ゴルフで健康寿命を延ばす。これが次のステップだ。コロナ禍で、再認識されたゴルフの価値。若い世代や女性層がインドアスポーツからゴルフにシフトしている。
一方で、ゴルフが認知症予防やうつ病予防などに効果があることも分かってきた。リモートワークの普及により首都圏一極集中から、地方への移住の流れがあることも、ゴルフの世界には追い風だ。最終回はトンネルの出口にある、希望に満ちた現場を照らす。
ゴルフは認知症の予防にも
2025年問題をご存じの方も多いだろう。団塊の世代(1947~1949年生まれ)が2025年に後期高齢者となり、65歳以上の高齢者も3677万人となって、日本の人口全体の30%を占めるようになると推計されている(内閣府のHPより)。
医療費、介護保険費などが増えることは自然の成り行きといえるが、そのままでは国の財政は大ピンチになる。そこで叫ばれているのが、健康寿命を延ばすことだ。
注目すべき情報がある。ウィズ・エイジングゴルフ協議会が公式ウェブサイトで「認知症の予防に、ゴルフは効果があるの?」という問いに「あります。ゴルフで記憶力が改善されます!」と言い切っているのだ。
代表研究者の国立長寿医療研究センター、評価・検査機関の東京大学と杏林大学の協力のもと、ウィズ・エイジングゴルフ協議会が男女65歳以上で習慣的に運動をしていない高齢者を募集。応募した135人から認知症、パーキンソン病、運動を禁止されている方を除外し、前出の2大学で認知機能、運動機能、QOL(クォリティ・オブ・ライフ=生活の質)などの事前審査を実施。研究に的確な106人を対象としてゴルフを開始するグループ(ゴルフ教室組)とゴルフをしないコントロール群(健康講座教室)を半々に分けた。
2016年の10月から翌年の4月まで日高カントリークラブ(埼玉県日高市)でゴルフ教室組の53人は様々なレッスンを受ける。その内容は、身体的・認知的・社会活動に焦点を当てた90分間の練習セッションを14回、120分間のコースセッションを10回、週1回のレッスンを24回となった。
練習前のウォーミングアップと練習後のクーリングダウンは10分ずつ。練習セッションではスナッグゴルフと本クラブで打撃練習。コースセッションでは本クラブで実際にコースをラウンド。検証期間中は指導者がゴルフ知識の学習と、自宅でできるゴルフ練習等を継続するように促し、教室を行っている時には参加者同士の積極的なコミュニケーションを促した。
一方のコントロール群は、期間中に健康促進をテーマにした90分の健康講座教室を2回受講したのみだった。
研究期間終了後にはゴルフ教室組の53人とコントロール群47人に認知機能検査やQOL、うつ傾向等を検査した。
その結果、文章を覚える検査において①覚えた後すぐ思い出す検査、覚えてから15分後に思い出す検査、それらの総合スコアがゴルフによって向上したという。
フレイル・サイクルも止められる
単純に、認知症予防に効果があるだけではない。最近、介護の現場でよく使われている「フレイル・サイクル」という言葉がある。「フレイル」とは「か弱さ」と訳されるが、ここでは健康状態から要介護状態へと向かう間にいる状態のこと。そこでのサイクルが起きてしまうと、要介護状態へと入ってしまう。
前出の長寿健康医療センター公式ホームページによれば、次の5項目のうち3つが該当すると「フレイル」と評価される。①歩行速度の低下②疲れやすい③活動性の低下④筋力の低下⑤体重減少。このうち1つか2つが該当する場合は「プレフレイル(フレイルの前段階)」と捉えられる。
この5つの特徴が互いに関連しあって悪循環を作っていくのが「フレイル・サイクル」。これに陥らないために対策を打つことが、健康寿命を保つ秘訣ともいえるのだ。
例えば③番目に挙げられた「活動性の低下」、これは人との付き合いを面倒に感じ、活動の機会が減っている状態を指す。コロナ禍での外出自粛要請がキッカケで出不精になり、そこから運動不足に陥るケースも少なくない。
朝から晩までパジャマ姿でインスタント食品を食べてばかり。そこが入り口となるケースもある。筋力・筋肉量の低下による基礎代謝量、エネルギー消費量のダウンを招き、そうした状態では食欲がわかないため食事の摂取量も減る。タンパク質を始めとした栄養の摂取不足が低栄養状態を招き、さらなる筋力低下を招いていくのが「フレイル・サイクル」のパターンだ。
