ゴルフ界の持続的な発展のために
2021年12月から開始したこの連載も今回で最終回となります。そこで本稿では、これまでお話ししてきた私の35年の日米ゴルフ界での経験に基づく提言をまとめ、総集編といたします。
私は、ゴルフ界再興は「ゴルフにはまる人を増やす」ことにかかっていると考えています。
ゴルフの魅力は奥が深く、ある意味中毒性があるスポーツでもあります。
ゴルフ場も様々ですし、同じコースでも毎回違うところにボールが飛びます。「進歩と後退」を繰り返し、常に過去の蓄積と新たな挑戦を楽しむのがゴルフです。そのため上達に手間はかかりますが、それをクリアすればゴルファーはどんどんゴルフにのめり込み、一度はまったゴルファーは、他のことにかける時間やお金を削ってでもゴルフを楽しもうとします。
もし、日本のゴルファーが米国並みに年間平均20ラウンドするようになれば、日本のゴルフ業界も大きく変わるはずです。
では、どうすればそのようなゴルファーが増えるのか? キーワードは「リーズナブルな価格で楽しく」です。業界全体で、ゴルフを楽しく始め、楽しく続けられる環境を、ゴルファーが納得する価格で提供することが必要なのです。
最初に、ゴルフ場運営の立場から考えてみましょう。まず、値引き、つまり価格のコントロールだけの営業から脱却しなければなりません。コロナ禍で入場者が増えている今こそ、いったん足を止めて、現状分析と経営ビジョンの設計をしっかりと行うことです。
現状分析は市場・環境動向、マネジメント、会員戦略、オペレーション、マーケティング、サービス、施設、コース管理等多岐に渡りますが、これらを丁寧に積み上げ、ゴルフ場の潜在能力や顧客ニーズだけではなく、様々な課題も浮き彫りにしていきます。この分析の目的は「ポテンシャルの明確化とそれに対する評価」「顧客に訴求できるバリュー(強み、売り)の抽出」です。分析結果を基に次のように経営コンセプトを決めていきます。
1)コアバリュー
2)サービス方針
3)市場内ポジショニング
4)5年から10年後のあるべき姿
5)事業の方向性
事業の方向性は、提供サービスの適正グレード・価格帯、市場、ターゲット、事業領域、会員制度などです。そして、現状を将来的な理想の姿に近づけるシナリオを俯瞰的に設計し、改善すべき業務課題を明らかにします。さらに、この課題を解決するための具体的な施策を年度計画だけでなく、中長期計画に落とし込み、PDCAをまわして実行していきます。
特に3)の「ポジショニング」で悩むのは、自ゴルフ場の会員制のあり方でしょう。会員の入れ替わりが毎年5%ほどあり、それに伴う名義変更料と年会費収入で施設維持費(固定資産税等の固定費とコース管理費)が賄えるゴルフ場は、会員中心の運営が可能です。
しかし、このようなゴルフ場は日本全体の1割程度で、あとの9割はオープンでベーシックなゴルフ場を目指すべきです。これは、会員を無視してビジターを低価格で呼び込むということではありません。
会員は「生涯顧客価値」でみれば最優良顧客です。資産価値やステイタスとは別次元のコミュニティとして、ゴルフ場毎の特徴を活かした会員組織の再構築の方法を考えましょう。
その上で、お客様が支払う値段以上の価値を提供するのです。そうすれば、ビジターも千円から2千円の違いであれば喜んで来場してくれます。プレーして楽しいコースを作り、競技性を持たせたイベントを実施することで「メンバーになりたい」と思う層を育てる努力をします。
平均稼働率は約46%
ここで設定した経営コンセプトは、全ての事業活動における判断基準となります。例えば、会員中心の運営というポジショニングを設定したゴルフ場は、ブランドイメージを毀損するような「閑散日にビジターだけのコンペを格安で販売する」といった施策は絶対にやってはいけません。すべてにおいて、経営コンセプトに合っているかどうかを考えて進めていきます。
ただし、コンセプトやビジョンを守ると同時に、収支状況の改善に取り組まなくてはビジネスとして成立しません。収入増のためには、まず、会員も含めたリピーターを増やし、入場者を安定的に増やすこと。
理論上、ゴルフ場のキャパシティは、夏場を中心とした6カ月が一日最大240名、残りの6カ月は最大200名とすると18ホールあたり約8万人です。これを分母として、2020年の日本の1ゴルフ場あたりの平均利用者数3万6709名(一般社団法人日本ゴルフ場経営者協会発表)で計算すると平均稼働率は約46%です。つまり、稼働率はまだまだ余力があるゴルフ場が多いのです。
