「GEW」2012年8月号を振り返る 韓国ゴルフゾン創業者が「百万人ショットデータ」で描く新ビジネス

「GEW」2012年8月号を振り返る 韓国ゴルフゾン創業者が「百万人ショットデータ」で描く新ビジネス
[archives key="蔵出しインタビュー" order="201" previousWpId="" nextWpId="" body="2023年4月の今、日本ではインドアゴルフの出店が過熱している。過去2年半、ゴルフ市場で起きた「コロナ特需」がそろそろ終焉の気配を見せているのに、なぜ?

背景にはパチンコや紳士服店などロードサイド型の大型店が、インドアゴルフに関心を寄せ、意欲的に参入していることもある。不動産会社が24時間・無人営業のインドアゴルフをチェーン化するなど、多様な広がりを見せている。

そのシミュレーションゴルフはそもそも、日本よりも韓国で市民権を得た経緯がある。その大手が「ゴルフゾン」という会社で、2000年5月、社員5人で始まった。そして同社の成長は、劇的なものだった。

取材した2012年の段階では設置店舗数約4500、オンライン会員100万人、一日10万人がプレーする一大企業に成長。設立10年で年商200倍の急成長を遂げ、日本市場にも進出している。

創業者はサムスン電子の技術者だった金榮贊(キム・ヨンチャン)氏。

パク・セリが1998年に「全米女子オープン」を制したことで、韓国のゴルフブームが爆発し、ゴルフ場よりも身近な「スクリーンゴルフ」が続々と誕生した。日本で設置されるゴルフシミュレーターの多くが韓国製なのはそのためだ。

この取材は、ゴルフゾンが辿った創業時の泥臭い苦労話や急成長の理由、そして会員100万人から得られるショットデータをもとにゴルフクラブ事業に本腰を入れる計画についても聞いている。金会長の発想は、いま読み返しても「近未来」的な発想にあふれており、過熱する国内インドア市場の今後を考える上でも参考になろう。

一言でいえば「インドアゴルフ文化」を創った。ゴルフゾンの成功要因はこれに尽きる。

記事中の金額はウォンで表記しており「1ウォン=0・1円」が目安となる。文中の数字、企業名、役職その他は取材時のままであることを留意願いたい。"][/archives] [back_number key="201208"][/back_number]

ゴルフ+文化+エンタメ

日本でもシミュレーションゴルフが流行っていますが、本家は韓国のスクリーンゴルフです。そこでゴルフゾンの創業期はどうだったのか、そのあたりから振り返ってください。 「ありがとうございます。当社の設立は2000年5月で、資本金は5000万ウォン、社員5人でスタートしました。 わたしはゴルフが大好きで、ゴルフに関わるビジネスをしたかったのですが、正直に申し上げれば『老後の暇潰し』といいますか(笑)、ゴルフ界を変えてやるぞという野望もなくて、肩肘張らずにはじめたのです」 事業をスタートするときはコンセプトメイクが大事ですが、どんな考えではじめたわけですか? 「大半の初心者は練習場とゴルフ場のギャップに悩んでいて、まずはこれを解決したいと考えたのです。練習場で一生懸命球を打ってもスコアはなかなか良くなりませんが、それはゴルフ場では様々な状況における適応能力が必要だからです。 つまり、練習場だけの練習では上達の正解にはなりません。そこで、フィールドに近い状況で具体的な課題が点検できて、適応能力を養えるシステムがあればギャップを解決できる。そのようなコンセプトでゴルフシミュレーターに着目しました」 コンセプトができても、それを製品化するのは難しいでしょう。 「実は、わたしは以前サムスン電子の情報通信部門で技術者をしていたのです。事業部長を3年務めて、様々な事業アイテムや製品企画を担当したことが、ゴルフゾンの経営に役立っています。 マーケットに商品やサービスをリリースしたとき、どうすれば消費者に選択してもらえるか。前職でそういった経験を積めたことは大きかったですし、『ギャップを埋める』というコンセプトは今でも当社の柱になっています」 市場にはすでにシミュレーションゴルフの先行企業がいたわけですね。先行企業との差別化はどうやって図ったわけですか? 「おっしゃるとおりで、設立当初の5年間は価格競争が激しくて、それは各社とも他社との違いが希薄だったせいもあります。この間、私が一生懸命考えたのは『脱・価格競争』で、これを実現するには新しい価値の創造をしなければならないと確信しました。 具体的には『ゴルフ+文化』という考えを確立して、さらにエンターテイメントの要素を加えること。この3要素を追及すれば価格競争から抜け出せるだろうと。そのように考えました」 なるほど。「新しい価値」を「文化創造」に置いたわけですね。

