総務省が5年に一度行う「社会生活基本調査」の結果が発表された。調査件数20万人、有効回収数は17万人を超えるもので、国民の生活様態を大規模かつ精緻に調べた統計として類例を見ない価値をもつ。ゴルフ人口に関わる調査結果も含まれることから、市場研究者垂涎のデータでもある。
前回は2016年だったから、この間に生じたコロナ禍の影響も比較・考察でき、他の信頼度が高い調査と組み合わせることで「コロナとゴルフ人口」の関係が深掘りできる。ゴルフ市場研究の第一人者・山岸勝信氏の短期集中連載で、ゴルフ産業界の課題を丁寧に読み解く。
さる8月31日に「2021年社会生活基本調査」の結果が公表された。これは総務省が5年に一度行う国の基幹調査であり、「国勢調査」の体制による厳格な無差別抽出で20万サンプルという大規模な調査である。むろん、ゴルフ界にとっても最重要な統計データといえる。なぜなら、他の調査とは比較にならない最高精度で、ゴルフの参加人口が得られるからだ。
前回の調査は2016年であり、5年に一度の今回と比較することにより、コロナ禍によるゴルフ市場の変化を精査できる。業界では「コロナ特需」の影響を肌感覚で語られたり、簡易的な調査で断片的な動きが公表されてもいるが、「社会生活基本調査」の内容に、その他調査の中身を組み合わせることで、精度の高い考察が可能となる。本稿では、その作業を丁寧に積み上げていきたい。
まず、ゴルフ人口は「ゴルフ対象人口×ゴルフ参加率」の計算により得られることを強調したい。
「ゴルフ対象人口」は国勢調査により正確に得られるため、ゴルフ人口調査は「ゴルフ参加率調査」と同義になる。2020年の国勢調査と2021年の社会生活基本調査から、次のことが考察できる。
・ゴルフ需要の長期トレンドを確認して将来の予測を立てる。
・2020年に突如現れたコロナ禍による需要急増の詳細と持続性。
以上を把握することが本稿の目的となる。
(1)ゴルフ需要長期トレンドの確認
「社会生活基本調査」の主要集計値から、以下のことを確認したい。
1、ゴルフ対象人口
2、ゴルフ参加率
3、ゴルフ参加人口
4、年間平均ゴルフ行動日数(ゴルフ活動率)
5、ゴルフ行動量(参加人口×行動日数 コースと練習場の合計利用回数・ゴルフ産業需要量に相当する)
以上の2011年、2016年、2021年における調査の「三次推移」を〈表1〉と〈グラフ1〉に表した。
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グラフ1[/caption]
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表1[/caption]
ゴルフ対象人口について、筆者は現状10~79歳とするのが妥当だと考えているが、この数字はゴルフ需要の長期トレンドをもっとも強く左右する因子である。
〈グラフ1〉に2011年と2021年のゴルフ対象人口を結ぶ直線を「ゴルフ対象人口傾向線」として記載した。すると、2021年の社会生活基本調査における「結果変動」は、傾向線との乖離程度により、
・長期トレンドに沿った必然的な変化なのか?
・何か他の構造的変動が起きていないか?
が判断できる。具体的には、2021年のゴルフ対象人口は2011年比▲3%減少となる。これに対して、
1)ゴルフ参加率、ゴルフ人口は▲13%減少(ゴルフ人口はゴルフ参加率に連動する)
2)年間平均ゴルフ行動日数は+16%増加
という結果が得られた。この二点は長期トレンドを超えた大きな変化であり、
「2021年社会生活基本調査はゴルフ参加率の異常な減少、ゴルフ活動率の異常な増加を示した」
と言える。
ゴルフ産業需要量を表す「ゴルフ行動量(ゴルフ産業需要量)」は、参加率の減少を活動率の増加で補い、長期トレンド上に留まった。ゴルフ界やゴルフ産業界は、これに安堵することなく、異常変動の二点について、それが「今後も継続し、将来予測を修正する必要があるか」を解明しなければならない。
現場感覚はデータと一致
(2)コロナ禍による需要急増を把握する
ゴルフ産業界の現場皮膚感覚では、「コロナ禍による需要増は若者を中心に2桁増した」が共通認識となっており、ひとつの定説として業界に定着した印象がある。そのため筆者が提示した「ゴルフ人口13%減少・2021社会生活基本調査ゴルフ行動量対2016年+1%増加」について、違和感をいだき、社会生活基本調査の信頼性に疑問を覚える読者がいても当然だろう。この点をクリアにするために「コロナ禍需要増がどこにどれだけ発生し、今後も持続するのか」は、どうしても解明しなければならない。
その前提として、社会生活基本調査以上に正確な統計調査を実施するためには、莫大な費用を要し、ましてゴルフ界単独でより正確な調査を行うことは、まず不可能であることを付言したい。つまり今後も、ゴルフ人口を推計するには社会生活基本調査を受容するしかないわけだ。
そこで次に重要なことは、社会生活基本調査と他のゴルフ関連調査を比較検証することになる。次月号では他のゴルフ関連調査を活用して可能な限り検証したいが、その前に本稿では、社会生活基本調査の年齢、頻度、地域別等の詳細データを分析して、コロナ禍による需要増を確認する。
前述のように、社会生活基本調査は5年毎の実施であるため、コロナ禍直前の2019年データは存在しない。前回2016年調査の結果と比較して、コロナ禍による需要急増の実態を把握しよう。
1、年齢別ゴルフ行動量
2016年、2021年の社会生活基本調査におけるゴルフ行動量により、「年齢別ゴルフ行動量」の増減量と増減率を〈グラフ2、3〉とした。
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グラフ2[/caption]
「増減量」では若者20~29歳が大きく増加しているが、70~74歳をはじめ他の世代も増加したことがわかる。また65~69歳のように、最大減少した世代も存在する。