少なくとも外へ出て、人との接触機会を作りたい。それに一役買っているのが、歩かなくても18ホールプレーできるゴルフシミュレーターだ。デイ・サービス施設などに導入され、それまでデイ・サービスを敬遠していた人々に、再度外出するきっかけを与えているという。
もともと団塊の世代は、現役時代にバブル真っ盛りでゴルフをやりまくっていた人も多い。それが体力の低下や、ゴルフ仲間のリタイヤがキッカケでゴルフから離れてしまったケースも少なくない。
再びクラブを握ったことで、練習場に行くキッカケにでもなればしめたもの。デイ・サービス仲間と再びコースに出ることだって夢ではない。
今、全長4000ヤードクラスのティーを増設するコースも増えている。このセッティングこそが、彼らをコースに呼び戻す条件の一つとなるはずだ。
2ホールの練習エリアを貸し切りにできるマグレガーCC(千葉)や、7ホールのゴルフ場のほか4種類のレンジがあるゴルフトレーニングフィールドPies(福島)など、手軽にできるゴルフ場も増えてきた。河川敷にも、治水工事の影響を受け数ホールのみの営業を強いられるコースも近い将来出現する。9ホールの概念が行政の要請、ゴルファーの高齢化や生活様式の変化など、様々な事情から崩れていく兆しも見える。
体力の衰えた高齢者にも優しいゴルフ場づくりを筆頭にした、環境整備。ゴルフは国民全体の健康寿命を延ばすことに、いくらでも貢献できるはず。それがコロナ後のゴルフ界の役割だろう。
〇…高齢化社会を支える若い世代にとっても、ゴルフは身近なレジャーになりつつある。ダーツやボウリングなどのインドア型から、屋外で楽しめるゴルフへのシフトが進んでいるからだ。
さらに追い風となるのが、テレワークの普及。どこに住んでいても仕事ができる職種の人々に地方移住の傾向が表れている。通勤地獄からも解放され、往復の時間を余暇に充てられる。
2025年を目標にして推進されている「地域包括ケアシステム」は地元で「住まい」「医療」「介護」「予防」「生活支援」の5つのサービスを一体的に提供できる体制のこと。在宅介護の現場において、職住接近は介護者の負担を軽くすることにもつながる。
ゴルフ場が近くにあり、短時間で楽しめる環境が整えば、介護者のメンタルヘルスを含めた健康維持に、大きなプラス効果をもたらしてくれるはずなのだ。
もうひとつ、見逃せないのがワーケーション。長野のサニーCCや山梨の小淵沢CCなどはネット環境を整えオンラインでの会議やテレワークにも対応している。長期間ゴルフ場に滞在しながら、仕事とゴルフを両立させる。感染リスクも減らせて一石二鳥だ。
■小川朗の目
高齢者が全人口の3割に達するのは2025年と言われている日本。この3割の人々がゴルフをしたくなる環境を作ることは、そのままビギナーを増やすことにもつながる
▼ゴルフを始めるならシミュレーターは最高だろう。後ろの組から急かされることもない。本文にも書いた練習フィールドは、初心者にとっても最高の環境だ
▼前述の実験で認知症予防の可能性があると言うデータが出たゴルフスクールも、初心者には有効だ。スクールの敷居を下げ、まずグリップとアドレスをしっかり教えてあげることが上達の早道。しかしその環境を作れずにいる練習場も少なくない。「握り方も分からない女の子が2人で来て困っていた」と練習場のスタッフから聞き「そこを何とかするのが君の役目だ」と思わず言いたくなった
▼コロナ禍で増えている若者や女性ゴルファーをつなぎ留め、シニアたちを呼び戻す。金銭的な面も含めたそのための努力を、コロナ禍の今こそ、やるべきだと、切に思う。
■プロフィール
小川 朗(おがわ・あきら)
山梨県甲府市生まれ。甲府一高→日大芸術卒。82年東スポ入社。「世界一速いゴルフ速報」の海外特派員として男女のメジャー大会など通算300試合以上を取材。同社で運動部長、文化部長、広告局長を歴任後独立。フリージャーナリストとして本誌を始め、日刊ゲンダイなどでも連載中。㈱清流舎代表取締役COO。東京運動記者クラブ会友。日本ゴルフジャーナリスト協会会長。「みんなの介護」にも連載し、終活ジャーナリストとしての顔も持つ。自殺予防学会会員。
この記事は弊誌月刊ゴルフ用品界(GEW)2021年4月号に掲載した記事をWeb用にアップしたものです。なお、記事内容は本誌掲載時のものであり、現況と異なる場合があります。
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