ゴルフ場から「出ていけ!」

文化創造の話はあとで伺いますが、そもそもシミュレーターはどうやって開発したんですか? 例えばゴルフ場のフェアウェイには斜面がある。その斜面に合わせてインドアの足場が傾く機能もありますが、技術的なことは素人にはまったく理解できません。 「そうですか(笑)。昔と今は違いますが、初期のモデルを開発した時にはゴルフ場と協議書を交わして、設計図を借りることからはじめました。ただ、コースによっては図面が残っていなかったり、コース改造でレイアウトが大幅に変わったりと参考にならないケースも多かったのです。 基本的な作業としては、現場へ行って、地点ごとにスチール写真を撮影して、アンジュレーションが設計図と合っているかどうかを確認します。 次に大事なのは臨場感ですが、これを表現するのに一番重視したのはキャディの意見です。たとえば、プレーヤーがティショットを打つときの目線はどこを向いているかをキャディさんに聞いて、その角度やポイントに向けて撮影するなどです。 これを持ち帰って3Dの映像技術でCGをつくる。今は空撮なので、当時よりは誤差の少ないCADデータが得られますが、当時は大変な作業でした」 苦労話も多いでしょうね。 「それは沢山ありました(苦笑)。特に名門コースは閉鎖的で、実務担当者に撮影の了解を得ているのに、役員に見つかって『出ていけッ!』とか。 そんなわけで1号商品は9ホールのパブリックコースだったんですよ。テドック研究団地体育公園ゴルフ場というところでしたが、初日は撮影が失敗して撮り直したり、持ち帰ってCGにしたらゴルフ場関係者に『全然ちがう』といわれたり……。スタッフ3名で、1か月以上も掛かりました」 商品化できたのはいつですか? 「2002年です。販売価格はハードを除いたソフトとセンサーで1450万ウォンにしたわけですが、当時は1000万ウォンを超えると価格競争力がないと言われたので、事業展望を描くことが難しい時期だったと思います」

パク・セリの優勝で始まった

当時、韓国の市場環境はどんな感じだったですか? 「当社は段階的に成長プランを描いてきましたが、2002〜2006年が第1フェーズだったと思います。なぜなら、この時期にシミュレーションゴルフ市場は活発に動きはじめたからです」 理由は? 「きっかけはパク・セリの優勝でした。1998年に彼女が『全米女子オープン』に優勝して、韓国では物凄いフィーバーが起き、社会的関心がゴルフに集まったのです。それ以前のゴルフはテレビや新聞でほとんど報じられませんでしたが、彼女の優勝でいきなり新聞にゴルフ欄ができて、ゴルフの潜在人口も増えていきます。 その一方で、実際のゴルフは高額な会員権を買わなければプレーできませんし、せっかく会員になっても予約をとるのが難しいなど、需給バランスがとても悪かったんですね。 当時の高額会員権は15億〜20億ウォン、平均でも3億〜5億ウォン。プレーフィは30万ウォンが一般的でしたから、普通のサラリーマンではなかなかできません」 ゴルフ熱は高まる一方なのに、実際にはゴルフに触れられない。で、その状況が数年続いて、2000年ぐらいからシミュレーションゴルフが続々と立ち上がったわけですね。 「はい。このような状況の受け皿として、シミュレーションゴルフが台頭したのです」 市場性があれば参入企業も多くなりますが、2000年あたりの競合状態はどんな感じでしたか? 「競合メーカーとしてはファミリーゴルフ、Xゴルフ、アルバトロスなどです。当社が2005年に手作業で調査したところ、アルバトロスとゴルフゾンを合わせて6〜7割、残りの2社が3〜4割というシェアで、この4社が拮抗していました」 私はその3年後の2008年、韓国へ行ってゴルフ市場の取材をしました。驚いたのは、シミュレーションゴルフを設置した店が沢山あって、雑居ビルに当たり前のように入っていた。日本のカラオケボックスに似た店づくりで、若い男女のサラリーマンがランチを食べながら楽しんでいました。 「そうですか(笑)。韓国ではあれを『ゴルフバン』と呼びますが、2005年頃はまだ主流ではなくて、大半のシミュレーターはインドアと屋外の練習場が中心でした。それが今の姿になりはじめたのは2006年頃からなので、片山さんが韓国に来られた2008年にはかなり普及していたでしょうね。 練習場でシミュレーションを体験したゴルファーから『ラウンドできる専門空間として営業しているところはあるんですか?』という問い合わせが相次いで、さらに韓国は自営業者が多いので、彼らが自然発生的にシミュレーションの施設をつくりはじめたんですよ」

