日本のゴルフ界とクラブ市場を総括する(6)
[archives key="蔵出しインタビュー" order="200" previousWpId="" nextWpId="" body="前回は、高反発ドライバーを巡るUSGAとR&Aの反応の違い、それによって生じた日本メーカーの苦しい立場について振り返った。
USGAが強行した「高反発規制」は、米国メーカーの一部がロビー活動を行った結果との見方があり、生き馬の目を抜くクラブ業界の激しい競争を垣間見せた。その後事態は混迷の度を深めていく。今回はその様子を振り返ろう。なお、文中の企業名、数字その他は取材時のままであることを留意願いたい。"][/archives]
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テーラーメイドが仕掛けたのか?
住友ゴムが公表した「インピーダンスマッチング」の特許は、各社がゴルフクラブの反発性能を追求するほど抵触する可能性が高まってくる。これに危機感を募らせた米国メーカーの一部が、USGAに「高反発規制」のルールを働きかけたと囁かれた。
高反発規制はそもそも、飛距離が伸びるゴルフクラブはゴルフ場の設計意図を台無しにするため、これを規制するという趣旨だったが、北米圏のゴルフ規則を統括するUSGAが強権を発揮しすぎることで、クラブ開発や性能進化に大きな支障を来たすとの声も高まった。
そこでUSGAは後年、ヘッドの可変機能を「合法化」する。いわゆる「カチャカチャ機能」と呼ばれるヘッドの重心位置を調節できる機能の認可で、高反発規制と相殺するバーター的な狙いもあったとみられる。
この商品を、他社を制して発表したのがテーラーメイドの『r7』で、2004年4月に「この一本がゴルフ界を震撼させる」とのキャッチコピーでPRした。
前回触れたように、多くの日米メーカーがUSGAの「高反発規制」に反対したが、例外的にテーラーメイドは反対の態度をとらなかった。
そのことが、同社がUSGAにロビー活動を行ったとの憶測につながる。ルールが変わり、新しい機能が登場すると、先行メーカーは特許ガードでビジネスを優位に進められる。高反発重視の日本メーカーは、この面で後れを取ることになる。
USGAとR&Aの対立先鋭化
一方で、もうひとつの対立も深まっていく。高反発規制を推進するUSGAと、静観するR&Aの対立である。ゴルフ産業を巨大化させた米国には多くの有力メーカーが揃っている。一方の英国はゴルフの発祥地だが、ゴルフが日常生活に馴染み過ぎて産業化に至らず、強いメーカーも存在しない。そんな両国の違いが背景にある。
それでもR&Aは2000年5月にUSGAとは異なる「ヘッドの肉厚規制」を発表して、同年10月に実施する旨を示唆した。ところがわずか3か月後の8月には撤回して「反発規制の必要性を根底から見直す必要がある」と表明。
さらにその翌月には「高い反発係数はゴルフに有害とは考えられない」と、高反発規制そのものを否定。これを受けたキャロウェイとタイトリストは、即座に、
「我々はR&Aの決断を歓迎する」
と賛意を表明したが、USGAはヒステリックにR&Aを非難した。なぜならこの時期USGAは、
「違反クラブを週単位で公表し、該当製品の使用者には公式ハンディを認めない」
と強硬姿勢を貫いて、走り始めていたからだ。R&Aが高反発規制を見送れば、R&A傘下の日本メーカーが勢いを得る。日本市場でシェアを高めるキャロウェイも高反発規制に猛反対の姿勢を見せていたため、暗礁に乗り上げればUSGAの権威は地に堕ちる。双方にとって、抜き差しならない事態に陥っていた。
エリー・キャロウェイの死
事態をより複雑にしたのは、USGAに同調したRCGA(カナダゴルフ協会)が、違反指定を受けたキャロウェイの人気ドライバー『ERC』を、主催・関連競技で「使用禁止」にしたこともある。これを受けたキャロウェイは、カリフォルニア州連邦地裁にRCGAを「営業妨害」で訴えた。
さらに同社はアーノルド・パーマーと契約を交わし、その記者会見でパーマーは「わたしは高反発に賛成する」と表明。これを受けた現地のゴルフメディアは「王様は死んだ」「キングは晩節を汚した」など、パーマー叩きに走ってもいる。
「高反発騒動」は、思わぬところに波紋を広げ、収束の気配が見えなかった。
仮にキャロウェイがRCGAに勝訴していれば、USGAとキャロウェイの闘争はさらに泥沼化したはずだ。「全米オープン」の収益で莫大な資金力を持つUSGAと、カリスマ経営者のエリー・キャロウェイ。両者は一歩も引かない構えで睨み合い、キャロウェイ氏は、
「わたしはエンジョイゴルファーのために戦い抜く」
と宣言していた。だが、2001年7月、闘争の結末を見ることなくキャロウェイ氏は他界。その翌年2月、USGAとR&Aの対立に業を煮やしたUSPGAツアーが、「新たに第三者による規則統一機関を設置する考えがある」と発表。
USGAとR&Aには「統治能力がない」と明言したもので、下手をすればPGAツアーを巻き込んだ三つ巴の泥仕合になりそうだった。
終始「蚊帳の外」の日本
PGAツアーの発言から3か月間の議論を経た2002年5月、USGAとR&Aは「共同宣言」を発表した。日本を含むR&A傘下の国では、2008年1月1日から高反発規制を「COR0・830」(現在はCT値による規制)で施行し、時間差はあるものの英米同一歩調をとる旨が確認された。
それにしても………。この間、世界2位の市場規模を持つ日本の業界関係者は「傍観者」の立場に追いやられた。米国メーカーはUSGAと密接な関係にあるが、これと張り合う日本メーカーは常にR&Aとの折衝に時間を取られてしまう。そのR&Aはゴルフの母国にあるものの、ゴルフビジネスの緊張感とは無縁の世界に住んでいる。
日本メーカーは常に、「情報」「時間」「特許」などの面で大きなハンディを負うことにもなる。そのことが何を意味するかは明白だろう。