本稿はゴルフ場関連の「事件」に詳しい西村國彦弁護士が、主にバブル時代、ゴルフ場を舞台に展開された経済事件を総括する「渾身の記」。計8回の連載の5回目だ。
バブル破綻後、日本のゴルフ市場はなかなか低迷から抜け出せないが、往時を振り返ることで現在のゴルフ界の成り立ちを知り、活性化のヒントを浮き彫りにしたい。なお、記事は弁護士歴42年のN(西村弁護士)と、N事務所で修習中のA司法修習生によるQ&A形式とした。
前回までは、ゴルフ場のバブル期とバブル崩壊後のそれぞれの価値等について話したが、今回は「消えた34兆円」と「誰が損をして誰が得をしたのか?」について踏み込んでいく。
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34兆円はどこに消えたのか?
N:バブル期に、ゴルフ場に注ぎ込まれた資金の性質はどのようなものだったのか、理解しているかな?
A:会員の預託金と金融機関からの融資ですね。後者はゴルフ場に担保権をつけたものでしょう。
N:そう。本来は会員の資金で出来たゴルフ場を担保にとって、金融機関がお金を貸し付けるなんて全くおかしいことだよね。でも当時、金融関係者もゴルフ場会社も、正常な感覚を失っていた。だから、両方とも見事に不良債権化したわけだ。
A:これらの不良債権額について、それなりの資料や根拠はあるのでしょうか?よくバブル期にゴルフ場が集めた預託金総額は10兆円などと言われますが。
N:うん、預託金については経産省の資料がある。1997年11月現在の預託金総額は10兆2055億円で、その7年後の2004年11月には5兆7756億円に減少しているんだ。
A:消えた預託金は7年で4兆4000億円ですか?
N:この金額に加え、その後法的整理されたゴルフ場の預託金が、裁判所によるカットの対象になった。つまり「会員の犠牲」と引き換えに、ゴールドマン・サックスほかのファンドに相応の利益が流れたと見るのが妥当だろうね。
まさに日本独自の預託金システムは崩壊し、会員権は紙くず化。外資系だったアコーディアとPGMが、日本のゴルフ場の1割以上を次々と買収したのだよ。
小泉改革の根深い罪
A:金融債権の方はどうですか?
N:実は、こちらはよく分からないんだ。お役所が公表した不良債権金額は大本営発表みたいなものだし、金融機関は、みな不良債権飛ばしで真相を隠していたからね。
A:本当にグレーですね。
N:しかも、外資系だった1割強のゴルフ場は、日本全体のゴルフ場売り上げの2割を稼ぐというのだよ。
ゴルフ場の貧富の差と言うべきか、格差と言うべきか。ゴルフ人口激減の世界的傾向の中で、日本の過剰ゴルフ場は、生き残りをかけ日々しのぎを削っている。
A:先生と同じような考え方をしている人は、ほかにもいますか。
N:そのあたり、探していたのだが、最近見つけたんだ。
A:どんな人でしょう。
N:NHKのNEWS WEBで平成時代を「とてつもない大転落」「転落と格差の30年」と形容した森永卓郎さんだよ。
A:どんな話ですか?
N:この20~30年で、人口も労働力もわずかだか増えているのに、日本の世界に対するGDPシェアが3分の1(18%から6%)に転落したらしい。
A:それはどういうことですか?
N:わかりやすく言うと、普通並みの経済成長をしていたら、この30年でわれわれの所得は今の3倍になっていたということらしい。
A:その原因は何でしょうか。
N:小泉政権の構造改革による不良債権処理だ、と森永さんは言う。あの時メディアも一緒になって、つぶす必要が無い企業を軒並みつぶして、二束三文でハゲタカに売り渡したことが原因らしい。
A:どうしてハゲタカに売り渡すと大転落になるのでしょう。
N:ハゲタカは利益を全部持っていき、労働者に分配しないから日本の格差がとてつもなく拡大したというのだよ。
A:それはつまり労働分配率の話で、企業などが生み出した価値(付加価値)のうち人件費が占める割合の問題ですね。
N:ほう、君はよく勉強しているね。確かに、小泉さんは、失業や倒産を恐れずに断行するのが構造改革だと、かっこよく言っていた。
雇用維持は、戦後の日本では、絶対守るべき聖域だったわけだけど、その一方で、今の日本にはすぐ動かせるお金を1億1000万円以上持っている富裕層が300万人以上いるらしい。世界2位だそうだ。
A:へー、その人たちは働かなくていい人たちですね。1億総中流社会ではなくなったのですね。
ハゲタカがスポンサーになったワケ
N:不良債権処理の話をすれば、まさにゴルフ場はその代表的例だった。
A:しかもハゲタカ代表のゴールドマン・サックスが登場しました。
N:あの時代、裁判所にも政府の圧力がかかっていた雰囲気を感じたね。大手の法律事務所が倒産部出身の裁判官や倒産村所属の有力弁護士を雇って、裁判所の倒産専門部によく出入りしていたからね。
A:裁判所に限って、そんな政治圧力は無関係だと信じてましたが。
N:あの当時、例えばゴールドマン・サックスがスポンサーに名乗りをあげた案件に対立候補のスポンサーをつけると、東京地裁裁判長が対立候補に不利になるよう、意図的に手続を誘導していたフシがある。
A:そんなことあるんですか。
N:僕も信じられなかったが、債権者集会という公の場で、裁判長が最高裁のつくったマニュアルを棒読みして、ゴールドマンを助ける場面すらあったのだよ。
マニュアルは会社更生法の申立がない民事再生用のものだったのに、それを会社更生がある事例で棒読みしたから、「民事再生が可決認可されないと破産になる」という、虚偽の脅し文句を裁判所が使ってしまったわけだ。
そもそも民事再生施行当初は、再生計画案の対案提出すら、裁判所は許さなかったのだよ。
A:裁判所というのも、強力な権力機構なのですね。
N:裁判官の任命は内閣がするわけで、時の政治的な流れには敏感なのさ。政府がつくったRCC(整理回収機構)が事件を持ち込んでくれば、腰の引けた日本企業より、国策に沿ってリスクマネーをすぐ出してくれるハゲタカグループをスポンサーにした方が早い。
A:ハゲタカのほうは「密約」に協力するわけだから、大もうけは約束されていたわけですね。
「西村コラム」債権譲渡のマジック
バブル期の不良債権整理は、ヤクザ手法を国家が公認したことで、その後に多大な犠牲を強いた。
特に会員がたくさんおり巨額の抵当権がついているゴルフ場のような物件は、値段がつきにくい。そんな抵当権付債権を二束三文で購入する(債権譲渡を受ける)のは、回収のリスクをとれるものだけだ。
外資系ファンドやRCC(整理回収機構)は、会社更生法をやれば回収可能とサインを出し合い、お互いのリスクを減らし、超安値で金融機関から上記債権を購入。会社更生法の入札で高額でゴルフ場売却し、大もうけをした。
仮に、4億円で買った1番抵当が極度額40億円ついていると、何と40億円回収できたのだ。常識では理解しにくいマジックだが、債権譲渡の対価を問わない日本民法を逆手にとるやり方。これは本来、事件屋たちが裏社会でやっているヤクザ手法。そんなやり方を、裁判所は認めたのだ。
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