60万円など高額なチケットから売れて行った。中身に期待できれば、ファンはお金も時間も労力も惜しまない。米ツアー初の日本開催となった「ZOZO CHAMPIONSHIP」(千葉・習志野CC)は集中豪雨により最終ラウンドのプレーが月曜日までずれ込む関係者泣かせの展開となりながらも大ギャラリーを動員。
世界のトッププロによる真剣勝負が見られるなら、ファンは足を運ぶ。その舞台裏を、照らす。
「PGAツアー国内初開催」のうたい文句
仮にAさんとしておこう。30代の女性で、大会2日目のチケットを持っていた。
大会初日の木曜日は、平日にもかかわらず1万8536人という国内ゴルフイベントでは最大級のギャラリー動員を記録。朝の千葉ニュータウン中央駅ではギャラリーバスの待ち時間が2時間。印西牧の原駅からが1時間、などの情報がネット上にあふれていた。
SNSから流れ出る情報もAさんの心を掻き立てるものばかり。こんな状況を見たAさんは、木曜日の夜、一大決心をする。終電で北総線の「印西牧の原」まで向かい、徒歩でゲートまで行くという荒業に出たのだ。
駅からは暗い夜道の一人歩き。普段であれば相当危険な選択に思えるが、この日は前後にAさんと同じ選択をしたファンがいたため、怖い思いはせずにすんだという。
ゲートに着いたのは夜明け前。この時、すでに数名が先着していたというからスゴイ話だ。
雨の中、駅前にも続々とギャラリーが到着。大行列ができたが、朝6時半に豪雨のためこの日のプレーは順延となることが決定。Aさんにとっても、泣くに泣けない結果となった。
日本のトーナメントではめったにない現象。Aさんもそうだが、ふだんはゴルフトーナメントに見向きもしない人が観戦チケットを手に入れ、徹夜でゲートに並ぶという行動を起こしている。
大会の規模も国内で行われる通常のトーナメントとは比較にならない。ボランティアは1日500人。通常のトーナメントなら120人程度だから4倍以上だ。ガードマンは1日400人、メディアの登録者数は1日300人(うち日本人200人)。通常は多くても50〜60人だというから、すべての面で「大体4〜5倍の規模」ということは言えます」(メディア担当)。
「距離じゃないでしょ」
関係者によれば「ZOZO CHAMPIONSHIP」の習志野開催が決まったのが昨年の12月。36ホールから18ホールの使用ホールがピックアップされ本格的なコースセッティングに入った。
米ツアー側からコース管理の責任者として派遣されたのがデニス・イングラム氏。メジャー競技を含むゴルフ場のコース整備に携わり、東京五輪に向けて霞ヶ関CCのコースセッティングにも深く関わっているアグロノミスト(土壌と農作物の専門家)だ。
イングラム氏は2~3か月に1度のペースで来日。習志野CCを経営するアコーディアグループのエリアコースマネジャー・瀧口悟氏が率いるコース管理チームと連携しコースを仕上げて行った。
圧倒的な飛距離を持つ世界ランカーたちが来日するとあって、日本サイドは36ホールの中でも距離のタップリある18ホールの使用を考えていた。
だがPGAツアー側の返答は「距離じゃないでしょ」だった。
「条件はすべてのホールでいろいろなクラブが使えること、300ヤード先の着弾点が見えること。470ヤード取れても、木の上を狙っていくぐらいなら、レディースティーの320ヤードを使おうよ、という主張でした」(前出の瀧口マネジャー)。
選手には多彩なテクニックを求め、ルーリングのトラブルを減らすために着弾点を見えるようにする。スムーズな進行にも重きを置いているわけだ。
コースセッティングにも違いがあった。
「今回大変だったのが、フェアウエーを右に寄せてくれ、とか左に寄せてくれ、という注文。本来野芝が生えているラフが高麗のフェアウエーになる。またその逆もあるわけです。ランディングエリアは35ヤードの幅で、フェアウエーと池の間にラフは作らない。リスクを取って池を越えたのなら、そこはフェアウエーでなければ、という考え方です。」(同)
今回は18ホールのうち3ホールだけ芝種の違うサブグリーンを使用していた。その仕上がりも他の15ホールとほぼ同じにしてしまうのだから、日本の技術ここにあり、だ。
アコーディアのスケールメリット
そんな作業が続く中、試練は次から次へと襲ってきた。9月9日の台風15号から台風19号の被害もあり、復旧作業も継続せざるを得なかった。
初日は滞りなく終わったものの、金曜日のプレーは中止。第2ラウンドは翌日に順延された。この後、一番低いところにある10番のフェアウエーに水が集中。池があふれ、フェアウエーは完全に水没した。コース内外で危険な場所が発生し、土曜日は観客の安全を考慮し無観客試合で行われることが決まった。
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金網越しに声援を送るファンたち[/caption]
ここからがすごかった。土曜日の午前3時半。100人の応援が、グループのコースから集められ、総勢130人が作業を開始した。バンカーはポンプ12台を使って排水し修復。プレー可能な状況に仕上げてしまった。
10時スタートの45分前に1番から、カップ切りが始められた。130コースを擁するアコーディアのスケールメリットが、最大限に生かされた。
10番のパー4は、フェアウエーが冠水したため370ヤードから140ヤードに短縮。「米ツアーのスタッフは決断する際に、捉われないし、こだわらない。そういう姿勢が、10番の距離変更にも現れている」(瀧口)。
選手からも「今日できるとは思わなかった」と驚きと称賛の声が贈られた。
第3ラウンドと最終ラウンドが行われた日曜日は2万2678人の大ギャラリーが詰めかけ、PGAツアーの生のプレーを堪能。72ホールで試合を成立させたことに対しては、選手たち以外からも称賛の声が上がっている。
その一方で、第1回大会ならではの不備も目立った。「いただけないのはギャラリープラザ。屋根がないので、みんな傘をさしながら食べていました」(練習日に観戦したメーカー関係者の話)。
ギャラリー駐車場にも不満の声が多く聞かれている。舗装されていないため、雨のために泥沼となった。「泥だらけになったベンツが、SNSにアップされてました。駐車場付きで5万を超える入場券を買ったのに悲しいですよね」(ゴルフ業界関係者の話)。
月曜の朝7時30分から、最終ラウンドの残りが開始され、タイガー・ウッズが完全優勝で通算82勝目を飾り、サム・スニードのツアー最多勝記録に並んだ。
悪天候に見舞われ、試練に満ちたPGAツアー日本初開催。これを経験したことで、日本のツアー関係者周辺の経験値が上がったことだけは間違いない。後は、これをどう生かすか。いい試合ならギャラリーが集まることがわかった今、やるべきことは山積している。