、優勝のチャンスがある。いわゆる「100切り」のアベレージゴルファーが、プロと同じ舞台で真剣勝負を楽しめる。HGUの鈴木会長がこう話す。 「兵庫県内のゴルフ場は、来場者一人につき20円の『ゴルフ振興金』を頂いてます。それを県民に還元することも、大会の目的のひとつです」 鈴木会長が言う「振興金」は、47都道府県のゴルフ連盟(県連)を単位として、ゴルフ振興を目的に来場者から1回数十円を徴収するもの。 そもそもは国体の選手強化費として徴収が始まり、全県の7割ほどが導入している。導入県のゴルフ場でプレーすると、支払明細に「ゴルフ振興金〇円」とあり、県によって異なるが30~50円程度が一般的だ。 集まった金の使途は各県連が決め、収支報告を開示する県連が増えているが、非公開の県もある。兵庫県は公開しており、一部が「のじぎく」に使われる。今回の賞金総額は1200万円(優勝200万円)だった。 これを男子のシニアプロと女子プロが同じ土俵で争奪するから、大会の雰囲気は真剣そのもの。アマ90名、プロ30名が、それぞれ3か所のティーマークからショットを放つ。

ゴルフが上手ければ偉いのか?

大会の目的は、ゴルフの振興以外にもうひとつある。HDCPの普及がそれだ。 今は大半のゴルファーがHDCPをもたずにプレーするが、ゴルフが富裕層の「社交」だった40年ほど前までは、HDCPがゴルファーのステイタスだった。 日本ゴルフ協会(JGA)が加盟コースにHDCPの「発行権」を与え、ゴルフ場は倶楽部内にHDCP委員会を設置して「会員の証」として発行する。当時は「○○倶楽部のハンディ〇」がゴルファーの名刺代わりとして、憧れの対象にもなっていた。今は昔、の話である。 「そのハンディをもっと有効に使えば、ゴルフの健全な発展につながると思うんですよ」 HGUの中山広隆事務局長は前置きして、こう続ける。 「ゴルフはスコアの優劣を競うスポーツですが、それだけではありません。アンダーハンディで行なう『のじぎく』の意義は、自分の今の実力で一生懸命プレーする。その姿勢がゴルファーとして優秀だと思うんです。 この大会はそれを競うのが目的で、単にスコアが良い、ゴルフが上手いことを称えるものではありません」 このコメント、県連の事務局長らしからぬ発言にも聞こえるが、実はにはいくつかの背景があるが、そのひとつはゴルフの世界を覆う因習ともいえる空気の払拭だ。 ゴルフには、上級者ほど「偉い」という風潮があり、それは前述した「○○倶楽部のハンディ〇」が憧憬と、場合によっては畏怖の対象だったことがある。 ゴルフ場は定期的に、会員の実力者ナンバーワンを決める俱楽部選手権を開催しており、その優勝者はハウス内のボードに名前が刻まれ、会報誌でも大きく取り上げられる。 そのこと自体は「栄誉」ではあるが、同時に上手ければ偉いという風潮を生み出して、スコア至上主義を助長させる。以前、さる大手ゴルフ場チェーンの社長が、こんな話をしていた。 「業界は若年層のゴルファーを増やすのに躍起ですが、見えない障害を認識する必要があります。初心者がもたもたプレーする。後続組の上級者が威圧的に球を打ち込む。 打ち込まないまでも、途中のホールで追いついて『今日は渋滞ゴルフだなあ。ツイてないよ』と声高に言う。そんな圧を掛けられたら初心者はますます萎縮して、二度とゴルフなんかしたくないと思ってしまう。 そのようにしてゴルフを断念した人は、かなりの人数になるはずです。『煽り運転』と一緒ですよ」 ゴルフは等間隔でスタートするから、1組が遅いと渋滞する。ゴルフ場運営にも支障を来たすから「プレイファースト」の順守は不可欠だ。ただし、プレー自体に手間取るなら、グリーン上ではスコアをつけず、後続組に速やかに明けわたす。パターは手に持ったままカートに乗り、次のホール到着後クラブ入れに入れるなど、時間短縮の方法はある。それを教えずに上級者が煽るから、ゴルフ人口が増えないとの指摘である。 話が少々脱線した。本線に戻ろう。 HGUの中山事務局長が強調する「自分の今の実力で一生懸命プレーする姿」に価値がある、とのコメントは「上級者が偉い」という因習を打破するもので、平均スコア100前後のアベレージゴルファーも自分のハンディで一生懸命にプレーすれば称賛される、そんな風土づくりを目指すものだ。 日本で行われるコンペは一般的に「ぺリア・新ペリア方式」と呼ばれるスコア算出法で順位を決める。選ばれたホールにHDCPを設定し、そのホールで大叩きしても決められた打数を差し引くことで、誰にでも優勝のチャンスがある。 ただし、そのホールは事前に開示されないため、その日のスコアは運不運が左右する。これに比べて「のじぎく」が普及を目指すアンダーハンディは、各自の申告ハンディがそのまま反映されるため運不運に左右されない。 ひとつのホールで大叩きしても、HDCPを差し引いた目標スコアが明確なので、投げやりにならずプレーを続ける意識が働きやすい。そのような姿勢が評価される風土が「のじぎく」にはあるようだ。

