「河川敷ゴルフの危機」が教える「3ホールのゴルフ場」の価値

「河川敷ゴルフの危機」が教える「3ホールのゴルフ場」の価値
埼玉県内の荒川流域で営業中の4コースが深刻な問題に直面している。治水事業により、借りている土地の占用許可が解除になってしまうからだ。今あるゴルフ場用地を国に返せというワケだ。治水も大事で、もはや解除は避けられない状況。ならば規模を縮小してでも存続の道を探ろう。首都圏には1~3ホールのミニゴルフ場が、もっともっとあっていい。

元々ゴルフは1ホール単位

日本の河川敷ゴルフ場第1号・岡山霞橋ゴルフ倶楽部のホームページに、こんな記述を見つけた。 「昔々、スコットランドではコースは1ホール単位で、同じホールのティーとグリーンを繰り返しプレイして遊んでいました。ふと隣を見ると、同じように遊んでいて、ふたつ繋いだらもっと面白くなり、3ホール、9ホールと繋いで9ホール単位となった話があります」。(原文ママ) 岡山霞橋の生い立ちも、それに似る。1930年(昭和5年)に高梁川の河川敷に、日本では12番目のゴルフ場として産声を上げた。 当時の名称は吉備ゴルフ場。3ホールでスタートしたのち翌年に3ホール、3年後に9ホールまで延長。岡山ゴルフ俱楽部に改称後、戦後18ホールに延長され現在の名称となっている。 岡山霞橋が3ホールなら、日本最古の神戸ゴルフ倶楽部が生まれた時は4ホール。岡山霞橋誕生からさかのぼること29年前の1901年、六甲山上に誕生しホールを増設していった。 関東に河川敷ゴルフ場ができるのは翌1931年。9ホールの学士会ゴルフ倶楽部が赤羽の河川敷に誕生する。諸説はあるが、ゴルフにはもともと18ホールの概念なんてなかったのだ。 これを踏まえた上で、河川ゴルフ場の問題をとらえたい。第2次大戦後の1954年に川口GC、1956年には学士会ゴルフ倶楽部の跡地に36ホールの東京都民ゴルフ場が誕生。設計は日本のゴルフ場設計の父、チャールズ・ヒュー・アリソンの流れを受け継ぐ上田治が手掛けた。 その後も続々とゴルフ場が誕生し、今や荒川の河川敷には12コース259ホールがレイアウトされ、ゴルファーたちを楽しませている。その中で今回、占用解除の対象となっているのは、以下の4コース。多くのゴルファーにとって、愛着のあるゴルフ場ばかりだ。 アコーディア・ゴルフグループのノーザンカントリークラブ錦ヶ原ゴルフ場(43ホール、パー173)、PGMの川越グリーンクロス(27ホール、パー107)、大宮カントリークラブ(27ホール、パー108)大宮国際カントリークラブ(45ホール、パー180)となっている。4コースのホールを合計すると、荒川の総ホールの5割。 この4コースに「荒川第二・第三調整池事業」の影響が出る。国土交通省から出されているコースの占用許可が、部分的に解除されることとなったからだ。 今回の事業の目的は、2019年2月28日に国土交通省荒川上流河川事務所が出している「平成30年度着手『荒川第二・第三調整池事業について』」という資料に詳しい。 「荒川流域は、東京都と埼玉県にまたがり、流域内には、日本の人口の8%が集中しています。特に埼玉県南部及び東京都区間沿川は人口・資産が高密度に集積している地域となっています。荒川の治水安全向上のための抜本的な対策として、広い高水敷(堤防と川が流れている間のエリアのこと)を活用した調整池の整備に着手しました」。 要するに、今あるゴルフ場の一部にカラの池を作っておき、増水した際にはここに溜め、氾濫の被害を減らすわけだ。 荒川はすでに平安時代から被害の記述があるほどの「荒れる川」。一昨年の台風19号の被害も、記憶に新しいところだ。 この時は岩淵水門が閉められたことで下流域が一気に増水。ゴルフ場やグラウンドなどの多くの施設が川底に沈んだ。 今後も予想される集中豪雨による被害を減らすことが、今回の目的。さいたま市、川越市、上尾市を流れる荒川の、河川敷の一部(760ヘクタール)に洪水の一部を流れ込ませる調節池を作り、洪水時の水位上昇と下流に流れる量を抑え、堤防の決壊リスクも減らす計画だ。 荒川にはすでに治水量3900万㎥の第1調整池があり、今回作られるのは第二・第三の貯水池。新たな二つの調整池の治水量は5100万㎥に達する。事業期間は2030年度までの13年間。総事業費も1670億円に上る。 この工事にゴルフ場の一部が使われるため、占用許可の解除がなされるわけだ。

影響を受けるのは38万人?

