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  • ジュニアのメッカ「北谷津」に宿る 地域愛と活性化にかける情熱

    嶋崎 平人
    1951年生まれ。東京都立大学工学部機械学科卒業。ブリヂストン(タイヤ)入社後は主に製造技術畑を歩き、その後ブリヂストンスポーツでクラブ・ボールの企画開発等を担当。クラブ開発に携わり、特許を二十数件出願している...
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    千葉県若葉区北谷津町にあるゴルフ練習場、北谷津ゴルフガーデンを訪れたときに、社長の土屋大陸氏は来場者と楽しげに雑談をしながら、受付横の軽食を出すカウンターの奥に入り、自ら注文のあったソーメンをつくっていた。お客も家にいるように、そばのテーブルに座り、新聞を読みながらカウンター越しに会話を楽しむ。家にいるようなリラックスした雰囲気が流れていた。筆者にも「ちょっと待っていて」と、自らコーヒーをいれてくれた。 北谷津ゴルフガーデンは2021年の賞金女王・稲見萌寧、シニアツアー賞金王・篠崎紀夫の練習拠点として、その名を馳せている。稲見は東京五輪で銀メダルを取った翌日にもここで練習。同施設で育ったプロは稲見、池田勇太のほかに30名以上おり、ジュニア育成も30年近く続けている。今でこそ、多くのゴルフ施設でジュニアを受け入れているが、この施設は先駆けだ。 土屋家は、この北谷津の地で200年以上農業を営んできた。実際はそれ以上古くからこの地に根付いているが、古い過去帳が焼けてしまいわからなくなっている。この地域はコメ・野菜をつくり山林も多い。その土屋家がゴルフ練習場を始めたのは今から50年以上前、この地域に千葉市から清掃工場建設の話が持ちあがったことに端を発する。 先代の父親の時代で、清掃工場には否定的な声があがり、紆余曲折の末に清掃工場建設を受け入れて、土屋家も大きな土地を提供した。誘致が決まり、道路が整備され、今まで車が通らなかったこの地区が交通至便になった。そこで、親戚筋の発展家が「山林を生かしてゴルフをやらないか」と発案した。近隣では1959年に京葉カントリー倶楽部、1960年に袖ケ浦カンツリークラブが開場している。ゴルフを全くやらない先代の父親は悩んだが、親戚の説得で1万坪の山林を9ホールのショートコースにすることを決めた。 「開場は1970年9月10日、ちょうど私の誕生日でした。当時は高校2年生で、開場の2年ほど前から家に造園業者、親戚などが出入りしてショートコースの造成が進んでいったことを覚えています」 現在のショートコースの西コースである。ゴルフブームの波が押し寄せ、業績は順調に推移した。 9ホールのショートコースだけでは物足りないと、1972年、現在の練習場と同じ場所に平屋の38打席の打ちっぱなし(220ヤード)を建設、同時に追加のショート6ホールの造成に着手し、更に3ホールを追加して、現在の形がつくられたのは1973年のことである。 「北谷津ゴルフガーデン」の名称は開場時からで、地名と庭のイメージから命名したということだ。 「うちでゴルフを始めた人が多かった。当時はすぐにゴルフ場へ行くのではなく、まずは練習場、ショートコースで実践を積んで、本コースに行く流れでした。当施設はこの間、間違いなくゴルフ振興に貢献してきたと思います」 現在の2階建て1、2階各40打席となったのは1987年。実は、土屋氏が同施設に関わったのは1986年、34歳の時からで、それまでは東京で舞踏の第一人者であった麿赤兒に師従して表現・創作活動に専念。家には年に一度帰るか帰らないかだったという。1986年に戻った当時はバブルで賑わっていた。 「練習場には1日千数百人が来場して、ショートコースには最大440人が入った記憶があります」

