スイング測定器市場が活況を呈しているが、スイング中の「筋肉」を可視化するという一風変わった測定器が登場した。NOK(エヌオーケー)という企業が開発した『スポーツトレーニング用筋電デバイス』という製品がそれ。
そこで新宿御苑前ゴルフスタジオ主催の坂本龍楠プロと、HARADA GOLFの原田修平プロの2人が同製品をテスト。長年アマチュアゴルファーのレッスン行い、フィジカルにも精通する2人がレッスン現場での活用法を対談する。
自動車・電子部品最大手のNOKとは?
同社は日本初のオイルシールメーカーで、国内70%、世界50%のシェアを持つ創業80年の老舗。オイルシールは潤滑油や、水、薬液などが機械の隙間から漏れるのを防ぐゴムと金属の複合部品で、自動車や航空機など命に関わる製品に使用されることから精密なモノ作りが要求される。
さらに同社は日本初のフレキシブルプリント基板(FPC)メーカーとしても国内40%以上、世界2位のシェアを持っており、言わばゴムと加工技術のスペシャリストだ。それらの技術を注入して製品化されたのが『スポーツトレーニング用筋電デバイス』だ。
『スポーツトレーニング用筋電デバイス』の構造とは?
ゴムは電気を通さないのが一般的だが同社はゴム製造のノウハウを背景にそれを可能にする機能性ゴムを開発。そのゴムを応用し人間の体に存在する、筋電、脳波、心電などの「生体電気信号」を測定できるゴムセンサー『Sotto』を生み出した。
『スポーツトレーニング用筋電デバイス』は、『Sotto』を専用のウエアに計10か所配置し、独自アプリと連動させて筋電を可視化できるようにしたものだ。バンドを使って電極を巻き付ければ好きな部位の筋電を測ることも可能。
実際の使用はウエアを装着し、アプリを起動してスイングを録画するだけ。その後中継器を通してアプリにデータが転送され、一定時間後に動画を再生するとスイング動画と連動して各部位の筋電が波形で表示される(画像参照)。紫色の縦線が現在地を示しており、その時の波形が上下に振動している瞬間が筋肉を使っているという意味だ。
レッスン現場においてインストラクターは様々な工夫を凝らして指導をしているが、目に見えない体内の動きを分かりやすく生徒に伝えることに苦労している。
筋肉の動きが可視化できる同製品がレッスン現場で活用されれば、指導法の幅が広がりそうだ。
【動画】『スポーツトレーニング用筋電デバイス』を体験
まずは坂本龍楠プロと原田修平プロが『スポーツトレーニング用筋電デバイス』を体験。動画で観てもらいたい。
坂本龍楠&原田修平が製品の可能性を徹底対談
まずはレッスンする上で「筋肉の動き」についてどのように伝えているか教えてください。
原田 私の場合はまずは自由に打ってくださいと伝えます。というのは最初から形を教えてしまうと、その方の本来持つ運動神経を壊してしまいかねない。もしかしたらその方なりの構えの方がうまく打てる場合もあるかもしれませんので。
スイングは十人十色ですからね。
原田 はい。ただ最初はそれでうまく当たったとしても、必ず当たらなくなってくるんですよ。だから領域を広げた所からスタートして、徐々に整えていくというのが私のノウハウです。
坂本プロはどうでしょう?
坂本 私が一番重視してるのは脱力です。普段私達が使っている外側の筋肉を解除してあげることで、インナーマッスルが稼働し、内側から外側の筋肉に伝わって効率良く力を使うことができる。
原田 なるほどね。私も生徒さんに腕を脱力してもらってそれを私の手で支えるということをよくやるんですけど、どうしても預けられないんですよ。本来は腕の重さも利用してスイングできるんですけど腕の筋肉がガチガチに固まっているから効率よく使えないんです。
坂本 そうですね。
原田 だから私は動から動にいくというか、動きながら打ってもらうようにしてます。どこかの筋肉を固定しながら動くと、筋肉同士がうまく繋がらず、ひずみになって怪我もしやすくなる。
坂本 体のどこかを固定しながら別の場所を動かすことは日常生活でも多いですからね。原田さんが言うように動きながらスイングすることで人間の中に眠っていたものが呼び覚まされるんだと思います。
どうしてもゴルファーは一つの場所だけ修正しようとしてしまいがちですが、お二人の話を聞くと全ての筋肉が連動し合っているということが言えそうですね。
原田 そうですね。
では今度はお二人が自身のスイングにおいて重視している点についてはどうでしょうか?
原田 私は下半身を回して、その分腕を縦に使うことを心がけています。大半の方が下半身をロックして上半身だけ捻っていますからね。もう一つは、てこの原理でバックスイングとダウンスイングの時に右手と左手のずれを使うことですね。そのずれを使えないとダイナミックな動きになりませんから。
飛ばす上でも重要?
原田 言葉で表すのが難しいんですけど、自分の中で飛ばす上でベストな股関節のポジションがあるんです。重いものを持った時に大体の人は膝が前に出てしまいますが、股関節の角度をキープできていればそれが起きません。そのためには太ももの裏側の筋肉(ハムストリングス)を使うことが重要です。
坂本 上半身と下半身を繋ぐ大腰筋というインナーマッスルがあるんですけど、大腰筋とハムストリングスは密接に関わっています。おそらく原田さんもハムストリングスを使うことで大腰筋にスイッチを入れているんじゃないですかね?