ゴルフ場にとっては敷地の一部が使えなくなってしまう一大事。この先、使用できるホールは確実に減り、予約が取りづらくなる事態も予想される。 不便さを味わうことになるのは、河川敷のカジュアルなプレーを愛するゴルファーたちだ。それはかなりの数に上る。 年間の利用者を順に挙げてみよう。ノーザンCC錦ヶ原は13~14万人、川越グリーンクロスは7万5000人程度で、大宮CCが約7万人、大宮国際が約10万人(数字はいずれも推定)。いずれも首都圏の人気コースならではの数字だろう。合計すれば、その数は実に37〜38万人に及ぶ。 治水事業はもちろん大事。ゴルフ場の関係者からも「治水と言う大義名分の前には、占用許可の解除も致し方ない」という声も確かに聞いた。そもそもそういう契約であることもわかっている。 だが高齢化社会で健康寿命の大切さが浸透する中で、健康にプラスなゴルフの良さは、もっとアピールされるべき。コロナ禍ではメンタルヘルスも含めてなおさらその重要性が増す。 河川敷のゴルフには歴史があり、文化があり、雇用がある。多くのコースでジュニアの大会が開かれており、子供の頃から荒川のコースでプレーし、プロになった選手も少なくない。 あの青木功も、下流にある東京都民ゴルフ場で育ったプロの一人。金井清一もこのコースで修業し、トッププロの仲間入りを果たしている。 東京都葛飾区出身で名門日大ゴルフ部を経てプロとして活躍している牧野裕も河川敷で育った。「中学に上がる前の春休みに、初めてゴルフをしたのが江戸川ライン松戸ゴルフ場。中三の時に、ノーザン錦ヶ原で予選を勝ち抜き、日本ジュニアに初出場したことを、今でも思い出しますね」。 日大ゴルフ部出身で牧野の後輩にあたる松下健氏(マグレガーゴルフジャパン企画開発部課長)もこう語る。「学連の新人戦の予選は男子が大宮国際で女子がノーザンでした。河川敷には生活感があって、独特の雰囲気があるんですよね」。 女子プロゴルファーの馬場由美子は福岡県育ちだが「小学校1年の頃から河川敷で育ちました。100を切れるようになって、ようやくメンバーのゴルフ場でプレーできるようになったんです」。 河川敷に余剰スペースがほとんどなく、ゴルフ場を増やすことが絶望的な現状に照らせば、今ある財産を減らさない努力もまた必要だ。コロナ禍で密にならず太陽の下で健康的にプレーを楽しめるゴルフが見直されている今こそ、低価格でプレーできるムニンシパル(公営)のゴルフ場を増やしていくべきではないか。そのためにも国交省などだけでなく、地方自治体の協力を取り付け、並行してゴルフの底辺を拡大し、世論を盛り上げることが必要になる。 ■小川朗の目 取材の中で上滑りした会話の末に、最後はこんな話になった。 ―〇〇さん(国土交通省関係者)はゴルフをしますか? 担当者 以前はやっていましたが、やめました。 ―それは何か理由でも? 担当者 我々の立場ですと、業者の方などとゴルフをしてしまうといろいろと問題もありますので▼問題と聞いてこれは国家公務員倫理規定を指すのだと、ピンときた。もう20年も前の話だが「ノーパンしゃぶしゃぶ接待」やゴルフ接待などもふくめた国家公務員の不祥事が相次いだ。このことから公務員の倫理保持のためとして利害関係者とゴルフをすることの禁止等が条文化され、2000年4月1日から施行された▼霞ヶ関でもうすぐ定年を迎える友人はゴルフをするが、やはり相手を選ぶ。「一番つらいのは、ゴルフを勧めてくれた先輩が民間企業に天下ってしまうと、一緒にプレーできなくなることでした」▼この話を聞いて、そっけない対応をした担当者の気持ちが少しだけわかる気がした。自分が自由にプレーできないためにやめてしまったスポーツを、果たして心の底から応援したい気持ちになるだろうか。 ■プロフィール 小川 朗(おがわ・あきら) 山梨県甲府市生まれ。甲府一高→日大芸術卒。82年東スポ入社。「世界一速いゴルフ速報」の海外特派員として男女のメジャー大会など通算300試合以上を取材。同社で運動部長、文化部長、広告局長を歴任後独立。フリージャーナリストとして本誌を始め、デイリースポーツ、日刊ゲンダイでも連載中。㈱清流舎代表取締役COO。東京運動記者クラブ会友。日本ゴルフジャーナリスト協会会長。「みんなの介護」にも連載し、終活ジャーナリストとしての顔も持つ。自殺予防学会会員。
この記事は弊誌月刊ゴルフ用品界(GEW)2021年2月号に掲載した記事をWeb用にアップしたものです。なお、記事内容は本誌掲載時のものであり、現況と異なる場合があります。 月刊ゴルフ用品界についてはこちら