2兆ウォンで韓国新興市場の注目産業

なるほど。つまり「業界主導」ではなく、ゴルフ好きの自営業者が副業としてインドアを立ち上げたわけですね。となると、そういった副業需要の拡大によって御社も急成長したでしょう? 「そのとおりです。1号機を出した2002年の販売実績は10億ウォンでしたが、2005年には50億ウォン。自営業者が競ってインドア施設を立ち上げはじめた2006年が120億ウォン、翌年は314億ウォンでした。 1000億ウォンを超えたのは2008年で1008億ウォン、さらに去年が2098億ウォンといったように物凄い勢いで伸びたのです(笑)」 特に興味深いのは2008年で、このときは前年比300%と劇的に伸びています。理由は何ですか? 「それは、オンラインサービスを導入したことによります。現在、当社のオンライン会員は100万人に達していますが、シミュレーションのスコアをオンラインで競える楽しさがウケて利用者が飛躍的に増えたのです。 2008年以降はシェアも6割、7割、8割と上昇して、現状は8〜9割だと思いますね」 「思う」というのは、オフィシャルな調査データがないわけですか。 「そうなんです。韓国にはシミュレーション市場を専門に調査する機関がないので、当社が販売した台数と他社の公開数字を精査して、我々のシェアは8〜9割だと推定しているんです。だけど、実際のシェアはもっと高いかもしれませんね。 というのも、他社が設置した既存施設の500システム以上が、1年間でゴルフゾンに入れ替わったという見方もありますから。いずれにせよ韓国のシミュレーションゴルフ市場は、トータル5200施設で2万2000台が設置されるほど急成長しました。 施設内での飲食を除き、純粋にプレーによる産業規模は1兆2000億ウォンと見られますが、施設内で使用される用品用具や設備、内装等を含めれば、2兆ウォンとも言われています」 それは凄いですねえ。わずか10年ちょっとで一大産業になってしまった。 「そうなんですよ。シミュレーションゴルフは、韓国の新興ビジネスとしては最も大きな産業のひとつで、今後も様々な要素を取り入れながら成長が見込めると考えています」

三位一体の「ゴルフゾンパーク」

その成長を支えたのが「ゴルフバン」の広がりでしょうが、日本ではバーや飲食店、純粋なインドアゴルフなどいくつかの業態に分かれていて、風営法の管理下に置かれるケースもある。韓国では、業態別の設置比率はどうなりますか? 「設置施設は行政上、すべてゴルフ練習場のカテゴリーで登録されていますので、業態別という括りでは正確にわからないんですよ。ゴルファーの立場では『ゴルフバン』のほかに練習場やフィットネスクラブという見方もあるでしょうが、いずれにせよ95%以上が『ゴルフバン』という状況だと思います」 なるほど。ところで、冒頭にこのビジネスで差別化を図るために「ゴルフ+文化+エンターテイメント」を確立すると話されましたが、「ゴルフバン文化」を実現するためにゴルフゾンが果たした役割は大きいですか? 「はい、それはとてもあると自負しています(笑)。実は『ゴルフバン』のブームは当初、ソウルではなくて釜山からはじまっているんです。釜山の工場集積地の周辺には工務店が集まっていて、そこの社長たちが遊ぶために施設を立ち上げたことがあります。 ソウルでは不動産が高いため収益性が悪く、都市型として定着しなかったのです。そこで当社がその殻を破ろうと、ソウルで最も地価が高いエリアにゴルフの総合エンターテイメント施設をつくりましたが、これが新たな『ゴルフバン文化』を見える形にしたと思います」 どんな形態ですか? 「いわゆる複合施設なんですよ。シミュレーションと喫茶店、ライブステージや写真・絵画の展示コーナー、インターネットの自遊空間を合わせたもので、それが『ゴルフゾンパーク1号店』です。当初は収益面で苦労しましたが、1年をかけてFCモデルをつくろうと考えたのです。 ただ、その前に施設の評判を聞きつけた自営業者が『やらせてほしい』と名乗りをあげてきましてね。それで最も繁華な商業集積地のテヘラン路という通りに、ゴルフゾンのシミュレーションを導入したゴルフバンが続々と開業して、さらにソウルでの成功例が地方都市へ飛び火する形で好循環が起こったのです」 テヘラン通りでゴルフゾンが設置されているゴルフバンはどれくらいですか? 「多すぎてわかりませんが、感覚的には50店以上あるはずです。正確な数字が知りたければ、ネットで調べてみてください(笑)」 う~ん、ハングルがわからないので、金さんが言った「50以上」で書いておきます。

