今年7月、イオンスポーツ代表取締役社長に34歳の東義弘氏が就任した。同時に、ヘルメットなど安全衛生保護具の総合メーカーであるトーヨーセーフティの社長にも就任。すでに昨年、2社を束ねる持ち株会社・TSホールディングスの社長にも就いていた。いずれも父・孝次氏が会長を務める親子鷹経営。自らを「守って攻めるタイプ」と話す三代目社長が、独自の挑戦論を口にした。
7月に社長就任ですね。おめでとうございます。
「ありがとうございます」
重責を背負った感じですか。
「そうなんです。私、こうして取材を受けるのも初めてで、手汗も凄くて……。今日はよろしくお願いいたします」
まずは社長の来歴を教えてください。
「2016年に大学院を卒業して、人材紹介とコンサルティング会社に計6年勤めました。その後2021年にイオンスポー ツの母体であるトーヨーセーフ ティ(TS)ヘ入社。ほぼ1年後にイオンスポーツに参画したという経緯です」
今はTSホールディングスとTS、それからイオンスポーツの3社の社長?
「おっしゃるとおりです。まず、イオンスポーツの歴史を話しますと、最初は東洋物産工業(現TS)のプラスチック射出成型技術を転用して、ゴルフクラブを作りました。創業は1990年。私は翌年の生まれなので、会社と同じ年輪を重ねています(笑)。2000年代は現会長が 『GIGA』を軌道に乗せて、同時に着圧アンダーウエアにも乗り出して、今の礎を築いており ます」
『ゼロフィット』ですね。
「はい。先ずはゴルフ専用の着圧ソックスから始まり、着圧アンダー、そして防寒機能をもつ 『ヒートラブ』がヒット商品になるんですが、温暖化で夏場の商材も必要だろうと見込みまして、2010年頃に夏用アンダーウエア『エアロメッシュ』を開発しております」
先見の明がありましたね。
「だと思いますが、当時は夏にアンダーウエアを着るゴルファーが少なく、上手くいかなかったんです。初期モデルはメッシュ素材だけど冷却機能がなく、市場性もなかったので、販売店への説明に苦労したそうです。今はこの暑さなので、発売後すぐに売り切れる人気商品に育っています」
育てるグローブと冷感アンダーウエア 派生品も視野に
イオンスポーツの年商は?
「非公開なので、すみません(笑)。ただ、グローブの『インスパイラル』については、2010年に発売され、何年にもかけて口コミで広まり続け、今では年間50万枚以上売れる主力商品となっています。フィット感があってグリップ力が落ちないので、長く使って、ゴルファーに育てて頂けるグローブだと思っています」
「馴染む」ではなく「育てる」だと。メーカーらしい言語感覚ですね。
「そうですか、ありがとうございます」
商品別の構成比は?
「細かな構成比は明かせませんが、グローブとアンダーウエアを含めたゼロフィットが日本と海外合わせて全体の7割で、あとを地クラブの『ジニコ』や、屋外練習場2か所の売上で構成しています」
なるほど、多様な会社ですね。
「だと思います。社員は約30名で、そのうち営業マンは4名ですが、彼らがクラブやグローブ、アンダーウエアの開発も担っているんですね。この30名には出荷、EC、広報、それに練習場の社員も含まれますが、全員が一致団結して、一枚岩の組織だと自負しております」
気合が入ってますねぇ。
「いえいえ……(笑)」
夏のアンダーウエアが完売という話ですが、他社品よりも優れてる?
「と、自負しております。ゴルフは汗のかき方が他のスポーツとは違いますし、スイングを邪魔せず、背面のメッシュ生地が汗を揮発させストレスを軽減する。前面は冷却プリントで涼感を保てる構造です。弊社には、実は多くの協力者であるアドバイザリープロやモニターとなって頂いているアマチュアゴルファーがいまして、私を含め社員はもちろん、その方達に夏のプレーで体感してもらい意見を頂き、満足できるものだけを製品化します。発売は毎年4月ですが、今年度モデルは、6月にはメインのサイズが店頭から消えました。ほぼ完売に近い状態です。今回のモデルは発売の2年前から素材を選定し、思考錯誤を重ね、商品化にこぎつけました」
体感でマイナス何度ですか?
「よく『体感温度』って言い方をしますけど、実は科学的根拠に乏しくて、表現的に厳しいんですよ」
読者がイメージをつかむために、敢えて体感温度で表現すると?
