「名門志向」からのゴルフ場Re-Conceptのすすめ  TPC社長 飯島敏郎

「名門志向」からのゴルフ場Re-Conceptのすすめ  TPC社長 飯島敏郎
「名門ゴルフ場」とは何を意味するのか。その定義の曖昧さについて、長年ゴルフ場経営に携わってきた筆者は根本的な疑問を感じてきた。一般的な定義として、以下のような観点がよく挙げられる。 ・長い歴史と創設理念 ・有名設計家によるコース設計 ・トーナメント開催実績 ・会員選定と紹介制度の厳格さ ・接客・コースメンテナンスの高い水準 ・自然と調和した立地 ・エチケットやマナーを重視した運営 ・都市圏からのアクセスの良さ ・周囲に人工構造物がない環境 これらを満たせば名門であるとの考えもあるが、実際にはこれらの条件を備えないまま〝名門〟と称されるケースもある。また、時代と共に価値観が変わるなか、「名門」という言葉自体が曖昧で、相対的なものとなっている。 しかし筆者は、名門を「ステータス」ではなく「文化」として捉えたい。安易な伝統の模倣ではなく、クラブ独自の〝哲学〟や〝姿勢〟を表現するものではないか。それがあればこそ、現代の名門にふさわしいのではないか、と思うのである。

コンセプトの5分類

現在、多くのゴルフ場が過去の名門倶楽部の形をなぞろうとする。しかしそれが現代の多様なゴルファーの心を掴むとは限らない。以前言及したが、例えば「関東七倶楽部」や「九大ゴルフ倶楽部」といった歴史ある倶楽部に倣う姿勢は、一見格式を感じさせるが、独自性を欠いた「名門風」の印象しか残さない危険性もある。 むしろ、自クラブ(ゴルフ場)がどんな価値を提供し、どんな体験を通してファンを生み出すかを問い直すことに、今日的な価値創造の本質がある。つまり「名門になろう」と観念的に模索するよりも、「どのように選ばれる存在になるか」という、根本のコンセプトを定めるほうが先決なのだ。 ゴルフ場の方向性を再設計するには、まず自らの立ち位置を明確にする必要がある。その際筆者は5つのカテゴリーを重視している。 ・メンバーシップコース:排他性と誇りを提供する高品質空間 ・パブリックコース:誰でも気軽にプレーできる開放性 ・トーナメントコース:戦略性と競技性を重視した設計 ・リゾートコース:景観と非日常体験を楽しむ余暇型 ・ホリディコース:コストを抑えた気軽な娯楽型 この分類に基づき、自クラブの特徴や強みに合った付加価値を上乗せすれば、他との明確な差別化が可能になる。 例えば「メンバーシップコース」の場合は、高級感とホスピタリティを追求する。「リゾートコース」は自然美やリラックス感を演出するなど、根本を定めれば戦略は明確になる。逆に曖昧な〝名門志向〟のままでは方向性を見失う。 1980~90年代のバブル期について、その評価は功罪あるが、少なくとも当時のサービスには学ぶべき「おもてなし」の心があった。高い料金に見合ったサービスは、朝の出迎えに始まり、ラウンド中の気遣い(当時はキャディ付きラウンドが基本)、帰り際の見送りまで「おもてなし」が徹底された。 現在は自動精算機が主流となり、一部のゴルフ場ではセルフチェックインが進んでいる。効率性は高まったが、一方で人間的な接点が失われていることは否めない。とくにチェックアウト時は、感謝の気持ちを伝え、次回来場への期待を生む最後の接点である。

「見送り7割」がつくる印象の深さと老舗旅館の教訓

「出迎え3割、見送り7割」は、接客業における黄金律とされている。心理学では「ピーク・エンドの法則」と呼ばれ、人は体験の最後に受けた印象によって全体の評価に大きな影響を及ぼす傾向がある。 筆者にとって老舗旅館の「おもてなし」は、その本質を最もわかりやすいかたちで表していると感じる。 チェックアウト時、女将が旅館の門前で手を振って見送り、バスが完全に見えなくなるまでその姿を保ち続ける。その光景に心が動かされ「また来よう」と誰もが心を動かされるものである。 ゴルフ場も同様だ。プレーヤーが楽しいラウンドを終え、満足した気分でクラブハウスを後にする。その瞬間こそ、再来場に繋がる絶好のタイミングなのである。にもかかわらず、無言の精算、自分でキャディバッグを探し、誰にも挨拶されずに帰るとなれば、その満足感も徐々に薄れてしまう。 ところが、フロントのスタッフが一声かけるだけでも印象は大きく変わる。「本日はご来場ありがとうございました」「次回もぜひお待ちしております」それだけで、顧客の記憶に温かさが残る。さらに感想を尋ねたり、次回のコンペの提案をしたりすれば、「接点」は再来場の機会にもなる。 このような「最後のひと手間」が顧客との信頼を築き、次なる来場を生む〝記憶に残るゴルフ場〟を形作っていく。

価値観の変化と再構築

時代の変化とともに、ゴルフ場に求められる価値観も変化している。80年代のバブル時代には、接待相手の自尊心を満たす豪華さが重視された。その後日本は失われた30年に突入し、格差が広がる一方で、多様性が求められてもいる。むろん「昭和のゴルフ」に馴染んだ層は今後激減していく。 そんな時代だからこそ、「名門」という過去のイメージを追うのではなく、自らの立ち位置と理想の体験を明確に描き直すこと。それが今、ゴルフ場に求められている姿勢ではないか。 Re-Concept―。それは単なる再設計ではなく、文化と精神性を再構築する試みである。そしてこの実践こそが、未来の「名コース」を育む礎となるに違いない。 本連載はここで一度、筆を置く。1年間、お読み頂きありがとうございました。いずれまた、再開したいと思います。
この記事は弊誌月刊ゴルフ・エコノミック・ワールド(GEW)2025年9月号に掲載した記事をWeb用にアップしたものです。なお、記事内容は本誌掲載時のものであり、現況と異なる場合があります。 月刊ゴルフ・エコノミック・ワールドについてはこちら