三浦技研と言えば、世界に誇る軟鉄鍛造アイアンだろう。その打感、そして美しさは、世界屈指のツアープレーヤーからアマチュアゴルファーまでを魅了してきた。その三浦技研が新たなフィッティング理論を構築。11月より取扱店の一部より順次導入される。
工場からメーカーへの脱皮 常識が覆った計測データ
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三浦技研フィッティングスタジオ(越谷ゴルフリンクス)[/caption]
2014年、三浦技研は取引工房から会費を募り、顧客が使用するヘッドの形状や重量変更を行う「ミウラクラフトマンワールド」(MCW)を開始。
会員工房は250店を超え、工房店主からは、「『ミウラ』のアイアン、ウエッジの打感は秀逸で、ヘッドの精度が高くフィッティングしやすい商材」と言わしめ、ゆえに新商品の発売後直ぐに多くの工房が発注するというのが常識となった。
しかし、同社の三浦信栄社長はそこに甘んじず、2017年10月、越谷ゴルフリンクス(埼玉県越谷市)にスイング解析機「ギアーズ」、弾道計測器「GCクワッド」、重心移動解析マット「ボディトラック」などの計測器を備え、300本以上の試打クラブを用意した『三浦技研フィッティングスタジオ』(MFS)を仮オープン。
翌年11月に、累計1500人、約3000時間の計測をベースに構築したFP値(フェースプログレッション)カスタムフィティングの『9ポジションフィッティング』を発表した。
その『9ポジションフィッティング』が2019年11月、「MCW」の一部店舗に本格的に導入され、多くのゴルファーに対応していく運びとなった。
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三浦信栄社長[/caption]
「MFS」開設時、三浦信栄社長は次のように語っている。
「長年クラブを作ってきましたが、我々は単なる工場でしかなかった」
そう前置きして、
「それが『MFS』の開設、そして計測値の解析で、これまで『ダウンブローに打つ上級者にはストレートネック』『シャローな入射角にはグースネック』などと思い込んでいた物づくりの常識が覆った」――。
既成概念は覆り、「工場からメーカーへの道」を志向する原点ともなった。いまでは累計計測データは2000人を超え、対応できるモデルも7モデルまで増えた。『9ポジションフィッティング』を世に広め、これまでにない理論を展開する。機は熟した。
FPと飛距離の関連性 原点となった疑問は「グースは捉まって飛ぶ?」
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浅谷理フィッター(スリリング社)[/caption]
この『9ポジションフィッティング』の開発に大きく貢献したのが、三浦技研からMFSの運営を任されているスリリング社の浅谷理フィッター。
浅谷氏は大学卒業後、百貨店勤務を経てゴルフショップに転職。その時分に研究開発したのが、様々な要素からクラブの最適な振動数のフローを計算するシステムで、そのシステムが大手シャフトメーカーの目にとまった。それが後に『9ポジションフィッティング』を生み出すひとつの要素となる。
『9ポジションフィッティング』について、浅谷氏は次のように説明する。
「アイアンでロフト通りに飛距離が出ないゴルファーを調べた結果、スイング軌道、入射角、インパクトロフトのうち、入射角とインパクトロフトが問題だと分かりました。アイアンが飛ばない人の8割はヘッドの入射角が浅く、インパクトでロフトが寝てしまう。
ボールとのインパクトの位置はゴルファーによって違いますが、ボールに当たる位置を少し早くすれば適正な飛距離が得られる。これをFPを前後に設計するのが今回の考え。前後に2ミリ動かすとロフト4度分に相当する効果が得られる」
たとえ、インパクトロフトが立ってボールに当たるゴルファーでも、ヘッドの軌道がスイープ、つまり入射角が浅く、フェースがボールに当たるタイミングが遅ければロフトは寝てしまう。
それをロフトが寝ないタイミング、つまり、ボールに少しでも早く当たれば、ロフトが立った状態でフェースがボールに当たるから、適正な飛距離に限りなく近づくことができる。
着眼点の源泉は、長い年月をフィッターとして過ごしてきた浅谷氏に芽生えた素朴な疑問だった。