リピーター増加のためには顧客満足度向上が必要です。そのために優先順位が高いのは、コースコンディションとプレー進行の2点です。
グリーン上、グリーン周り、そしてティーイングエリアの整備には十分投資し、マーシャルの活用とコースセッティングでコース内の渋滞が起こらないようにしていきます。
支配人は、お客様の目線に立って定期的にコースをまわり、日々変化する芝や進行の状況を確認する。また、コース管理のスタッフとのコミュニケーションを図り、情報収集と意思の共有をしていきます。コースセッティングは「快適にセルフプレーができるか」が判断基準になります。
ゴルフ場の立地やレイアウトなども勘案して、アスリートゴルファー、女性ゴルファー、シニアゴルファーなど、適切なターゲット層を選定できれば、各層のゴルファーが何をすれば満足するかも深堀りできます。
こちらにも優先順位をつけ、順番に実行していきます。顧客満足度を向上させることができれば、ゴルフ場でのイベントをきっかけとしたコミュニティ形成の促進や、コンペ客など既存のコミュニティのサポートの充実でリピーターを増やせるでしょう。
一方、コスト面では「ポジショニング」と「顧客目線」で削減できるところを選び、閑散期の人員で繁忙期も運営できるコスト構造にすることが今後のゴルフビジネスの課題です。
多くのゴルフ場のターゲット層となる平均スコア90~110のプライベートゴルファーが、自社が提供するサービスを必要としているかどうかを考えてください。
そして、基本コンセプトとの整合性を確認しながら、ゴルフ場の強みが損なわれないように、機械化とセルフ化(省サービス化)を進めます。自動チェックイン・精算機などはほとんどのゴルフ場で必須となりますが、玄関のバッグの積み下ろしなどはゴルフ場によって変わってくるでしょう。
コースコンディション向上に重要なコース管理費用も、管理面積を減らしたり無駄な植栽を撤去して、お客様のプレーに影響を与えない部分で作業を減らしていきます。また、資材・機械の仕入れ先や仕入れ法を見直せば現状よりも2~3割は削減可能なはずです。
レストランやショップについても、基本コンセプトに基づき外注も視野に入れながら、どのような機能であるべきかを考えて、コストコントロールしていきます。どちらもゴルフ場運営のコアビジネスとはいえないかもしれませんが、顧客満足度を高め、リピーターとなる要素のひとつであることを認識して工夫します。
レストランのコストを極限まで下げようとする大手運営会社とは逆に、メニューにこだわるのもひとつのやり方です。当然、原価率に留意することは必要ですが、ゴルフ場での食事を楽しみにするお客様が案外多いので十分な差別化になります。
ゴルフ場と練習場の連携
経営者であれば、誰もが頭を悩ます人件費の削減は、機械化や省サービス化を進める中で業務部門を統合し、従業員のマルチタスク化と人員の再配置、自然減に対する補充人員のコントロールで実現できます。マルチタスクの導入は、様々な業務を経験することで、広い視野を持てる将来の経営人材を育てる上でも有効です。
こうやってゴルフ場が「リーズナブルな価格で楽しく」プレーできる環境を整えても、それだけでは新たなゴルファーを生み出すことはできません。
ここで練習場、特にスクールの役割が重要になります。スクールでは「ボールを打つこと」ではなく、「ゴルフを楽しむこと」を教えましょう。
レッスンをするプロは、どうすれば初心者がゴルフの楽しさを知り、それを深めることができるのかを考えるのです。
おすすめしたいのは、ショートゲームから始めるレッスンカリキュラムです。ゴルフ場と連携してコースレッスンを適時取り入れれば、上達が早まり、自然の中でプレーすることで「ゴルフは楽しい」と思ってもらえるはず。そうしてゴルフにはまっていくのです。
さらに、練習場でコンペを主催するなどコミュニティを作るサポートをすれば、そこを拠点としてゴルフ場へ送客することもでき、送迎バスをゴルフ場と共同運行できればベターです。
ゴルフ場と練習場は真剣に連携の方法を考えなくてはなりません。そうすることで、初心者に限らずすべてのレベルのゴルファーのプレー頻度を上げることができるからです。