米ゴルフスミスと提携の狙い

もうひとつ、今日確認したかったのはゴルフスミスとの提携です。ゴルフスミスはアメリカのギア大手ですが、両社の提携で何がはじまるのか? シミュレーションゴルフとギア大手の融合には関心がありますが、どんな計画を考えているんですか? 「そうですねぇ。ゴルフスミスとは今年2月にMOU(覚え書き)の調印を交わしたばかりで、近々正式契約の運びになります。なので、詳細は話せないことが多いのですが……」 大枠の考え方でけっこうです。 「わかりました。まず、当社は現在『トータルゴルフ文化企業』という企業理念を掲げています。そしてこれを成し遂げるには流通業、要するにクラブ販売が必要だと考えました。それで先進国のノウハウを学べる相手を考えた結果、ゴルフスミスが最適だろうとなったのです。 先方も中国を含めたアジア進出に意欲的で、互いのニーズが合致したんですよ。ゴルフスミスはカナダを含む北米市場のトップ、我々は韓国のトップとして手を結べば、さらなる成長が期待できます。まぁ、このあたりでよろしいでしょうか?(笑)」 契約とは別の角度から質問します。御社のクラブ売上はどれくらいですか? 「店舗事業がなかった去年は100億ウォン未満でしたが、今年は500億ウォンを計画しています」 つまり、ゴルフスミスとのビジネスでクラブ売上を5倍にする? 「契約は、ゴルフクラブを供給してもらうことが主たる目的ですから」 ゴルフスミスは大衆ブランドだから、価格はミドルからローエンドです。韓国のゴルフは富裕層中心だからミスマッチが起きませんか? 「ハイエンドの話をすれば日本企業と交流する道もあるでしょう」 どこです? 「日本については検討中というか、具体策を論じる段階ではありません。それと、韓国のゴルフはハイエンドですが、これはビジネスゴルフ、いわゆる接待需要が多いからなんですね。だけどこれからは違うと思っているんですよ。 韓国では接待ゴルフから大衆スポーツへの転換がはじまっていて、ゴルフクラブもハイエンド商品でありつづける時代は長くない。そのように考えているんです」

100万人のショットデータがある

なるほど。韓国でゴルフ大衆化の先陣を切る。まさに「文化企業」の挑戦ですね。 「ありがとうございます(笑)」 それで初年度の500億ウォンはどのようにつくるわけですか? 「考え方としてはまず、既存施設で展開している消耗品売上は500億ウォンに含みません。今年は直営専門店を10店舗構える計画ですが、すでに5店舗をオープンしています。店名は『ゴルフゾンマーケット』で、オンラインとオフラインをつなぎ合わせた新形態の専門店というのが最大の特徴です。 具体的には、オンライン会員の100万人が日々、シミュレーションでプレーしているので、当社には膨大なショットデータがあるんですよ。 そこで会員がクラブを購入するとき、そのデータをもとに推奨クラブを提示して、さらに試打をして、気に入ったクラブをフィッティングルームで調整します。一連の流れはまったく新しい販売手法で、これによりマーケット自体が大きく成長すると考えています」 その商品供給基地が、ゴルフスミスになるわけですね。 「そのとおりです」 シミュレーション、オンライン、フィッティングの三位一体型は今のところ、日本のゴルフ市場にもありません。シミュレーション先進国の韓国ならではの発想ですが、これを日本でも展開する計画はありますか? 「日本におけるゴルフゾンのフェーズはまだ、マーケットとコミュニケーションをしている段階だと思いますので、いろんな店舗形態をつくって反応を確認する必要があると考えています。 だけどその結果、日本のゴルファーが『ゴルフゾンマーケット』を好むとすれば、やらない理由はありません(笑)」