「グースネックは本当にボールが捉まって飛ぶのか?」――。
FPは飛距離に繋がる要素か、それとも否か、という検証が始まる。特に現代のフィッティングのベースはライ角。ところが、検証を続けて行くと、ライ角以上にFPの重要性が高い可能性が認められると浅谷氏は語気を強める。それが『9ポジションフィッティング』の神髄でもある。
三浦技研の研磨の腕が成す 1つのヘッドから9つのヘッドへ
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三浦技研の軟鉄鍛造[/caption]
ところで、アイアン、ウエッジの飛距離を適正化するための『9ポジションフィッティング』では、後述する6段階のステップを経て、最終的にライ角±2度、FP±2ミリの組合せからなる9つのヘッドから、最適な飛距離が得られるスペックが選択される。
その9つのヘッドは、モデル毎に3回の鍛造金型によって生み出された1つのスタンダードなヘッドから、三浦技研が42年の間、血の滲むようにして磨いてきた研磨技術を駆使して形状が変更される。
通常、ロフトやライ角を調整すれば、FPなど他の数値も変化する。もちろん『9ポジションフィッティング』では、ライ角も選択するため、ロフトが変化し、FP値も影響を受ける。ロフトを変えずにライ角を変え、そしてFPまで変える。匠の技を要せずには、この3要素を制御できず、歪な、そして美しいとは決していえない形状になってしまう。
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三浦勝弘会長[/caption]
三浦技研を研磨の腕で一流のブランドに仕上げた三浦勝弘会長は、目指す物づくりについて、こう語っている。
「それは、全部なめらかなことです。一言で表すのは難しいけれど『しかりした中になめらかさがある』ということかな」
なめらかさ――。アイアンヘッドには削り上がりの目が粗く見えるものと目が細かく綺麗に見えるものがあるという。削りの角度がコンマ数ミリ違っても粗く見える。コンマ数ミリの角度を熟練した技工で削り、そしてライ角が変わり、FPが変化しても、ゴルファーの目には美しく映るヘッド。
そして求める弾道を実現する顔を成し得る。だから、『9ポジションフィッティング』は、研磨の技に命を賭してきた三浦技研の技術なしでは語ることができない。
クラブ測定からFP値まで綿密に練られた6つの階段
『9ポジションフィッティング』は大きく6つの過程で行われる。
- ①問診(ゴルフ歴、体重、身長など)&握力測定
- ②クラブ測定(ロフト角/7番アイアン、重量、クラブ長、振動数)
- ③ドライバー弾道計測(GCクワッド)、動画撮影
- ④重心移動計測(ボディトラック)
- ⑤アイアン計測(現在使用アイアン、ギアーズ計測アイアン)
- ⑥FP値を含めたスペック選定
①~⑥までを完走するには約2時間。これほどまでに事細かな手順を踏むのは、これまで工場として歩んできた職人集団の思い込みを科学的な検証から払拭し、真の自分だけの道具をつくることを目的とした究極のカスタムをゴルファーに提供するためである。
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問診、クラブ測定、握力測定[/caption]
まず①の問診&握力測定である。この問診でゴルフ歴、プレー頻度、身長、体重、握力などを把握。そのうち、身長や体重、そして握力は、クラブ長やクラブ重量と大きく関連しており、それらの最適値を導き出すための要素となる。
一方で、②のクラブ測定では使用中の全クラブのスペックを測定。この①と②の数値から、使用中クラブの振動数フローと、最適とされる重量フロー、振動数フローが導き出される。この最適とされる重量フロー、振動数フローから推奨されるシャフトのスペックが選定される。
次に③のドライバー弾道計測である。一番大きな動きであるドライバーショットのスイングや弾道を解析・数値化してデータを収集、整理をする。
特に、クラブパス、フェースアングル、入射角などは、身長からの影響が大きいなど、スイングやインパクトの特性を解明するとともに、①と②から導き出された最適値に対する差の発生原因の究明を行っていく。
ちなみに振動数フローはドライバー基準で計算されるが、物理の法則を用いれば、0.5インチクラブ長が短くなれば4.2cpm増加する。これは、クラブの移動距離、クラブ重量、移動時間から算出された数値となる。