そのため「現場感覚」では、そもそも少なかった20~29歳の来場増加が圧倒的に目立ったはずだ。
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グラフ3[/caption]
その一方で、来場しなくなった層は現場では見えない。「年齢別ゴルフ行動量」の変化は現場感覚と一致しており、社会生活基本調査はコロナ禍における需要増の存在を証明している。
1、頻度別ゴルフ行動量
社会生活基本調査での「プレー頻度別行動量」の変化を〈グラフ4〉に表した。年間40回(コース、練習場の合計利用回数)を境に、低利用の回数減少・高利用の回数増加と、対照的に変化したことがわかる。つまりコロナ禍は、ヘビーゴルファーのプレー回数を増やし、ライトゴルファーを減らしたのである。
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グラフ4[/caption]
2、地域別ゴルフ行動量
社会生活基本調査には県別、地域別のデータがある。そのうち「都市階級別ゴルフ行動量」の増減を〈グラフ5〉とした。都市階級の定義は、
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グラフ5[/caption]
大都市 東京都区部、政令指定都市
中都市 人口30万人以上
小都市A 人口30万人未満10万人以上
小都市B 人口10万人未満の市、町、村
である。興味深いのは、行動量の変化は大都市で圧倒的に増加し、中都市、小都市は逆に減少したことである。コロナ禍の需要急増は、大都市中心に起きたと考えられる。
3、ゴルフ統計他データとの検証
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表2[/caption]
社会生活基本調査と比較検証可能な統計データを〈表2〉とした。本稿では比較するデータを厳選しているが、未掲載の調査にはSSS笹川財団によるスポーツライフデータがある。統計的に正しい調査方法であり、コース、練習場が別途に調査された貴重なデータだが、調査実施が定期的ではないため割愛した。これらとの詳しい比較検証は次号に譲るとして、ゴルフ行動量データが連続集計されている調査として、
・ゴルフ場利用税から見た延べコース利用者数 一般社団法人 日本ゴルフ場経営者協会
・特定サービス産業動態調査 ゴルフコース・ゴルフ練習場 経産省サービス産業調査室
このふたつの調査結果と、社会生活基本調査の「ゴルフ行動量」を比較してみよう。
一致点と非一致点の考察
利用税から見た延べコース利用者数は泣く子も黙る全数調査であり、一桁台までの人数が開示されるなど国勢調査人口と同等の重みがある。また、非課税利用者(70歳以上が大半を占め一部18歳未満等)の数が明確なため、70歳以上の利用者数変化が把握できることも貴重である。日本ゴルフ場経営者協会の協力により、2021年の社会生活基本調査対象期間(2020年11月~2021年10月)のデータを得た。
また、「特定サービス産業動態調査」は、コースと練習場が分離されたデータで、長期月次データが公開されている。複数コース・練習場の定点観測と推定されるが、永い間に観測地点の入れ替えが生ずるため、毎月稼働ホール数、稼働打席数が開示されている。各月1ホール、1打席あたりの利用者数を計算した。こちらは社会生活基本調査の対象期間に合わせて11月~10月の合計を1年とした。
社会生活基本調査と利用税から見た延べコース利用者数及び、特定サービス産業動態調査の対2016年の増減率を〈グラフ6〉に表したのでご覧いただきたい。
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グラフ6[/caption]
ここから得られるポイントは以下に集約されるだろう。
・利用税からみたコース合計利用者の増減率103%は、社会生活基本調査におけるゴルフ行動量増減率101%と差異が2%しかない。
・利用税70歳以上の非課税利用者増加率128%は〈グラフ3〉の年齢別行動量70~74歳121%と差異が7%しかない。
・特定サービス産業動態調査コース利用者数の増加率は、社会生活基本調査、利用税から見た延べ利用者数の増加率を大きく超える。特定サービス産業動態調査の観測点が「大都市中心」に設定されているならば、その差は納得できる。
・社会生活基本調査のゴルフ行動量は、コースだけでなく練習場も含む。コロナ禍による需要増が、特定サービス産業動態調査のように練習場の方が大きいとすれば、社会生活基本調査のゴルフ行動量は101%以下となり、利用税から見たコース合計利用者の増減率103%との差はもっと大きくなるはずである。
以上のように、社会生活基本調査は他のゴルフ関連統計データとある程度共通しているが、すべてすっきり一致してはいない。本稿のまとめとしては、
●2021年社会生活基本調査は、長期トレンドから外れた異変が生じたことを示した。
●2021年社会生活基本調査は、コロナ禍による需要増を反映している。
●異変や需要増の詳細はある程度推定できるが、十分とは言えない。
以上、短期連載の初回として、国内最大規模の調査である「社会生活基本調査」の概要と、これをどのように考察し、位置づけるべきかを説明した。次号からは、比較検証可能な他データの特性を吟味しながら、詳細に迫っていくこととする。
この記事は弊誌月刊ゴルフ・エコノミック・ワールド(GEW)2022年10月号に掲載した記事をWeb用にアップしたものです。なお、記事内容は本誌掲載時のものであり、現況と異なる場合があります。
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