ザ・クラシックGC(福岡)の大改修とその背景

ザ・クラシックGC(福岡)の大改修とその背景
本稿では、弊社ザ・クラシックゴルフ倶楽部(福岡県)が2028年の「日本女子オープン」開催に向けてコースを強化すべく、2年間に及ぶコース改修プロジェクトを実施した裏側をご紹介します。 ザ・クラシックGCは過去、国内メジャー大会を3回開催しています。直近は2020年の日本女子オープンで、九州での同大会開催は32年ぶりのこと。コロナ禍で一般非公開となり、静寂に包まれたコースで大輪の花を咲かせたのはメジャー初優勝となった原英莉花選手でした。  大会終了後、弊社は主催団体の日本ゴルフ協会に、再度大会誘致をしたい旨を伝え、ありがたいことに了承して頂きました。今度は一般公開をして、ギャラリーの歓声に包まれる大会にしたいと念願しています。 前回のこの連載に書きましたが、弊社のメジャー大会誘致はロマンやビジョンという精神論のみならず、経営戦略上の意味合いも大きいと言えます。少子高齢化が進む日本の人口構造を考えれば、特に地方都市のゴルファー減少は自明の理で、福岡も例外ではありません。この状況から脱するには、関東や関西など大商圏のゴルファーを福岡に誘引して、商圏拡大を図る必要がある。メジャー大会の開催は、ザ・クラシックGCの知名度を全国区にするための施策なのです。 [surfing_other_article id=g_84349][/surfing_other_article]

選手が口を揃えた20アンダー

[caption id="attachment_87191" align="aligncenter" width="788"] ザ・クラシックGC No,7 レダンホール[/caption] 前回開催した2020年の大会で忘れられない光景があります。 トーナメントウイークに入り、注目選手たちが記者のインタビューに応えていました。記者から「優勝スコアはいくつになりそう?」と質問された際、多くの選手が「20アンダー」と口を揃え、当コースの印象についても「日本女子オープンっぽくない」「練習ラウンドをしましたがよく覚えていません」など、我々にすれば、忸怩たる思いを禁じえない言葉が並んだのです。 国を代表するナショナルオープンは、最高難易度のゴルフ場で行うという印象が強いだけに、優勝予想が「20アンダー」とは・・・。原選手の優勝スコアは、予想に4打足りず16アンダーでしたが、ビッグスコアに変わりはありません。 そこで大会終了後の月曜日、我々はコースレイアウトの改善を決意したのです。数か月後、親交のあったスコットランド人のベンジャミン・ウォレンにコース改修の設計を依頼します。マスタープランの策定期間を経て、2023年1月より2年間にわたる大改修に着手。初年度はアウト9ホール、次年度はイン9ホールを改修しました。 若手設計家のベンジャミン・ウォレンとの出会いは、R&Aメンバーの紹介がきっかけでした。彼はスコットランドでも特に美しい港町、ノースベリックに生まれ育った生粋のリンクスゴルファーです。改修に入る前年、私は彼と一緒にロイヤルトゥルーン、ノースベリック・ウエストリンクス、ミュアフィールドやプレストウィックあたりを視察して、多くのことを学びました。

ゴルフ場のレイアウト評価

ゴルフコースの評価は、3つの概念が重視されると言われます。 ショットバリュー ゴルフゲームの基本であるリスク&リワードの思想が反映され、リスク覚悟のショットに成功すると、次のショットで恩恵を受けられる デザインバラエティ 距離や形状、ハザードの位置などが変化に富み、多様な戦略が備わっている メモラビリティ ホールごとに見た目の個性があり、周辺の景色とコースが一体化してゴルファーの記憶に残る この3つを満たすため、本改修では全てのグリーンとバンカーを取り壊して1から造り直しました。ランドスケープを整えるためのコース外周の木々の伐採は、今も継続中。張芝の延べ面積は約15万m3に及び、芝生の仕入から張芝、養生までの大部分を自社で行ないました。二度とないであろう大規模改修は、終わりの見えない作業で途方に暮れ、コース管理スタッフと共に地を這って張芝に従事したことは貴重な経験です。 多額なコストも掛かりました。国内における改修事業の相場は、バンカーで3億〜4億円、バンカー及びグリーンで6億〜8億円と言われます。海辺に近い砂ベースのコースの造成は、排水管を入れなくて済むので安く仕上がりますが、著名設計家への依頼は設計料だけで1億円近く、さらに彼らは海外からシェイパーチームを連れてくるため旅費や欧米基準の日当でコストは跳ね上がります。弊社のプロジェクトに集まったシェイパーは5名で、一人当たり日当は650ドル(9万7500円程度)。日本人のフリーシェイパーの3倍です。優れた才能には高い報酬を惜しまないという、日欧の文化の違いも実感しました。

一生涯ゴルフを楽しむ

[caption id="attachment_87190" align="aligncenter" width="788"] ベンジャミン・ウォレンとその仲間たち[/caption] 改修にはクラシック理論を取り入れました。この理論は、ゴルフコース設計の原点とも言える戦略性に優れた8つのレイアウトを指します。ノースベリック・ウエストリンクス15番par3の『レダンホール』、セントアンドリュースオールドコース17番par4の『ロードホール』が代表的。スコットランドで学んだ設計家たち(C・B・マクドナルド他)が米国に向かい、世界トップ100に入るコースを沢山造りましたが、彼らはこのクラシック理論を基盤としながら戦略性のある美しいコースを後世に残しています。 ザ・クラシックGCのアウト7番のpar3は『レダンホール』を採用し、会員から評価を得ています。この『レダン』は、グリーン周りがバンカーで囲まれ、ティーイングエリアに対してグリーンが斜め45度を向いている。グリーン右サイドは右から左に大きく傾斜し、左サイドは手前から奥に傾斜しています。 これらの改修で次回の日本女子オープンに臨み、大商圏からの誘客を目指しますが、別の視点では、弊社が考えるゴルフの理想を追求することも大きなテーマ。それは、一度ゴルフを始めた人を、死ぬまでゴルフに夢中にさせることです。 最近、米国の知人に、アメリカ人ゴルファーの関心事を尋ねたら、こんな答えが返ってきました。 「ポッドキャストでゴルフコース設計者の話を聞く人が増えている」 ポッドキャストはインターネットラジオです。米国の熱心なゴルファーはクラブセッティングやアマ競技を一通り楽しんだ後、コースレイアウトの歴史や設計家についての研究を始めており、ポッドキャストで情報を得ているそうです。 ゴルフ場開発が止まった日本では、上田治氏や井上誠一氏に続く次世代設計家の輩出が目立ちませんが、世界ではギル・ハンスやトム・ドーク、カイ・ゴルビーなどの気鋭設計家が活躍中。彼らについて学ぶことは、ゴルフ人生を文化的で豊かなものにし、成熟したゴルファーを生涯夢中にさせることができる。私はそのように考えているのです。 ザ・クラシックGCのバンカーを担当したクイン・トンプソンのポッドキャストはこちらから。 Quinn Thompson-Designer and Craftsman of Bunkers [caption id="attachment_87192" align="aligncenter" width="788"] ザ・クラシックGCのバンカーを担当したクイン・トンプソンのポッドキャスト特集[/caption]
この記事は弊誌月刊ゴルフ・エコノミック・ワールド(GEW)2025年1月号に掲載した記事をWeb用にアップしたものです。なお、記事内容は本誌掲載時のものであり、現況と異なる場合があります。 月刊ゴルフ・エコノミック・ワールドについてはこちら