ゴルフ場設計者の思考のプロセス 〜18ホールズの楽曲を描く~

ゴルフ場設計者の思考のプロセス 〜18ホールズの楽曲を描く~
2023年1月より、弊社が経営するザ・クラシックゴルフ俱楽部(福岡県)で大型プロジェクトが始まりました。スコットランドのゴルフコースデザイナー、ベンジャミン・ウォレンを起用し、全グリーンとバンカーを改修するのが目的です。その理由は前回詳述しましたので、今回は当プロジェクトのプロセスについて記述したいと思います。

アウトコースの改修

ザ・クラシックGCは27ホール(総面積148万m2)を有するため、2023年の改造初年度はまずアウトの9ホールを閉鎖して改修。18ホール営業となったため、来場者数は前年比20%減でした。 コース改修で最初に協議することはルーティングです。九州の穏やかな丘陵地に理想的な18ホールズを並べるにはルーティング(1番から18番までの流れ)が重要で、これがコースの良し悪しを決定します。 ゴルフ場周辺の美しい景観を見せるには、どこから打たせ、どこに旗を立てるのか。敷地内にある池や川等、天恵を存分に生かすために各ホールをどこに配置するか。ゴルフは歩きを基本とするスポーツなので、プレイヤーが心地よく18ホールを歩けるよう、ホール間のジョイントを短く、すぐに次のホールへ行けることを含めて18ホールの配列を考えます。それはまるで一つの「楽曲」を創作するようです。 優しく穏やかに一日のプレイが始められる1番ホールから、2番3番と続き、心身がフィールドに馴染む4番ホールあたりから徐々に山場を迎えて印象的なホールが現れる。そして7番8番では難易度が高くメモラビリティのある大きなホールを築き、ランチへと向かう9番ホールはペナルティ等を減らし、スコアを崩さず気持ちよくホールアウトしてもらいたい。設計者は土地のポテンシャルを見定めて、完成後にプレイするであろうゴルファーと、心の中で会話をしながら18ホールの絵を描いていきます。当倶楽部ではアウトコースで2~3ホールのルーティング変更を行いました。 ルーティングが決まれば、ホールのレイアウト設計に入ります。ここでの設計者の視線は、遠くの景観に向けられます。つまり、借景をデザインするのです。「この地域のあの山が美しいので、ここにグリーンを置く」というように考えます。 [caption id="attachment_87761" align="aligncenter" width="788"] 改修コースの上空より[/caption] グリーンの位置が決まると、その形状や大きさを検討し、周辺のバンカーのデザインに進んでいきます。前回記述した通り、ゴルフコースの価値はコースバラエティにありますので、グリーンの仕様もホールごとに特徴を出します。当倶楽部では、最大1000m2(18番ホール)のグリーンから最小550m2(2番ホール)までの大きさのほか、大きなアンジュレーションもあればフラットに近いグリーンもあります。形状も実に様々です。 グリーン周りが決まれば、次はFWバンカーの工事に入ります。当倶楽部では2028年に「日本女子オープン」を開催するため、IP(ドライバーの落下地点)を250ydsに設定しました。その上で、遠くの山から徐々に視線をこちらに近づけていき、グリーン周辺のサイドバンカーを見て、それに調和するFWバンカーを造成します。当倶楽部から20km離れた遠方に三郡山地があり、アウト1番ホールではその借景を十分取り入れています。 本プロジェクトでは廣野や横浜、太平洋御殿場等のバンカー改造を行った米国のクイン・トンプソンを中心に全てのバンカーを改修しています。FWバンカーが決まると、ティーイングエリアの位置のデザインに入ります。日本のコースはレディースティーからバックティーまで4つのティーブロックが主流ですが、世界では3ブロックとなっています。 余談ですが、ティーイングエリアは排水対策として表面勾配をつけます。昔はパーシモンウッドを想定して、ティーイングエリア後方に向け1~1・5%の勾配でした。なぜなら、パーシモンウッドは、ティーアップしたボールをダウンブローに打ち、スピン量を増やして球を上げることが基本となるためです(現代のクラブは、アッパーブローに打っていくことが基本)。しかし近代ではクラブの変化と共にスイング理論も変わったことで、ティーイングエリア前方、つまりグリーンにむけて勾配を付けます。 当倶楽部は丘陵コースでありながら、ゴルファーに歩く楽しみを体験してもらうべく、グリーンと次のホールのティーイングエリアを可能な限り近づけました。特に1番ホールは、グリーン周りのコレクションエリアを次のホールまで刈込み、そのままティーイングエリアとすることで我々の想いを表現しています。他のホール間の移動距離も押しなべて短く、無理なく歩ける距離に設計しました。

インコースの改修

[caption id="attachment_87760" align="aligncenter" width="788"] ザ・クラシックGC 17番ホール[/caption] 2024年1月、インコースの改修に着工して、18ホールの楽曲も終盤に差し掛かります。当倶楽部のインコースには大きな天然の池が土地の中心にあり、その池を魅せるべく大掛かりな伐採工事を実施。池や川があれば、その外周をきれいに伐採(掃除)して、沿岸すべてを見せることはゴルフコースの演出として昔からのセオリーです。 伐採の観点で言えば、近代の設計者の多くは「空中のハザード」とされるFW真ん中の木々を決して評価しません。歴史あるスコットランドのリンクスには木々がほとんどないため、日本のコースの木の多さに違和感を覚えるようです。 インコースはトーナメントにドラマと興奮が生まれるよう、18番ホールに向けて徐々に難易度を高め、最終ホールは長めのPAR4(ストロングpar4)としました。最終ホールはクラブハウスとの位置関係も大切で、グリーンの背景にクラブハウスが見え、セカンドショットをハウスに向かって打ってゆく。このような演出に設計者はこだわります。 私は数年前、全英オープン開催コースであるスコットランドのロイヤル・トゥルーンをプレイしましたが、最終18番のグリーンからハウスまでの距離は5mほどだったと記憶しています。その他の海外メジャー開催コースの多くも同様の造りでした。スコットランドのゴルファーは、最終グリーンとハウスが近いほど〝クール〟だと言います。ホールアウトした前の組がお酒を飲みながら後続組のショットを見守る。そんな光景が目に浮かびます。ちなみに当倶楽部の最終ホールからハウスまでの距離は直線20m程であり、今回の改造で可能な限りハウスに近づけて造成しました。 松山英樹プロは今季米ツアー初戦で35アンダーの新記録をマークし、若い女子プロも世界のトップレベルで活躍しています。その姿に憧れる子供たちがクラブを手に取り、ゴルフを始めれば市場活性化につながります。同時に、日本のゴルフ場が世界標準のコースを目指せば競技レベルが高まり、回りまわってゴルフ経済に大きく貢献すると思うのです。
この記事は弊誌月刊ゴルフ・エコノミック・ワールド(GEW)2025年3月号に掲載した記事をWeb用にアップしたものです。なお、記事内容は本誌掲載時のものであり、現況と異なる場合があります。 月刊ゴルフ・エコノミック・ワールドについてはこちら