また、同時にゴルファーの後方と正面から動画を撮影。撮影した動画に画面上にラインを引くことで、スイング中のスウェーや前傾角度の維持具合などを目視で確認。スイングの特性だけではなく総合的に弾道測定値とスイング中の体の挙動を観察。
最適ではないクラブ重量や振動数がスイングや飛距離に影響している可能性など、スイング動画からも、現状と①と②から導き出された最適値に対する差の裏付けを行っている。
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ドライバー弾道計測、動画撮影、ボディトラック計測、アイアン計測[/caption]
④のボディトラックによる重心移動計測は、スイング中の反力(スイング中に地面を蹴る力)と左右の足裏の何処に体重がかかり、その重心はどのように移動しているかを計測。
最適な反力は体重の1.5~1.6倍が理想とされ、これはスイング中の踏み込み具合を表す数値でもあることから、クラブに対するエネルギーの伝達効率を示す値でもある。
また、この数値はダウンブローの度合い、ミート率、ボール初速に繋がり、クラブ重量や振動数からの重心移動への影響、そして重心移動からみた飛距離増減を分析している。
これら①~④で、重量フロー、クラブの振動数フローなど、現状と最適値の差の原因が究明される。 これらは『9ポジションフィッティング』の工程だが、同時にクラブ、スイングの問題点を解明する重要な作業である。これらの問題点を総合的に、そして科学的に分析することで、『9ポジションフィッティング』がより精度の高いフィッティングに繋がることはいうまでもない。
設計ロフトは変わらず一番手飛ぶ 『9ポジションフィッティング』
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9positionフィッティングツール[/caption]
もう一度お復習いすると、『9ポジションフィッティング』はアイアンの適正飛距離を実現する手法だ。前項までのステップは、現在使用のセッティングやスイングに関する問題点を浮き彫りにして、精度の高い『9ポジションフィッティング』を提供するためにある。
これらに加え、⑤のアイアン計測が重要な意味を持つ。入射角やインパクトロフト、打ち出し角、スピン量、フェースアングル、ヘッド軌道などが可視化できる「GCクワッド」を用いて、現在使用の7番アイアン、そしてスイング解析システム「ギアーズ」用の7番アイアンをそれぞれ5球ずつ試打。
現在使用7番アイアンの入射角、インパクトロフト、落下角度などと、「ギアーズ」によるスイング解析、そして①~④で導き出された問題点を加味して、ライ角、そして飛距離が適正化するFP値のヘッドスペックを想定する。
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フィッティング前[/caption]
これらの計測では、『9ポジションフィッティング』の基準値がある。例えば、設計ロフトが7番アイアンで35度、ギアーズ計測で判明したリーン角は8度だった場合。インパクトロフトは設計ロフトから7~9度前後少ない値が最適とされるので、リーン角も踏まえれば理想のインパクトロフトは26~28度前後。
また、最高到達点からの落下角度は40~45度、さらに身長が170cmほどであれば、ダウンブローの度合い(入射角)は3~4度が最適としているなどだ。
これらは2000人を超えるフィッティングデータやギアーズのデータから導き出された独自の推奨値。それに合わせて、ライ角±2度、FP値±2ミリ、9つのヘッドの中から飛距離を適正化するヘッドを試打することになる。
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フィッティング後[/caption]
入射角、インパクトロフトの相関関係で、ライ角はもちろん、FP値を±2ミリ動かす。FP値0.5ミリでインパクトロフト1度分。2ミリFP増やせば最大でインパクトロフトは4度分の効果がある。つまり、一番手分の飛距離を手に入れることができる。
飛び系アイアンが多く存在するが、『9ポジションフィッティング』でFP値が適正化されれば、三浦技研独自の打感、そして美しいヘッドのまま、未知の飛距離を得ることができるのだ。