ゴルフ場のRe-Concept(リコンセプト)について、具体策を考えてみる。今回は「サイネージ」について取り上げよう。
サイネージ(Signage)は看板や標識を表す英語で、近年は工夫を凝らしたデジタルサイネージ(電子看板)が公共交通機関にもあふれている。が、大半のゴルフ場はコース内サイネージに無関心で、その理由を筆者は「付け足し文化」の悪しき定着だと見ている。美は細部に宿るというが、その細部が「付け足し」になっているのだ。
日本のゴルフコース内には、ゴルフならではの用語があふれているが、そのサイネージを注意深く眺めると1)漢字2)ひらがな3)カタカナ4)和製英語5)ゴルフ英語など、多種多様な文字が混在している。中にはオープン当初から風雨にさらされて設置してあるものや、近隣との関係から「打ち込み注意」などの注意喚起を後付けで設置したものも混在し、それらは書体や色、プロポーションなどがバラバラで何とも居心地が悪いのだ。
マスターズ会場視察
筆者は2013年4月に、マスターズの会場である米国ジョージア州のAugusta National Golf Clubを1週間、向学のため自費で訪ねたことがある。月曜日に現地に入り、日曜の最終日を見届けて翌日に帰国というスケジュール。指定練習日の2日間、大会前日に行われるパー3コンテスト、本戦4日間を見学して、合間に12番ホールに隣接するAugusta Country Clubでプレー、女子アマチュアの予選会場となるChampions Retreat Golf Clubでのラウンドも組み込んだ。
いくつかの目的で筆者が一番重視したのは「美しく見えるのは何故か?」というモヤモヤをクリアにする答え合わせにあった。期間中、1番から18番ホールまでを十数周、隅々まで歩き自分の目で確かめた。
実際に現場を眺めると、モヤモヤがクリアになってゆく。そして「美しく見える」のは〝統一感〟にあると気づいた。さらに肌感覚で確信したことは「居心地の良い空間が美しさと共に人々の心を魅了する」ということであった。会場に集うパトロンの顔を観察すると「人は居心地の良い空間にいると自然と表情が柔らかくなる」ことに気づけたのは、筆者にとって大きな財産となった。
統一感への細かい配慮はサイネージの統一だけではなく、スコアーボードやロープ、マンホールに至るまで基調色のグリーンに統一され、スポンサー名を一切出さず、TV放映用のケーブル配線を地中に埋め込み、林帯の中の整備や樹木管理など、一つひとつのディテールが緩みなく統一されていた。
世界観へのこだわり
リコンセプトとは何か? それはゴルフ場がオープン当初に掲げたコンセプトに、紆余曲折した歴史が堆積して今がある。その現実を受け止めた上で「どうしたいか?」、あるいは「どうあるべきなのか?」をしっかりと検証し、進むべき方針を決めるプロセスがある。このような一連の作業全体を、リコンセプトという言葉に集約している。
筆者がリコンセプトの入り口としてこだわるポイントのひとつにコースAccessory(サイネージ)があり、これを活用してそのゴルフ場の「世界観」を統一する手法が、最もインパクトを与えられると心得ている。
ゴルフ場で何気なく違和感を覚えることのひとつに、Ladies Teeの場所移動に伴う不揃いのヤード表示板やティーマーカーも一時的に設置したと思われる体裁がほとんど。
筆者がコースAccessoryをデザインと共にプロデュースする際には、既存の付け足しのサイネージ関連を全て撤去し、そのコースに最も似合う形で統一した言葉選びや書体、色、プロポーション、規則性などを決めていく。このような提案をすると、最初はゴルフ場から抵抗を受けるときもあるが、作業完了後に来場者の印象がフィードバックされると、反対論者は賛成論者へと瞬時に変わる。作業前の反対者の論拠は「英語だと意味が通じない!別にそんなもん不要だ!」というコメントが多いが、不要なサイネージが取り払われ、さらに周辺の整備が行われると、各種Accessoryが独特の世界感を醸し出し居心地の良い空間に変貌する。
コースは物語
筆者がゴルフ場のプロデュース&コンサルティング会社を約10年前に設立したとき、真っ先に報告に訪れたのはゴルフ場設計家の故「加藤俊輔」先生である。加藤先生が手掛けたコースは、名峰・富士を雄大な借景とした太平洋クラブ御殿場コースが有名だが、それ以外にも富士や箱根などアクセントの強いビューバランスを取り込んだ伊豆ゴルフ倶楽部、思想的影響を受けたスコティッシュデザインの北海道ゴルフ倶楽部、理想的な風を求めて造り上げた瀬戸内海ゴルフクラブなど、そのどれもが設計意図の異なる特徴的なコースばかりである。
手掛けた日本のゴルフ場は70コース以上にのぼる。幸い筆者は、加藤先生と20年近いご縁を頂き、立ち上げた会社の顧問をお願いしたところ快諾してくださった。存命中に加藤先生と交わしたゴルフ談義は、実に楽しく有意義であった。
中でも「コースは18Holesの物語である」という話が、特に印象に残っている。要約すると以下の通りだ。
「良いコース条件にはいろいろあるが、1st Hole(序章)から始まり、起承転結のストーリーで展開していく。上がり3ホールの16th Holeから18th Holeは最もクライマックスに相応しいドラマチックな展開が待っている設計が望ましい」
この話を筆者は、コース設計には「物語」が不可欠である、と解釈している。コース設計家は大なり小なり、ポリシーやストーリー性をもってデザインしている。そのコースに華を添えるアイテムが不揃いの付け足しでは、折角の作品も台無しになる。画竜点睛を欠いてしまう。
そのため筆者が取り組むリコンセプトは、まず、設計家の意図を丁寧に汲み取るところから始める。アスリート系のトーナメントコースという方向性なのか、リゾートコース的な方向性なのか、そのほか様々な方向性にマッチしたテイストを最も重要視する。方向性は概ね5パターンに分類されると思う。
たかがコースAccessory、されどコースAccessory。
ゴルフ場にゴルファーが望むものはなにか! 答えは「非日常空間」への没入であり、異空間ともいえる世界観に触れたいという想いではないか。筆者はそう確信している。
そんな想いを胸に秘めて、今後もTPCオリジナルプロダクトとしてコースAccessory(サイネージ)にこだわりつづけ、各コースの世界観の演出に寄与したいと考えている。
この記事は弊誌月刊ゴルフ・エコノミック・ワールド(GEW)2025年4月号に掲載した記事をWeb用にアップしたものです。なお、記事内容は本誌掲載時のものであり、現況と異なる場合があります。
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