ゴルフボールが店頭から消える? 素材不足巡る複雑な世界事情

「実は、ボールに使われるアイオノマー、特にデュポン社が供給する『サーリン』が、入手困難になると台湾の製造工場から言われています。納期もまったく見えません」
そう語るのは、ゴルフクラブのヘッドやボールを製造販売する地クラブメーカーの幹部。豊富なゴルフ用品が当たり前のように並ぶ店頭の光景が、一転、スカスカになるかもしれないと危機感を募らせている。
背景の事情は複雑だ。コロナ禍で、ゴルフ用品の一大産地である中国の工場がロックダウンしたのは昨年のこと。その後徐々に回復し、世界のゴルフ熱の高まりを受けてフル稼働に転じたが、今もグリップやスチールシャフトは欠品状態が続いている。
直近では中国の工業地帯で計画停電が続くことから、大量の電力を消費するステンレス鋳造のヘッドも生産量が激減中だ。
この状況に追い打ちをかけるのが冒頭の話。今度はボールが品薄になりそうなのだという。ブリヂストンスポーツ(BS)で長年ボール開発に携わってきた嶋崎平人氏の話。
「アイオノマーは素材名で、デュポン社のアイオノマー素材には『サーリン』という製品があります。ボールのカバー材に使われることから『サーリンカバー』『アイオノマーカバー』と呼ばれますが、ウレタン素材より高硬度で反発性能が高く、ディスタンス系ボールのカバーにもよく使われます。
耐久性が高いので、プレー頻度が少ないゴルファー向けの低価格ボールにも人気ですね」
『サーリン』はいわゆる樹脂系の素材。ゴルフボールは多層構造で、層別にそれぞれ役割があるのだが、表面のカバー材は多様なディンプル形状や塗装との相性、耐久性などでアイオノマーが重宝される。その大手供給先がデュポンだが、
「3年ほど前にデュポン社は、米ダウケミカル社(Dow社)に買収されたのです。それで事業戦略が変更され、ボール用素材の優先順位が下がったと聞いてます」
そう指摘するのは米国在住のロック石井氏。同氏はBSとナイキ、キャロウェイゴルフでボール開発の責任者を務めた経歴の持ち主だけに裏事情に詳しい。
ボール素材の優先順位が下がったと同時に、Dow社がある米テキサス州は今年寒波と洪水で被災した。工場の復旧に時間がかかり、生産キャパが落ち込んでいるという。
「Dow社の素材を使う台湾や中国のボール工場に聞いたところ、その大半が素材不足で減産中だそうです。輸送コンテナの不足もあり、来秋ごろまで供給不足が続くとみられます」
ボール探しに時間がかかる?
豊富な物に囲まれている日本人。ゴルフ用品も常に供給過剰で、より取り見取りだったわけだが、ここにきて物不足の気配が漂っている。原油高で素材・物流コストが上がれば、ボールの価格も上がるかもしれない。
ただし、石井氏は「悪いことばかりではない」と、少々マニアックな意見を披露する。
「ボール不足が目立つ前に、大量に仕入れる量販店が増えるかもしれません。これが長期の在庫になれば、経年劣化でボールの硬度が硬くなり、軟らかいボールの人気が高まる可能性も。
この点を含めてゴルファーの意識が『ボールフィッティング』に向けば、正しいボール選択を啓蒙でき、ボールメーカーにとってはチャンスでしょう」
元ボール開発者ならではのマニアックな視点といえる。
現状、多くのクラブメーカーがボールを発売しているが、その多くは台湾や中国の工場に生産を委託したもの。
同地の工場は独自の特許をそれぞれ持ち、その技術にクラブメーカーのブランドを乗せて「良品安価」のボールが目白押し。かつてゴルフボールは自前の工場を持つ企業ならではの「装置産業」といわれたが、今やブランドビジネスの色合いが濃く、1個100円台の商品も珍しくない。
フィッティング販売は、安売り競争に歯止めをかけるかもしれないというのが石井氏の見立て。
ゴルフボールを大雑把に分ければ飛距離追求型の「ディスタンス系」と、短い距離のショットで効果を発揮する「スピン系」になるのだが、個々のゴルファーに対して、もっと細かな選択肢を提案できると同氏は期待する。
その一方、価格を含めたボールの価値が高まれば、OB方向に飛んだボールを必死に探すゴルファーが続出して、スロープレーに拍車がかかるかも....。