原田 そうそう。股関節とハムストリングスがエンジンで胸郭がシャフトで背中から腕に繋がっていくイメージですね。最終的に振るのは腕なので、そのためには下半身が重要なんですよ。
坂本 そうですね。基本的には蹴るのは裏側の筋肉で、止まるのは前の筋肉ですからね。
原田 でも前の筋肉を使っている人多いですよね。マッチョが意外と飛ばないというのはよくあることで、見てくれの筋肉はあるけど裏側が使えていないことが多い。だからお尻が後ろにポコッとついてる人の方が運動神経が良いんですよ。
坂本 冬季五輪のアスリートやサッカー選手なんかはそういう体型していますよね。
今の話から下半身、股関節回りがゴルフスイングには重要ということが分かりました。ただこれを生徒さんに伝えるのは難しそうですね。
坂本 そうなんですよ。先程も言ったようにインナーマッスルを使うには脱力が必要ですが、生徒さんに力を抜いて下さいと言っても、本当は抜いてはいけない場所まで力を抜いてしまう。こちらが使ってほしいと思っている部位と生徒さんが考えている部位がなかなか一致しないんです。だから今回の『スポーツトレーニング用筋電デバイス』の話を聞いた時、率直に使ってみたいなと思いましたね。
原田 そうですね。感覚に近い筋肉の動きを私達レッスンプロが言語化して生徒さんに伝えていますが、ゴルフの場合は特に下半身の意識を感じにくいので、それが筋電の波形として可視化されるのは便利です。
坂本 意識と無意識の溝を埋められそうですよね。
実際にデータを見てみてどうでしょうか?
坂本 同時に10か所の筋電が取れるようですが、私の場合はあえて上半身の腕の3か所に絞って計測してみました。データを見るとバックスイングの始動からトップにかけてほとんど波形に変化はなく、インパクト付近で一気に筋電のピークが来ていることが分かります。
原田 おそらくアマチュアの方はダウンスイングの最初の方でピークが来てしまうはずなんですよ。これを使えばゴルフスイングで重要な力の抜きと入れを感覚じゃなく筋肉のデータで示せそうですよね。
坂本 そうですね。バックスイングの時点で力んでいる方が結構いるので、脱力とメリハリを伝えるには役立ちそうです。
続いて原田プロのデータについてはどうでしょうか?
原田 私の場合は下半身に着目して、両足の前腿に1か所ずつ、ハムストリングスに1か所ずつで計4か所の筋電を測ってみました。私の場合は動から動を意識したスイングなので、アドレスで静止せずに小刻みに動くようにしていますが、それがデータからも分かります。バックスイングに向かう時に一度力が抜けて、ハムストリングスを使いながらインパクトに移行していく。自分の意識と一致していますね。
坂本 原田さんが意識されている下半身の動きが筋電でも再現されていそうですね。
なるほど。レッスン現場での具体的な活用法をお願いします。
原田 今回はフルショットで試しましたけど、私はむしろアプローチとパターでの活用に役立つと思います。短い距離になるほど繊細な動きになってくるので、例えばアプローチでダフってしまう時の筋肉の力みだとかが可視化できればレッスン現場でも生徒さんに伝えやすいと思います。
坂本 確かに。実はアプローチやパターはプロも経験と感覚でやっているから、それを生徒さんに伝えるのって難しいんです。その意味ではイップスの防止にもなりそうです。
原田 あとスイングだけじゃなくて、トレーニングにも活用できますよね。アドレスの形でスクワットして、ハムストリングスの筋電が反応するポジションを見つけるとかね。前腿の筋電だけが反応していたら駄目だということになりますから。
なるほど。スイング以外でも応用できそうですね。
坂本 それと筋肉は拮抗筋といって、どこかが収縮すればどこかが弛緩する構造になっています。先程話したインナーマッスルを使えているかどうかを可視化することはできませんが、逆に言うとアウターマッスルの筋電が反応していなければ、インナーを使えているということが分かる。私としてはむしろ力が入っていないことを可視化できる点に利便性を感じます。
原田 今後はグローブの表面に薄いゴムの筋電センサーを取り付けて手の平のグリッププレッシャーを見られたら便利ですよね。
坂本 プロとアマチュアの動画比較機能もあったら面白い。いずれにしてもレッスンに取り入れてデータ数を取れれば、自分の中で体系化できると思います。
導入先の声を反映した柔軟な対応
以上、実際に両名のプロに使ってもらい検証した『スポーツトレーニング用筋電デバイス』だが同社NB開発本部の迫富男氏によると、現在も導入先の声を反映しながら日々改良を重ねているという。
例えばウエアは大手下着メーカーでも採用している生地を使ったこだわりのものだが、着圧感があるゆえの着にくさを解消するために前開き型に改良予定だ。スクールやクラブフィッティングでの活用、他社のスイング測定器との融合なども積極的に行っていく。異業種の技術と新しい発想で、レッスン現場での指導の幅が広がりそうだ。