本稿はゴルフ場関連の「事件」に詳しい西村國彦弁護士が、主にバブル時代、ゴルフ場を舞台に展開された経済事件を総括する「渾身の記」。計8回の連載の2回目だ。
バブル破綻後、日本のゴルフ市場は長引く低迷に苦しんでいるが、往時を振り返ることで現在のゴルフ界の成り立ちを知り、活性化のヒントを浮き彫りにしたい。なお、記事は弁護士歴42年のN(西村弁護士)と、N事務所で修習中のA司法修習生によるQ&A形式にした。
失われた34兆円はどこへ消えたのか? 当時の複雑な構造をわかりやすく説明したい。
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公開されない金融機関「貸出稟議書」のナゾ
A:バブル時代、ゴルフ場の会員権は億単位の値を付けたところもありましたが、今はかなり下がっています。実際、当時のゴルフ場の評価はどのように査定していたのでしょう。
N:実のところ、バブル時代にはあり得ない評価がまかり通っていたのだよ。あの頃の銀行含む全金融機関の貸出稟議書を全面公開すれば、本当のことがわかるはずだが、いろんな矛盾があったと思う。
A:どういったことでしょうか?
N:1枚の稟議書だけなら、見事に一貫した内容で矛盾なく仕上がっていたはずだ。でも、時系列的に同じ取引先の複数の稟議書を並べてみると、矛盾だらけで一貫性がまったくなかった、と証言するかつての金融関係者はたくさんいるのだよ。
A:真面目なはずの金融機関の人達が、なぜそんなことを貸出稟議書に書いたのでしょうか。
N:それは競争相手の金融機関に大きな仕事を取られてしまうからだね。バブル当時、各銀行の支店長が、何でもいいから担保取って貸し付けろと旗を振って取引先訪問を繰り返していた事実がある。住友と富士銀行の「戦争」、つまり顧客の取り合いもあったと聞いているからね。
A:なんでそんな「戦争」が起きるのでしょうか?
N:今のマイナス金利ほどではないけれど、バブル期は金利が安くなり、金融機関がこぞって借り手を捜していた。借り手側も、目の前で今まで値段がつかなかった不動産がまとまると法外な値がつくことを知ると、心が揺れ始める。
そこに金融機関が必要資金を全額融資してくれるのだから、止まらない。そして、バブルに火がついた。金融機関が資金を供給しなければ、あんなバカ騒ぎは起きなかったはずだ。
A:そうですか。「戦争」をやりながら、その「戦争」に負けるような稟議書など書けないわけですね。
N:そうなんだ。だから本当にバブルを総括するためには、当時の全金融機関の貸出稟議書を全部公開して、その原因を突き止めた上での総括が必要なのだ。
A:その総括ができてないので、スルガ銀行事件などがまた起こるのですね。日産ゴーン事件とか、ジャックス「悪徳融資」事件とか、日本の大企業は本当におかしいですね。
最高裁は原則、貸出稟議書の公開を認めない
N: ところが、そんな動きを阻止している役所があるのだよ。どこだと思う?
A:財務省とか経産省ですか?
N:いや、なんとそれは最高裁判所なのだ。
A:本当ですか?真実を明らかにするのが裁判所の役目でしょうに。
N:いや、裁判所も立派な国家機関なのだ。三権独立とは言え、最高裁裁判官は内閣(長官は内閣指名に基づき天皇が任命)が任命するし、高裁以下の下級裁判所裁判官の任命権も内閣が持っているよね。だから、普通の裁判官たちは、任命権者に盾突くことはしないのだよ。
A:なるほど。自分の出世を常に考えているわけですね。
N:大企業は、最高裁の裁判官出身者をどんどん受け入れ(一種の天下り)、東大など大学教授を囲い込んで都合のいい論文を書かせ、自分たちの既得権が侵害されないようさまざまな工作をしているフシがある。
A:その結果は?
N:生きている金融機関の貸出稟議書は提出命令の対象にしない、という最高裁判断になるのだ。
大き過ぎて潰せない
A:確かにありましたね。破たん金融機関の貸出稟議書だけは、例外的に提出命令の対象にするという判断が。その理由は、金融秩序が混乱しないから、という内容だったような記憶があります。
N:正確には、専ら金融機関内部で利用される目的で作成された文書だから、「特段の事情がない限り」自己利用文書に該当する、と。つまり提出命令の対象にはできない、というわけだ。しかも、破綻しても再生するような金融機関だと、「看過しがたい不利益」が生ずる恐れありとして、「特段の事情」を認めないのだ。
A:そうでした。そうするとメガバンクに統合された金融機関の内部情報は、彼らが生きている限り出てこないわけですね。
N:リーマンショックのときも、モルガンスタンレーやゴールドマンサックスが、その破綻懸念による資金流出が止まらずあと1週間持つかどうか、という危機がそこにあったのだ。でもその時点で、こらえ性のない日米両政府は彼らを救済してしまったのだ。
A:それは本当のことですか?
N:「リーマンショックコンフィデンシャル」上・下(2010年早川書房)にNYタイムズのトップ記者アンドリュー・ロス・ソーキンが書いているよ。
この本は私の愛読書。あの日本企業にえらそうにお金を貸しているゴールドマンが、実は倒産寸前で国家に助けられていたというのは、逆説的で笑ってしまうことだから…。
A:そういえばゴールドマンサックス出身の人々は、アメリカ政府の中枢にたくさん入り込んでいると聞きました。
N:実は、この「大き過ぎて潰せない」ことが、一部の私企業を政府が救済してしまう一因になる。生き延びた資本主義の将来を議論するときに、大議論になっているところなのだ。
注目に値するこの論点については、また後日紹介することにして、次回は、いよいよバブル期と現在の日本のゴルフ場評価について話をしよう。
「西村コラム」日本は舐められてないか
日産自動車再建のキーマン、ゴーン氏の役員報酬の高さは、日頃から気にはなっていた。ふたを開けてみたらびっくり。公私混同の限りを尽くしたかのようなひどい話が、検察サイドから流れてくる。
代表者解任と言えば、古くは三越岡田氏、イトマン河村氏の退場ドラマがあった。今回は内部通報者を保護する司法取引が導入されたため、実現できたこと。
逆に言えば、わが国の株式会社法制、特に取締役会、監査役制度、株主総会はきちんと機能しないものだとして、外国人たちは捉えているということだ。もっと言えば、監督官庁もマスコミ・ジャーナリストたちも、記者クラブの存在とあいまって、企業広告費をばら撒く大企業の言いなりになっていたということ。そろそろ皆さん、自分で物事を考えようではないか。