「開発担当に確認したところ、マイナス6度の表現でOKだそうです」
それにしても、夏本番を前に店頭で欠品はもったいない。生産計画が甘いんじゃないですか。
「そのようなご指摘は……真摯に受け止めますが、販売店さんにご迷惑をかけないよう確実なビジネスを心掛けているんです。無理して増産して売れ残ったり、ワゴンセールになるようなことはしたくない。慎重すぎると思うかもしれませんが、ブランドを壊したくないんです。逆に値上げの可能性ですが、ゴルファーの皆さんにご負担をかけるのも心苦しい。そのあたりのバランスが大事だと思っております」
販売店数はどれくらいですか。
「500店舗ほどで、半分が代理店経由になっています」
直販比率を上げたいでしょう。
「直販が増えれば増益になるかもしれませんが、一方でこの商品が育ったのは、代理店や小売店の協力があってこそなんですね。店舗数にしましても、増えれば価格競争に巻き込まれやすくなる。先ほどのバランスの話ですが、一時の衝動に駆られることなく、多面的に見ることが大事だと考えております」
熱血系に見えますが、実はクールヘッドなんですね。
「ゴルフ業界は3年ほどなので、いろんな方と協働して挑戦はしたいと思ってます。ですがディスブランディングにならないことが前提で、来年の夏物アンダーウエアは2割増を目指します。手堅いと思われるかもしれませんが、その代わり猛暑対策の派生商品として冷感グローブや冷感ハットの可能性も、視野に入れるつもりです。製品化は未定ですが」
キャディさんが涼しく小顔に見えるようなヘルメット作ります!
夏対策の話を広げると、キャディのヘルメットにもつながります。非常に過酷な状況で、これを何とか救いたい。
「是非、我々にお任せください!」
というのも、系列のトーヨーセーフティ(TS社)は工事現場用のヘルメットを作っている。キャディ帽の話の前にヘルメットについて教えてください。
「ありがとうございます。まず、当社のこだわりは『被り心地』です。長時間被っても首が疲れないよう、内側のハンモックにはフィットする軟らかい素材を使っていて、軽量タイプは300g台と非常に軽量です。次が『通気孔』で、風が通りやすい形状かつ、風を前頭部から後頭部に流す形なんですね。逆も同じで、特にアーチ状の通気孔が特殊です。あとは消臭性も重視しております」
驚いたのは送風機……ヘルメット用の小型送風機があるんですね。
「はい。10年前に1号機を製品化しまして、今回が4号機になるんです。ヘルメットの後部にカチッと取り付けるもので、小型のファンがヘルメット内に風を送る。TS社独自の技術が盛り込まれているんですよ。今年6月、事業者に対する熱中症対策義務が強化されて、各社とも多額な予算を投じています。特にヘルメットは蒸れるプラスチック帽を被ってる状態で、ファン付き作業着で上半身は涼しいのに肝心の頭部は熱がこもる。送風機はその解決を目指したものです」
ヘルメットメーカーは何社くらい?
「産業用ヘルメットメーカーは約10社ですね」
TS社は業界何位ですか?
「業界の上位に位置しています」
東さんはTS社の社長も務めている。キャディの「頭」を救ってください。
「非常にやり甲斐のあるテーマですね。TS社の売上はヘルメットが5割を占めるので、その強みを生かして工事現場だけではなく、他業界の人命を守ることにも貢献したいですから」
知人のキャディいわく、ヘルメットにドリルで穴を空けているそうです。某ゴルフ場経営者も、今のヘルメットだと深部体温、特に頭部が危険なので、どうにかしたいと話してました。
「そこは、当社がお役に立てると思いますので、早急に話し合いの機会を頂ければ来年の夏に向けて形にしたいです」
キャディ用ヘルメットとして工夫する部分は思い浮かびますか。
「実はTS社は20年ほど前、ヘルメットに簡易的なツバを付けるキャディ用の製品を作ったことがあるのですが、当時は被り心地や酷暑対策も施してなく、定着しなかったんですね。でも、あれからかなり進化してますし、ファッション性についてもキャ ディさんが『小顔』に見える形 状とか、現場の声を吸い上げれ ば発想が浮かぶと思います」
5年は守って攻めるが3年以内に新たな商材を開発したい
今、何歳ですか。
「34歳です」
同年代の経営者がゴルフ業界にも増えています。特にインドアは市場自体が若いだけに、若手経営者が凄いスピード感で成長している。
「だと思いますが、私は性格的に、あるいは前職のコンサル時代にも地道に市場調査をして、情報を精査し、コトを進めるタイプなんですね。そこは自分の弱みでもあり、変化が激しい時代では行動が遅くなることも自覚しています。ですが今は承継者としての責任、これまで社員が築いたブランドを壊さず、守ることが第一だと考えているんです。大胆な挑戦は魅力ですが、もっと経験を積む必要がありますので」
会長は、大胆に攻めるタイプですね。
「はい。父は大胆かつ、ダメな時にはすぐに方向転換できる。その連続性からアンダーウエアやグローブなど、ヒット商品を生み出しました。私はゼロから生み出した経験がありませんから、そこは現状、会長には及びません。ただ、会長の時代とは明らかに環境が変わってますし、私と同世代の経営者から刺激を受けることもあります。まずは守って、それから攻める。攻め時もイメージしてるんですが(笑)」
守りは何年間ですか。
「今は5年ぐらいの感じで見てますが、その間守りに徹するという意味ではなく、現有のブランド群を軸にした挑戦はしていきます。夏対策の派生商品もそうですし、キャディのヘルメットもそうかもしれません。会長が50にしたものを、40歳の手前までに100にしたい。そのように考えておりますので、ご指導のほどよろしくお願いいたします」