米国大手3社の三つ巴 春のクラブ商戦の舞台裏(後編)

米国大手3社の三つ巴 春のクラブ商戦の舞台裏(後編)
キャロウェイとテーラーメイドは2月7日、その前日にピン。米国大手3社がニューモデルを同時発売して、春商戦が盛り上がっている。その舞台裏を前編につづき後編で見ていこう。 [surfing_other_article id=86271][/surfing_other_article] ゴルフクラブは試打をして買うのが一般的。そのためメーカーは試打クラブをゴルフショップに供給して、店内での打ち比べで他社品との優位性を競う。 そんな中、新たな試打システムを立ち上げたのがテーラーメイド。同社はドライバーのフェース面6か所に反射型のフィッティングマーカーを内蔵した「試打専用ヘッド」を開発し、有力専門店に供給している。 インパクト前後のヘッド挙動を実測するもので、打ったボールの挙動から推計する弾道計測よりも正確だと強調している。 「計測には『GCクワッド』と『クワッドMAX』という計測器が必要です。カスタム販売比率が高い大手専門店に限定して、約500個の専用ヘッドを無償で提供します」(高橋ディレクター) 無償提供の栄誉にあずかるのは61店舗で、そのうち11店舗は同社の直営店。今後の課題は、直営以外の50店舗で『GCクワッド』を設置しているのは13店舗しかなく、残り37店舗が未設置なことだ。どうするのか? 「高額な計測器なので、当社が購入して貸し出す予定はありません。未設置店には当社のフィッティングチームが巡回して、計測器を持ち込むイベントで訴求しようと考えています」 新たな施策に困難は付き物。今後何らかの対策を講じるかもしれないが、アルペンの岡本常務は試打クラブの細分化についてこう話す。 「各社とも1モデルで4タイプ前後のヘッドをラインアップしているので、試打に手間が掛かり販売効率は下がります。反面、ターゲットが細分化されて、マッチング結果は良くなっている。きちんと対応できる売場が顧客の信頼を得られるでしょう」 同社はフィッティングの自社システムをもち、日々溜めたデータも分析できる。このあたりは大手の強みと言えそうだ。

仕入れが厳しい小資本の専門店

その一方で資本力が小さな専門店は、厳しい選択を迫られている。一時期に各社の人気商品が発売されると、仕入れコストが一気に膨らむ。都内世田谷区のゴルフステージ成城は今回、キャロウェイの仕入れを試打クラブのみに絞ったという。吉田朋広店長の話を聞いてみよう。 「我々のような単独店は大手とは違い、前月、前々月の売上によって当月の仕入れが決まります。メーカーはショップに対し、過去の売上実績を基に仕入れのパッケージを提案してくれますが、無理はできません。今回は顧客との相性を考えて、仕入れるブランドを絞りました」 同様の声は、地方の専門店からも聞こえてくる。大都市のようにインバウンド需要があるわけでもなく、人口減も加速する。話題の新商品が店頭に並ばなければ顧客はECに取られてしまう。かと言って無理な仕入れは禁物だ。前出のダンロップ林本部長は、そのあたりの難しさをこう話す。 「3社同時発売で市場が賑わう反面、資本力が大きい売場は沢山仕入れ、小さなショップは無理できない。無理して入れれば経営が傾くので、大きな懸念事項だと思います」 大型店圧勝の市場になると、価格競争に着火したときの激戦は過去に痛いほど経験している。様々なタイプの小売店がバランス良く存在している市場が理想的。林本部長の懸念は、そのあたりにありそうだ。

値上げが消費を鈍らせる

今年のクラブ市場はどうなるのだろう。春先の話題性は十分だが、一般景気の動向を含めて今後の商況に興味がわくが、見方は様々に分かれている。トゥルーテンパーの伊能社長は楽観的な推測をする。 「コロナ前の2019年を100とすれば、コロナ特需の数年間は170~180で絶好調でした。今年は130ぐらいでしょうか。当社はクラブメーカーにシャフトを供給する立場ですが、アイアンとウエッジ用が堅調です」 前出の有賀社長は異なる意見。 「コロナ前に戻った感じです。クラブ販売は昨秋以降、特に10月に悪化してから低迷中。大手3社の販売量も、仮に1社1000本とすれば合計3000ですが、皮膚感としては2600~2700のイメージです」 ダンロップの林本部長は、 「今年の市場は数量減、金額増を予想します。数量減は、ゴルフリタイアする高齢者の数を新規ゴルファーが埋められないため。金額増は、商品の値上げが理由です」 無論、値上げは消費行動を鈍らせる。前出の二木ゴルフ岡田次長は、 「値上がりは懸念材料ですね。不透明な社会情勢ですが、新製品の定価が下がるとは思えない。買い替えサイクルの長期化が予想されます」 市場に蔓延する不透明感は、その材料に事欠かない。特にトランプ米大統領が連呼する関税率の引き上げは、メキシコへの25%案がゴルフ界でも課題視されている。脱・中国の流れでメキシコへ工場を移転した企業は多く、記者発表で来日したテーラーメイドのエイブルスCEOは、 「第一に言えることは、今日現在(1月8日)その問題はまだ起きていません」 と前置きして、こう続ける。 「仮に起きても我々は、世界中に柔軟なサプライチェーンを有し、常にあらゆる事態を想定・分析しています。メキシコや中国の関税率が上がった場合のインパクトも当然分析してますが、その場合、消費者の負担増も懸念されます」 1994年にNAFTA(北米自由貿易協定)が発効されてメキシコは米国の安価な生産拠点となった。が、不法移民問題が障害となって両国の関係は悪化。トゥルーテンパーは中国工場を閉鎖してメキシコに移転しただけに、伊能社長は複雑な表情を浮かべる。 「トランプ政権の1年目は、かなり不安定になるでしょう。政治の不安定化はビジネスに大きな影響を与えますが、特に為替です。1㌦90円の時代は売れば売るほど利益が出ましたが、円安はその逆。トランプ大統領でどうなるのか……」 市場には不透明感が漂っている。