HDCP普及の壁

そこで肝心な話。HDCPはどのように取得すればいいのか。 現在、JGAのHDCPシステムは「J‐sys」という算定システムで確定され、ゴルフ場の会員外でもスコアカード5枚を提出すればJGAハンディを取得できる。 その取得窓口は基本的に、JGAに加盟しているゴルフ倶楽部及びJGAに加盟する個人・ジュニア会員のほか、JGAの傘下にある全国8地区のゴルフ連盟と、地区連盟の下部組織に当たる県連、さらにJGAが認めた組織・団体も取得窓口となる。 上記の「組織」には予約サイトの楽天GORAやGDOも含まれるため、HDCP取得の敷居は低い。「のじぎく」に参加する際の申告HDCPは、これらが適用されるわけだ。 ところが、一方ではいくつかの課題も指摘される。前述のように申請窓口が複数あるため、同一人物が複数の「JGA番号」を取得すると混乱が生じる。 また、HDCPを使用して行なうアンダーハンディの全国大会は「JGA杯」が唯一であり、HDCP活用の場がそもそも少ない。このような状況に風穴を開け、アンダーハンディのモデル大会に育てることが「のじぎく」の大きな目的でもある。 「とはいえ、それは簡単なことではありませんでした」 と、同大会の佐野英仁郎ディレクターが言う。同氏はトーナメント運営会社のダンロップスポーツエンタープライズで11年間、様々な大会に関わっただけに、問題意識が実際的だ。何が大変なのだろうか? 「まずは参加選手の登録段階が大変でした。『のじぎく』は毎年3000人規模が一次予選に参加しますが、これだけの人数のHDCPを正確に登録して、速報システムに連動させる必要がある。 それだけではなく、予約や決済の在り方も改善して、事務処理能力を上げなければ、運営自体が煩雑になってミスが生じる可能性が高まってしまう。 『のじぎく』を円滑に運営するには、これらを一括で管理できるシステムが必要だったのです」 たとえば、決勝が人気コースの鳴尾GCで開催された2016年の場合は、一次予選の参加者が3237人で、兵庫県内101コースで253回の予選が行われた。 二次予選は1140人(8コース、10回)で、鳴尾GCでの決勝は90人。つまり、延べ4467人の予約・入金・HDCPの登録等を正確にこなす必要がある。しかも…。ここからは前出の中山事務局長。 「わたしは4年前にHGUに入りましたが、スタッフはわずか3名でした。ただでさえ少ない人数で、一番気になったのは参加者を現金書留の先着順で決めていたことです。   県内のゴルフ場は約160で、千葉県の次に多いのですが、そのうち県連に加盟する倶楽部は133。大会は『のじぎく』だけではありません。仮に2日間競技を50試合開催すれば、年間100日が何らかの形で拘束されます」 つまり多忙なわけなのだが、このような喧騒の中で「のじぎく」の参加にキャンセルが出れば、参加費を振り込みで返金する。これに加えてDMや競技情報の郵送業務も発生する。 「郵送は『のじぎく』だけに限っても、DMが5000人分、競技情報が3000人分、二次予選で新たに1000人分など合計3万枚にもなりますし、印刷や文書通信費だけで『のじぎく』のコストは100万円近くなっていました」 一生懸命に頑張る姿が尊い―。その風土を定着させたいと言うのは簡単だが、その代償として、HGUの職員は常に大車輪の働きが求められた。 これを解決するために前出の佐野ディレクターが提案したのが「ウェブエントリーシステム」だった。前述の作業を段階的にシステム化し、2020年にHDCPを含む会員登録・予約・決済・速報を網羅する完成版にこぎ着けた。投資額は約600万円で、HGUの予算から捻出した。 「これによりエントリーが楽になりました。参加希望者はまず、HGUのHPを開いて必要情報を登録します。住所氏名、HDCP、ケータイ番号など6項目。 IDを作って会員登録を完了すれば、2回のクリックでエントリー終了。入金はカード決済で、キャンセルの場合はカード会社から返金され、競技案内も配信できる。前回の『のじぎく』では決済関連のトラブルはゼロ。事務作業も大幅に減りました」(佐野ディレクター)

花言葉は「真実」

もうひとつ大きなメリットがある。登録会員の傾向分析がそれ。 2021年12月13日現在で、HGUのウェブ登録会員は男性2956人、女性757人で、HDCP別の構成比は、 10・0~14・9=33% 5・1~9・9=28% 15・0~19・9=19% 中央値の3層が全体の8割を占めており、上記では割愛したが「片手シングル」の5以下は9%にとどまっている。アベレージゴルファーの高い登録意欲が伺えるが、この情報は毎年蓄積されるため、きめ細かいイベント企画や、消費動向分析にも使えそう。この点について中山事務局長は、 「我々は公益に近い性格の団体なので、このシステムを使った収益事業の方向性はありません。あくまでゴルフ市場を活性化させるツールとして、今回の『のじぎく』だけではなく、可能性を探っていきたいですね」 ともあれ、システム自体は汎用性があるため、第三者との協業の可能性までは否定しない。ゴルフ場の会員ではなくてもHDCPを取得でき、それを元にプロとの「真剣勝負」が楽しめる。全国的には無名大会の「のじぎく」だが、 「日本のゴルフ発祥は神戸の六甲山頂です。スポーツとしてのゴルフの本質的な魅力、楽しみ方を兵庫から『のじぎく』を通じて発信したい」(HGU鈴木会長) そのような矜持もあって2020~21年の「のじぎく」は、コロナ対策を万全にして開催に踏み切っている。それが、関西2府4県のゴルフ関係者に力を与えたとの話もあるようだ。 ところで、肝心な話を忘れていた。昨年12月の大会を制したのはHDCP23の宇佐美邦久(8アンダー)で、プロの部1位は桑原克典(4アンダー)。4打差で、アマがプロを退けている。 「ハンディがあるからでしょ」などと無粋なことは言いっこなし。 ちなみに「のじぎく」は郷土の花で、花言葉は「真実」だという。