本稿はゴルフ場関連の「事件」に詳しい西村國彦弁護士が、主にバブル時代、ゴルフ場を舞台に展開された経済事件を総括する「渾身の記」。計8回の連載の4回目だ。
バブル破綻後、日本のゴルフ市場は低迷から容易に抜け出せないが、そもそもこの状況は何から始まっているのか、打開の糸口はどこにあるのか? 過去を振り返りながら浮き彫りにしたい。
記事は弁護士歴42年のN(西村弁護士)と、N事務所で修習中のA司法修習生によるQ&A形式とした。
前号は、狂乱物価に沸いたバブル時代のゴルフ場会員権が「紙きれ」になった背景や、建設コストの異常な高騰、金融機関の杜撰な融資などに焦点を当てた。本稿はその続編である。
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バブル崩壊後の売買事例
A:前回はゴルフ場会員権がバブル時代の4~5%にまで下落した話を伺いましたが、会員権相場の大底以降、今は多少持ち直しているみたいですね。現在のゴルフ場評価はどうでしょう?
N:川奈やフェニックスなど半ば叩き売りに近い実例のほか、この間無視できない売買事例が登場しているんだ。
2014年の発表だけど、アコーデイアが所有90コースを100億円で売却した。あるいは太平洋クラブ(17コース、333ホール)のスポンサー金額である270億円の平均値を取ると、1コース・18ホールの場合12億円ないし16億円という評価も不可能ではないだろうね。
A:それは高過ぎませんか。
N:そうだね。でも、千葉には、会員さんの預託金を全額返済させて、高額の買値で資産家が購入したという個人のためのゴルフ場が登場した話も耳にする。このゴルフ場は、隣のゴルフ場から見下ろされたくないから目隠しの木を植えるよう裁判所に訴えた、という話も聞いている。
A:条件のいいゴルフ場には高い買いが入る時代になったのでしょうか? アラブやアメリカの超金持ちの世界みたい。
N:そう考えたいところではあるけど、アベノミクスのばら撒きによる、見せ掛けの景気回復にも乗れない大半の国内ゴルフ場の実態からすると、違うだろうね。
ゴルフ特信が毎年集計しているゴルフ場売買事例平均値(2013年3月期9億円。2017年前年比11%ダウンの7億5500万円。最高額西宮六甲GC19・5億円)からすると、1コース評価(平均値)は10億円が限界だと思う。
A:すると、最新ゴルフ場数2238として、2兆2380億円となりそうですね。
N:ピーク時の6・2%、約16分の1だね。平均値だから、売れるゴルフ場の評価に引っ張られている印象がある。
実際には売れないどころか、価値を評価できない多くのゴルフ場があるわけだから、ピーク時の20分の1以下、つまり4~5%程度(総額1兆4400億~1兆8000億円)ではないだろうか。
「ゴルフ場数」の新しい情報
A:この連載で以前、日本の「正確なゴルフ場数」は定義やカウント方法を含めて難しいという話をされましたが、この点について新しい情報があるようですね。
N:そう。私も見落としていたのだが、NGK(一般社団法人日本ゴルフ場経営者協会)のデータのほかに、毎年ゴルフ特信が独自に発表しているゴルフ場数があったんだよ。
A:これを読んでみると、基準が少しずれているようですが…。
N:うん。NGKは毎年、ゴルフ場利用税の課税状況から推計したゴルフ場数を発表していて、隣接都府県にまたがる19ゴルフ場が重複数になっている。
NGKの集計では、ピークが平成14(2002)年の2460コースで、その後は増えることなく減少し、平成29(2017)年は2257コースだとしている。
A:NGK集計では、ゴルフ場の定義はあるのですか?
N:今回よく調べたら、地方税法の関連通知というものに「地方税法の施行に関する取扱について」というのがあった。その第1章第一の一に定義されていたのが以下の内容だ。
① 18ホール以上でホール平均距離が100メートル以上の施設(総面積10万平米未満は除く)。
② 18ホール未満であっても9ホール以上であり、かつホール平均距離がおおむね150メートル以上の施設。
この基準をNGKは使ったらしい。
A:他方、ゴルフ特信の定義はどうなっていますか?
N:こちらは9ホール、2000ヤード、16・5ヘクタール以上をゴルフ場と定義している。
そしてバブル崩壊後、一時的に閉鎖するゴルフ場が多いことから、「既設数」から「暫定閉鎖数」を引いた数を「営業中」ゴルフ場としているわけだ。さらに5年暫定閉鎖が続くと、既設ゴルフ場数から削除する。
ゴルフ特信によるゴルフ場数のピークは平成16(2004)年で、既設2363コース、営業中2356コースだった。その後毎年、減少傾向は明らかで、平成29(2017)年には、既設2250コース、営業中2194コース、平成30(2018)年には既設2235コース、営業中2182コースとなっている。
A:ピークから平成29年までの減少数は、NGKが203コース(2460-2257)で、ゴルフ特信の営業中では162コース(2356-2194)のマイナスと、いずれも減少ですね。
N:このズレは、ゴルフ場の定義が統一されてない以上やむをえないだろう。NGKが2つの県などにまたがる19コースを重複カウントしていることも原因だよね。
キャピタル・ロスはどこに
A:話をゴルフ場の「価値暴落」に戻しますが、ピーク時に総額36兆円あったものが、現在は2兆円にも満たない。その差額は約34兆円ですが、キャピタル・ロスは、いつどこに消えたのでしょう。
N:そう、そこが私の永年の宿題だった。5年前、一生懸命調べて考えた結論は、想定したとおりでね。会員たちの犠牲において、旧外資系ファンドと不良債権を処理して税逃れをした金融機関に利得が行ったのではないか、ということだ。
A:わかりやすくお願います。
N:感覚的な表現を使うと、まさにバブルの泡で、ユーフォーリアという熱狂的陶酔がもたらした実体なき架空、そう言い切れれば簡単だろうね。でも、それではただの感想になってしまうので、次回はデータを使ってユーフォーリアの実体を説明しよう。
「西村コラム」統計マジック
GEW片山社長の推奨で、ニュージャーナリズムの旗手D・ハルバースタム著「ベスト&ブライテスト」(2009年二玄社)を読み始めたら、止まらない。
ケネディ登場以降の「最良にして最も聡明な」人々が、何故にかくも愚かな決定を重ねたのかを詳細に明らかにした本だ。東西冷戦の緊張の中で、10万票の僅差で大統領選挙に勝利したケネディの側近たちが、ベトナム戦争の深みにはまっていく様子が生々しい。
巨大権力の力量の割には、内実が全く充実してないど素人判断の積み重ねでしかない現実を糊塗するため、さまざまな人たちが情報をコントロールしようとして、統計数字が利用されるのだろう。
その意味でジャーナリズムや弁護士は、「権力は腐敗する」「権力は愚行を繰り返す」という前提を信じて、権力と正面から対峙しないと真実というものは発見できないのだ、と思う。
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