Q1 「ゴルフ」はなぜ、日本最大のスポーツ市場なのか?
小さなIT企業を経営していますが、ゴルフが好きで、ゴルフ事業を立ち上げたいと考えています。調べたところ、日本のスポーツ市場は5兆円規模で、約3割をゴルフ市場が占めています。バブル時代に比べれば半減の1兆3000億円(ゴルフ場、用品、練習場)ですが、群を抜いて大きいです。なぜでしょう?
A1
ご質問にある数字は多分、政府が2016年に発表した「日本再興戦略2016」のものと思われますので、まずはその内容をご説明します。「日本再興戦略」は、新たな有望市場として「スポーツの成長産業化」を掲げ、2015年に約5・5兆円だったスポーツ市場規模を、2025年には約15兆円に拡大する計画です。
この計画は、スポーツ庁と経済産業省が共同制作した「スポーツ未来開拓会議中間報告」がベースとなっています。これによれば、2002年に約7兆円であったスポーツ市場規模が、2012年にはスポーツ施設業の減少を主因として5・5兆円に減少したとあります。特に「ゴルフ場産業」は2002年の約1・1兆円から2012年には0・5兆円に半減。この数値は2015年5月に日本政策投資銀行(DBJ)が発表した「2020年を契機としたスポーツ産業の発展可能性および企業によるスポーツ支援」に基づいて文部科学省が作成しました。
この数値は多くのゴルフ場関係者から「過少に見ている」と言われますが、全体計画の中での産業規模評価なので、一応、計画のスタートラインとしては受け入れます。DBJの報告はゴルフについて、
「スポーツ施設業の3分の1は、ゴルフ場及びゴルフ練習場のゴルフ産業が占める等、我が国を代表するスポーツ産業の一つであり、子供から高齢者まで広く親しまれる国民的なスポーツとして、スポーツ産業の活性化及び生涯スポーツ社会の実現の観点から、ゴルフ産業を取り巻く環境の改善を図る必要がある」
と、ゴルフの持つ潜在力に期待した内容も含まれています。
ゴルフ場産業としては、国の計画や期待を追い風にして「民間スポーツ施設業」の先駆者として今後の対策を練る必要がありますが、ここでわざわざ「民間スポーツ施設」と表現したのには理由があります。それは「ゴルフの普及」は「他のスポーツの普及」とは大きく違い、その違いが冒頭のご質問、「なぜゴルフが突出して大きいのか」の答えにもなるからです。
一言でいえば、他のスポーツを行うフィールドの大半は国や地方自治体の施設(収益面が希薄なコストセンター)を利用しており、体育館等の利用も低額です。一方のゴルフ場は一定の利潤を目的とする「民間施設」で、経営維持を前提としています。ここが最大の違いなのです。
戦後の日本ゴルフ界は、1955年から1973年まで18年間続いた「高度経済成長期」に、2度のゴルフブームにより発展しました。
第1回目は1956年の「経済白書」に「もはや戦後ではない」と記された翌年、霞が関カンツリー俱楽部で開催された「第5回カナダカップ」(現ワールドカップ)において中村寅吉・小野光一プロのペアが団体戦・個人戦を制覇したこと。
その結果は、敗戦からの復興に弾みをつけ、各地の財界人が中心となってゴルフ場を続々と開設。1960年代には約270ものゴルフ場が誕生しました。
第2回目は、所得倍増計画や1964年の東京オリンピック・1970年の大阪万博等により「一億総中流」と言われる時代背景で、ゴルフの大衆化が進み、1970年代には約900のゴルフ場が開設された時期です。1980年代に入ると、実体経済の成長に連動しない投機対象となったゴルフ場会員権に象徴されるバブル経済が到来し、さらに弾みがついていきます。
ゴルフ場の開設には「約100haの土地買収」「コース造成」「クラブハウス等の付随施設の建設」等に多額の資金を要します。開業後の運営もキャディの雇用など労働集約型のサービス業であるため、人件費等のコストがプレー料金に反映されます。現在、スルーや9ホールプレーが一部のゴルフ場で定着していますが、他のスポーツとの基本的な違いがあることは否めません。
Q2 ゴルフとその他スポーツとの「違い」は埋まるのか?
民間と公営の本質的な違いがあるにせよ、その差が埋まらなければ本当の意味でゴルフは大衆化しないのではないか。海外には安く楽しめる市営のゴルフ場が沢山ありますが、日本ならではの方策は?
A2 そこはとても大事なポイントですが、スポーツによって得られるベネフィットには基本的に、それなりの自己負担が必要だと思います。ところが日本のスポーツは、保健体育としての学校教育や企業の広告塔としての役割で発展した側面があり、安く行える風土が定着しました。
ところが国は近年、公的資金で賄うコストセンターとしてのスポーツ施設から、プロフィットセンターに転換すべく「スタジアム・アリーナ改革」や「スポーツコンテンツホルダーの経営力強化」を目指す動きを見せています。となれば、将来的にゴルフ料金の選択肢を広げることにより、良好なコストパフォーマンスと認識される可能性があります。
では、良好なコストパフォーマンスと認識される方向性とは何か?
第一の視点は、コロナ禍によって変化した価値観への対応です。たとえばゴルフ場にストレッチ設備を導入し、プレー前後の身体ケアを可能にすること。昼食のメニューも個性溢れる健康メニューの考案や、フードロスを避ける量の選択性も良いのではないでしょうか。
第二の視点は、超高齢社会を迎えて、高齢者に優しい施策も必要でしょう。加齢により体力等が低下したプレーヤー用のホール距離の設定や、飛距離の低下したプレーヤーが個々の体力に応じて任意に使用できるティーイングエリアの整備・システムの導入、非力な人には簡単に脱出できないバンカーや逃げ道のないハザード等の改修も必要です。
第三の視点は、ゴルフが「持続可能な開発目標」(SDGs)の達成に貢献している認識の訴求です。ゴルフ場の「緑化施設機能」はCO2の固定化や里山保護に有効ですが、そのような事実を広く示すことでゴルフの価値が再考されれば、楽しく健康的で地球環境にも貢献できる。となれば、ゴルフは良好なパフォーマンスを発揮できるはずです。
スポーツ庁は昨年度の「スポーツの実施状況等に関する世論調査」で「この1年間に実施した種目」の上位十種目を「ウォーキング」「ランニング」「トレーニング」「階段昇降」「自転車」「体操」「ゴルフラウンド」「ゴルフ練習場」「釣り」「登山」と発表しました。費用が「高い」と言われるゴルフが7、8位に入っていることは、ひいき目ではなくゴルフの潜在力の高さを裏付けます。
この記事は弊誌月刊ゴルフ・エコノミック・ワールド(GEW)2021年8月号に掲載した記事をWeb用にアップしたものです。なお、記事内容は本誌掲載時のものであり、現況と異なる場合があります。
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