地域の日常と街づくりに溶け込む 埼玉・蕨のゴルフ練習場~シリーズゴルフ練習場ビジネス~

地域の日常と街づくりに溶け込む 埼玉・蕨のゴルフ練習場~シリーズゴルフ練習場ビジネス~
WOWCA蕨(わらび)ゴルフクラブは埼玉県のJR蕨駅から徒歩10分、蕨駅と西川口駅の間の県道110号線沿いにある。周りにはドラッグストア、スーパー、スポーツクラブ、飲食店があり、便利な商業地の中にある。 入り口には、この練習場の象徴である大きな枝垂れ桜がある。取材時には桜の季節は過ぎて、青々と葉が茂っていた。この練習場の成り立ちについて、WOWCA蕨ゴルフクラブの貫井(ぬくい)俊男支配人にレクチャールームで話を聞いた。部屋の壁紙は、図書館のように本が並べられたデザインで、他の練習場とはちょっと違う雰囲気を感じた。 同施設の設立は1974年と、半世紀になる。貫井氏の父・紀男氏が開業したもので、同氏は現在82歳で健在である。 貫井家は、墓誌の残された記録から、少なくとも300年以上前の享保年間からこの蕨の地で広く農業を営んでいた。紀男氏の父親は太平洋戦争で戦死され、一家の大黒柱を失った中、残された家族は農業や土地の賃料などで生活を営んでいた。紀男氏は大学を卒業してすぐ、残された土地の活用を考えて1年ほどガソリンスタンドで修行し、1964年にガソリンスタンド事業「貫井石油」を始めた。当時、都市化が進み、今後の土地活用を進める中での決断であった。 幸い、曽祖父の時代に蕨と西川口の間に道路を作る計画があり、曽祖父が自分の土地に道路を通すことを了承。県道が通る交通至便な土地となり、ガソリンスタンドの営業に好立地であった。ガソリンスタンドを続ける中で、貫井家の土地をゴルフ練習場用に貸してくれないかとの話が持ち込まれた。父親の紀男氏は、先祖伝来の土地を貸すつもりはなく断ったが、税金対策を含めて農地や遊休地の活用を思案、自らゴルフ練習場を経営する決断をした。練習場が1㎞圏内にないことも理由の一つだったという。 「当初は、ゴルフの練習をしている間に、ガソリンスタンドで洗車してもらうことも考え、ガソリンスタンドと練習場を両立できるはず」 と考えたが、準備を進める中で両方の経営は難しいと考え、土地を広く使えるゴルフ練習場に経営資源を絞ることにしたという。 紀男氏は大学時代を含めて、ゴルフは未経験だったが、人づてを頼りながら2年かけて準備を進め、1974年に開業。2階建て、32打席70ヤードで、現在と同じ規模である。9ホールのショートコースも併設した紀男氏は、ガソリンスタンド経営時代から、モノを販売することが好きで、ベンホーガンの特約店となりクラブ販売にも注力した。 練習場の創業時の名称は「蕨ゴルフクラブ」で紀男氏が命名。近隣に「蕨ゴルフ練習場」が在り、ショートコースも併設したので「蕨ゴルフクラブ」とした。貫井支配人が当時の記憶をこう話す。 「ゴルフブームもあり、昭和から平成に向かう時代でお客様がどんどん増えました。午前中は練習場、午後はショートコースで『一日遊べる』と好評だったようです。私が子供の頃、待合室には人が溢れ、たばこの煙で白かったことを覚えています。お客様は店屋物で味噌ラーメンを注文して、休憩の合間に食べてショートコースへ行ってました」 地域の憩いの場となった。しかし父親の紀男氏は、現在に至るまでゴルフを一切しないという。

「桜花」と「謳歌」

そのショートコースは、1996年から段階的に縮小していった。コース管理の大変さと越球問題があったからで、売上も含めて土地効率が悪かった。最初にショートコースの3ホールを廃止して、スポーツクラブとした。その後、1998年に4ホールをスーパーにして、土地活用を推進した。貫井氏は1995年に大学へ入学、理学部であったが、卒業後経済学部に学士入学して、「街づくり」をテーマに学んでいた。 父親の紀男氏が、蕨駅前再開発の役員をしており、父親との会話のなかで街づくりに興味を持ったことがきっかけであった。2002年に会社に入り、他の練習場経営者との交流や情報収集して、ゴルフ練習場を改革していく。最初に取り組んだのは営業時間の拡大で、営業開始を朝9時→6時に変更。その後、打席の塗り直し、ボール、マットの更新などを進めていった。 また、ショートコースの残り2ホールをアプローチエリアや試打イベントに活用していたが、2010年にドラッグストアに変えて経営効率を図る。現在は貫井氏が実質的に経営をして、父・紀男氏に報告する体制となっている。ただ、開場当初から、打席間は天井までの仕切りネットがあり、お客様安全第一主義は変わっていない。 貫井支配人がポリシーを語る。 「練習場経営では、日々の『生活の場』を意識しています。誰でもゴルフを始められるよう、レッスン、レンタルクラブ、二木ゴルフの中古クラブを販売したり。仲間ができる仕組みづくりとして、スクールやコンペなどを用意。また、練習場はどうしても敷居が高いので、スポーツクラブ的な雰囲気を心掛けているんですね。『楽しさふくらむ』の想いを表現したロゴマークやキャラクターなどで、親しみやすい雰囲気づくりを目指しています」 現在の名称「WOWCA蕨ゴルフクラブ」は、2010年に貫井支配人が考えた。 「WOWCAは『おうか(桜花)』と呼びます。練習場の入り口にある枝垂れ桜であり、蕨のWを意識し、人生を『謳歌』してもらいたいとの想いを込めました」 正直読みづらいが、そこに込めている同氏の想いが伝わってくる。事業継続については、 「練習場は設備産業なので、クラブハウスは1997年に建替え、打席は自分の代の責任として2016年に建替えました。鉄塔は安全調査を実施していますが、創業当時のままなんですね。ただ、鉄塔の建替えは次の代にかかわるので慎重に考えています。生涯スポーツとしてのゴルフは、街づくりを考える上で大切な役割を担っていくと思います」 WOWCA蕨ゴルフクラブは、年間入場者7万人を超え、地域の生活の場として根付き、街づくりの中に溶け込んでいる。
この記事は弊誌月刊ゴルフ・エコノミック・ワールド(GEW)2023年9月号に掲載した記事をWeb用にアップしたものです。なお、記事内容は本誌掲載時のものであり、現況と異なる場合があります。 月刊ゴルフ・エコノミック・ワールドについてはこちら