また、ギアメーカーの皆さんは、品揃えや販売方法にもっと工夫ができるはずです。
例えば、打ちにくい3番ウッドに代えて使える4番ウッドを用意するとか、アイアンをどの番手でも単品で購入できるようにするなどです。ゴルファーの誰もが「良いクラブを安く買いたい」と思っているため、メーカーやショップには価格を抑える企業努力を続けてもらいたいものです。
そして、フィッティングをもっと活用していくべきです。
ゴルフアパレルも、もっと価格を下げられるのではないでしょうか。最近、しまむらやワークマンでゴルフウエアが発売され、すぐに完売したと聞きます。
また、ユニクロは「ゴルフウエア」と銘打っての販売はしていませんが、アダム・スコット選手をブランドアンバサダーに起用したり、エアリズムのCMで綾瀬はるかさんや内田篤人さんがゴルフを楽しむなど、「ゴルフでも使える」というアピールをしています。
安くて価値のある商品の提供はゴルフのすそ野を広げていくので、ゴルフ業界全体としては歓迎すべきことです。
安価な選択肢が増えれば、ファッション性の高い高価格帯の商品を除くゴルフアパレルは、一段と厳しくなるでしょう。同じメーカーのポロシャツでもテニス用とゴルフ用では数千円の価格差があります。せめて他のスポーツのウエアと同等の価格帯で販売しなければ消費者は離れてしまいます。
変わるべき業界団体
業界全体を俯瞰してみるべき立場の業界団体は、今こそ、若い人に運営を任せて、従来にないやり方を実行してほしいと思います。
例えば、東京オリンピックの会場がエクスクルーシブな会員制ゴルフ場ではなく、誰でもプレーできるゴルフ場で開催されていたらどうなっていたでしょうか。
また、ゴルフ場を通じて一般のゴルファーから徴収するゴルフ振興金を、一部の競技ゴルファーのためではなく、ゴルフの楽しさを広めるための活動に使っていれば、今とは状況が違っていたかもしれません。
アメリカのUSGAは長年、ゴルフを楽しくするための活動をしています。わかりやすい例は、1990年から導入した「スロープレート」とR&Aと連携して行った2019年の「ルール改正」です。
「コースレート」はスクラッチゴルファーにとっての難易度を表す尺度ですが、一般のアマチュアゴルファーにとってコースの難易度は、必ずしもスクラッチゴルファーと同じではありません。
こうした実態を勘案したのが「スロープレート」で、これによりコース間のハンディ差がより具体的になりました。ほとんどのアメリカのゴルフ場のスコアカードには「コースレート」と「スロープレート」が併記され、ホームコース以外でプレーした際のスコア提出も、ゴルフ場にある端末に入力するだけと非常に簡単です。
2019年の「ルール改正」は、プレー時間の短縮やゴルフの普及を目的とし、大幅に変更されました。
ピンフラッグを抜かない、準備ができた人から打つといったプレーファストをサポートする改正の他に、バンカー内でアンプレアブルを宣言すればバンカー外から2打罰で打てるなど、技術的に未熟な初心者がゴルフをストレスなく楽しめるルールも作られました。
日本でもスロープレートと新ルールは導入されています。しかし、「ゴルフを楽しくする」という観点でのPRは足りないように思います。ゴルフ場数が世界3位の日本なのですから、業界団体には、このような世界的な流れに呼応した俯瞰的で独自な取り組みの実行を期待します。
私が、最後に申し上げたいのは、ゴルフ界の持続的な発展を実現するには、危機感を持たなければいけないということです。
新型コロナ禍が広がってから、ゴルフ界の2020年問題はなかったかのような活況を呈しています。しかし、活況の大きな要因は、屋外型のスポーツというゴルフの特性と、競合するレジャー活動がしにくい状況だったからです。
活況の今こそ、それぞれの立場で何をすべきかを考え、実行する必要があることを肝に銘じるべきでしょう。
今まで連載を読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。また、このような機会を与えてくださったGEWの片山編集長にも感謝申し上げます。
この記事は弊誌月刊ゴルフ・エコノミック・ワールド(GEW)2022年10月号に掲載した記事をWeb用にアップしたものです。なお、記事内容は本誌掲載時のものであり、現況と異なる場合があります。
月刊ゴルフ・エコノミック・ワールドについてはこちら