輸入クラブはピークの7割減

クラブ市場特有の不透明感も無視できない。実は、国内のクラブ市場は供給量や滞留する在庫量が不透明で、濃い霧に包まれているのだ。原因のひとつは試打→フィッティング販売が定着して、輸入クラブ本数が曖昧になったこと。さらに中古市場の肥大化が旧品と新品の混在を招き、現状把握が困難になっている。市場規模がわからないという、歪な構造なのである。 輸入統計(財務省貿易統計)を見て驚くのは、過去四半世紀で年間の輸入本数が「7割減」になったことだ。ピークは1990年の1139万7114本(米国368万本、台湾686万本、中国8万本等)で1000万本の大台を超えていた。 それが2023年には329万8179本(中国238万本、ベトナム50万本、台湾31万本、米国7万本等)で、ピーク時の71%減。最新の2024年11月期累計も264万9561本と300万本に届かない。 なぜこんなに激減したのか? ここには統計のマジックがある。2000年代にヘッドの脱着機能が普及して、店頭でシャフトとヘッドを組み立てるフィッティング販売が定着、「ヘッド単体」で輸入するメーカーが増えた。 輸入クラブは完成品の最終組立地が「原産国」となり、ヘッド単体は統計に表れない。ゴルフ用具は95類(玩具・運動用具等)の属性だが、クラブヘッドは「その他」に分類されて「㎏」で表示される。つまり7割減のかなりの部分が「本」ではなく「㎏」に化けてしまったのだ。 ピンの吉原清貴ディレクターは専門店の在庫リスクについて、 「当社は一貫してフィッティング中心の客注比率が高く、販売店にも浸透しています。客注は売場の在庫リスクが少なく、売上にもプラスなのでネガティブな声は聞かれません。今後も同じ方針で適量を供給し、存在感を示したい」 近年は同様のメーカーが増えた。試打→フィッティング→国内組立の流れはヘッドの単品輸入を加速させ、市場の流通量は藪の中。

中古と新品が混在する

もうひとつ、中古市場の隆盛も不透明感の一因だ。商品サイクルが速く、新旧商品に明らかな性能差を感じにくいゴルフクラブは「陳腐化」するのが遅いため、リユース市場と相性がいい。その中古ショップはニューモデルの領域にも手を広げている。 「当社は中古クラブが中心ですが、新品販売も大事です」 と前置きして、ゴルフ・ドゥの孫本本部長が舞台裏をこう話す。 「新商品の発売時期は、大量の中古クラブを買い取る好機です。1~2か月経つと同じモデルの新品と中古が店頭に並ぶ。新品にはメーカー保証が付くメリットがあり、中古は安いというメリットがある。双方異なるメリットで相乗効果が生まれ、モデルによっては専門店の過剰在庫が中古店に流入します。市場全体で新旧のクラブが循環するのです」 大手3社の同時発売は中古店にとって刈り入れ時だが、大型専門店も中古ビジネスに積極的。これにネットを介した個人売買が加わって、さらに経済発展著しい東南アジアのバイヤーが来日、大量に中古を仕入れる動きもある。こうなるとクラブ市場の実態は誰にもわからない。前出の有賀社長は、 「市場規模は、想像できません」 と腕組みをするが、それも当然の話なのである。 市場が曖昧模糊とした中で、春商戦は幕を開け、店頭では熱心な試打販売が展開される。 その一方でゴルフ歴42年、日本ゴルフ場経営者協会の大石順一専務理事、御年75歳はこう話す。 「流行や値段を知るため、いろんなゴルフショップに足を運びます。一言でいえば、値段も性能も何が正しいのかわからない。同じクラブが店によって違う値段で、性能を説明されても理解するのが難しい。試打席に入るのは恥ずかしいし……。素人に、もっと優しい業界になってほしいかなぁ」 そんな声を乗せながら、巳年のクラブ市場が走りはじめた。