    ジュニア育成のメッカ

    北谷津ゴルフガーデンは今でこそジュニア育成で有名だが、その立ち上げについて土屋氏は、 「家業に戻って2年後に、共通の友人から千葉晃プロを紹介してもらったのです。実家が練習場をやっているなら、ジュニアの練習場として何かできるのではないかとの話になった。実際、千葉プロはジュニア育成に取り組んでいて、北谷津の全体像を見た時に『ここしかない』と思ったそうです。ショートコースと練習場が併設され、スペースも広く、スタートアップには申し分ないと感じたのでしょう」 その後時が流れ、1993年頃から本格的にジュニア育成に取り組んだ。その理由について、 「当時は日々忙しかったが、このような状態がずっと続くとは思わなかったことと、90年代に入って近隣に練習場が4つできた。北谷津として特色を出さなければならないと考えて、ジュニア構想が現実味を増したのです。もともと、おじが近隣の県立泉高校に赴任した時、ゴルフ部を立ち上げ、練習施設としてこの練習場を使っていました。そんなわけでジュニアと言えば高校生のイメージがあり、千葉プロから小学生が対象と言われた時にはピンとこなかったんですよ。父親からも『採算を含めて厳しい』と言われましたが、千葉プロと何度も話し合い、1994年に『千葉晃のジュニアゴルフミーティング』を立ち上げました」 最初は場所の提供だけで、千葉プロが「校長」として始めるイメージだったが、検討を重ね、同施設の主宰となった。次なる課題はプロやスタッフのコスト負担で、採算ベースを考えなければならない。 「千葉プロの考え方は『子供は遊びの天才、自分で考える能力があるため生き生きノビノビやらせたい』というもので、その基本姿勢は今も変わりません。『楽しくなければゴルフじゃない』を子供が自覚し、自ら行動することを待つ。個性を生かし、画一化することもありません」 その理念が広く浸透し、当初プロの育成は念頭になかったが、結果的に多くのプロゴルファーを輩出している。ジュニア育成を続けることで、北谷津ゴルフガーデンのブランド化にも成功したようだ。 現在、同施設にはショートコースを含め年間10万人が来場する。ピーク時の20万人に比べれば半減だが、ボトム期に8万人だったことを考えれば回復傾向にあるといえる。来場者は60歳以上が6割を占め、女性も3割弱。コロナ禍で若い女性が増えてきた。その前はジュニアで賑わっていた。週末の土曜日曜は都内を含めて、市川、浦安など地元以外から3割が訪れ、ショートコース目当ての来場が増えている。 女子プロの活躍で100ヤード以内のショートゲームの重要性が意識されるようになった。JGAのナショナルチームコーチ、ガレス・ジョーンズ氏はショートゲームに練習の6割以上を費やしている。これらが後押しとなり、土屋氏は北谷津の現状を「ショートコースに生かされている」と話している。

    地域への想い

    肝心の収支についてはこう話す。 「2012年に先代の父親が亡くなり、母親への一次相続で施設は継続できていますが、今後は継承問題もある。コロナ禍やウクライナ問題など先が見えない中で『北谷津ゴルフガーデン』を残したい。収支はやっとトントンで、固定資産などの税金は払えてますが、大きな利益があるわけではない。練習場は装置産業だから、長くやると1000万円単位の修繕が入る。これだけの面積、人員を使っている割に、練習場ビジネスは投資効率が悪いんです。続けるにはゴルフへの情熱が必要です。建て替えを視野に入れれば億単位の費用がかかるでしょう」 それでも継続を望むもうひとつの想いは、地域コミュニティにおける役割である。毎年夏まつりを開催して、練習場の常連だけでなく、地域住民とのバーベキューなどで交流を深める役割を担っている。 「都内で繁盛している練習場を時々見に行きますが、病院の待合室のようにお客がロビーで黙って雑誌を見ている。そんな光景を見るにつけ、ウチとの違いを感じます。北谷津に来れば誰かと会話でき、楽しい時間を過ごせる。そんな場所を提供することが一番大事だと思うんですよ。ジュニアもスタートから28年経ちますが、子供だけではなく、家族も含め何千人もの方とここで過ごしてきた。それが大事な財産です」 ご多聞に漏れず、少子高齢化で過疎化が進んでいる。地域活性化への想いから過去、何度も自治会長を務め、行政との交渉や、千葉市との交流会も行っている。先述の清掃工場は50年経ち廃炉になっていたが、再設置の話が持ち上がってきた。 「煙突の町」を敬遠する住民感情は当然あるが、清掃工場跡地の活用は難しいため、今後50年、最新の清掃工場を再度受け入れることを地域が認めた。令和8年に130mの煙突を持つ新しい清掃工場が稼働する。 この地区に練習場をつくり、テニスコートをつくり、乗馬設備もつくり、賑わいをつくって年間35万人が訪れる地域になった。更に、今後50年間の地域活性化事業案も提出して行政と話し合ってきた。清掃工場の余熱を活用した温水プール、温浴施設、わんぱくの森、オートキャンプのほか、既存のゴルフ練習場、テニスコート、乗馬施設等を含めて「北谷津スポーツメッカ」として、年間80万人が訪れる構想を描く。 「人が集まれば、地域バスなどの交通インフラも整い、この地域に住みたいと思う街づくりで過疎化を防げます。行政にとっても、清掃工場の余熱を利用した新しい街づくりができる。人が集まれば地域が活性化し、当社も一緒に浮上できます」 50年前の清掃工場建設がきっかけで北谷津ゴルフガーデンは始まり、再び清掃工場のリニューアルで地域コミュニティの活性化を描く。ゴルフ業界の視点では、プロの輩出とジュニア育成が注目されがちだが、そのような表層ではなく、もっと深いところに「北谷津」への想いと構想は根ざしている。 土屋社長、今日も何気なく、軽食をつくり、コーヒーをだす。
    この記事は弊誌月刊ゴルフ・エコノミック・ワールド(GEW)2022年10月号に掲載した記事をWeb用にアップしたものです。なお、記事内容は本誌掲載時のものであり、現況と異なる場合があります。 月刊ゴルフ・エコノミック・ワールドについてはこちら
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