「水中球拾い」が海洋問題解決に?
環境問題に対してユニークな取り組みをする企業も現れた。センサー技術の専門企業、ドットブラボージャパンである。
同社は新型コロナをきっかけにゴルフ業界へ参入しており、主力商品はゴルフ場等の入口に備える顔認証検温器の『QHT』だが、今秋を目途に「ボール回収水中ドローン」を発売予定。エンジニアの御厨(みくりや)裕氏が説明する。
「水中ドローンは水中を撮影できる小型無人機で、遠隔操作で撮影しますが、撮影だけではなく『作業をさせる』のが特徴です。今回の製品はゴルフ場の池に放置されたボールを回収するもので、4月中旬、朝霧ジャンボリーGC(静岡県)で初回のテストを行いました」
と聞けば、活用範囲はゴルフ場の池と限定的だが、実は大きな青写真を描いている。
海中に漂う「エギ」(ルアーの一種)の回収テストも行い、これを応用すれば海洋問題で深刻化するマイクロプラスチックや、漁網に掛かる死んだ魚の回収など、今はダイバーが行っている作業の大半を肩代わりできる可能性があるという。
「環境問題だけではなく、人間が行う危険な作業も代行できるので、多くの用途が考えられるでしょう」
ゴルフ場の池で不審な人物が遠隔操作をしていたら、それは壮大な夢を描くエンジニアの御厨さんかもしれない。
他社を大きくリードするアディダス
一方、リサイクル素材を商品化して、早くも成果をあげた企業がある。環境先進国ドイツのアディダスだ。同社は企業理念に「End Plastic Waste」を掲げてバージンプラスチックの使用量削減や、リサイクル素材への切り替えを急ぐ。2015年から海洋保護団体との協業で、海洋廃棄物を使ったリサイクル素材の開発や商品化も実現している。
その代表格が2019年発売のゴルフシューズ『ツアー360 XTパーレイ』である。「世界初」と銘打ったリサイクル素材のゴルフシューズで、発売後に欠品が相次ぐヒット商品になった。PR担当の田中温子さんが強調する。
「当面の目標は全商品にバージンポリエステルを一切使わず、100%リサイクル素材に切り替えることです。単に素材を替えるだけではなく、従来の素材と同等かそれ以上の性能を担保することが商品開発の基本。長期的な目標は、土に還すことができるエコサイクル素材への切り替えで、日々研究開発を行っています」
環境意識が高い企業だけに、社員一人ひとりの行動もサステナブル。それだけにゴルファーに向けては、
「環境問題は個人個人の意識が本当に大事。マイボトルの使用や自身のランドリーバッグ持参、スマホのスコア管理など小さなことを積み重ねることで、環境保全につながると思います」
アディダスが挑戦するエコ素材開発は様々な企業が取り組んでいる。プラスチックティーの素材にコーンスターチ(澱粉)を配合し、樹脂素材との適正配分を探るなどが一例だ。素材が植物由来だけに100%のプラスチック製品よりはエコといえるが、生分解で土に還るまでには至らず、研究開発が続けられる。
どの産業も同じだが、技術者にとっての最大の課題は「テーマの発見」といえるだろう。話は多少横道に逸れるが、ドライバーの開発は過去数十年、一貫して飛距離の追求に絞られてきた。新たな視点を得られないことが、クラブメーカーの停滞を招いている。
開発者の発想は袋小路に入ってしまい、中古クラブとの差異が少ないことから、中古が新製品需要を侵食する現象も起きている。
ここから脱却するには新たな開発の視点を得ることで、エコ素材への取り組みは新たな源泉となるはずだ。環境問題の専門家でもある青森山田学園の岡島理事長は、
「今後、環境に優しくない商品は売れなくなります。消費者の環境意識が高まるほど、その意識が高い企業の商品を買う。その意味で『環境』は、ブランディングに必須の条件なのです」
「環境」は、開発者に新たなテーマを与え、ブランディングの要諦ともなる。
土に還るボールを商品化したい!
ボールメーカーの対応も気になるところだ。国内大手の住友ゴム工業とブリヂストンは、周知のように世界的なタイヤメーカーであり、企業体質として環境問題への意識が高く、その流れでゴルフボールのエコ化を研究する土壌がある。
これは横浜ゴムも同様で、子会社プロギアの松浦芳久常務は、
「横浜ゴムグループ全体で、高い基準を設けています」
と前置きして、次のように続ける。
「全事業のプロセスにおいて環境負荷最小限の活動があります。製品の設計審査段階で『温暖化防止』『資源再生・循環』『省資源』『安全・快適性』の評価を行うもので、これらは環境貢献商品の提供が目的です。当然、ゴルフ事業も同じ流れです。ゴルフ業界には有害物質などの明確な基準・規制はありませんが、当社はグループの基準に則っています」
たとえば、クラブヘッドの重量調節等に使われるウェイトや塗料の一部には鉛成分が含まれており、廃棄段階で環境への負荷が指摘される。これを見直し、鉛成分の大幅削減を達成したり、クラブヘッドのWAX成型金型における「脱鉛化」にも取り組んでいる。
「大事なのは生産段階だけではなく、廃棄まで想定して環境負荷を如何に減らすかなんですね。メーカーとして、継続的に努力すべき課題です」
次にブリヂストンスポーツの話を聞いてみよう。伊藤和徳シニアマネージャーの説明だ。
「タイヤは路面と接する部分のゴム(トレッドゴム)の表面を削って、その上に新しいゴムを貼り付けてリユースした『リトレッドタイヤ』を生産しています。『台タイヤ』を再利用できるので材料も少なく環境貢献につながります。ゴルフボールにつきましては、国内工場はVOC(揮発性有機化合物)の削減を掲げてトルエン、フロン、ベンゼンなどの不使用」
また、バリや研磨など生産工程で出た粉や、コンマ数%発生した不良品をリサイクルして次の商品に生かす工夫もあるという。
ボール箱の表面にラミネートフィルムを使わない、カバー材は素材自体に着色してあり、塗料の削減につなげるなど、ひとつひとつは細かいが、大量に生産するだけに全体的には大きな成果をあげている。
「個人的にはこれらの技術を応用して、いずれ水や土に還るボールを開発できれば最高だと思います」
一方の住友ゴム工業は、全社的に4本の柱が環境活動の骨子になる。「CO2排出ゼロ」「プラスチック削減」「天然ゴムのサステナブル化」「水資源の有効活用」がそれで、この上にスポーツ事業独自の活動が乗る形だ。企画業務部の平野敦嗣部長が語る。
「ゴルフとテニスのボールは、ゴムと樹脂の分野でバイオマス素材の研究をしています。全社に占めるスポーツ事業の売上は9%ですが、プラスチック系の包装材はかなりの割合がスポーツなんです。そこで、以前はキャディバッグの型崩れ防止に入れていたビニール袋を段ボールに替えました。輸送中にクラブ同士が当たらないようプチプチの緩衝材も入れますが、形状を丸から六角形にするとビニールの使用量を2割ほど減らせます」
プチプチの形にまでメスを入れる。涙ぐましい努力といえるだろう。
3年後に描く理想のゴルフ界
以上、3回にわたってゴルフ界のエコ活動を紹介したが、最後にゴルフ界の「3年後の理想像」を紹介しよう。環境危機が叫ばれる中、縁あってゴルフ産業で働く業界人は、近未来をどのように夢想しているのだろうか?
「我々が子供たちに伝えるべきは、将来の希望です。豊かな自然の中で営む生活、ゴルフを通じて老若男女が集えるコミュニケーション。緑に囲まれたゴルフ場の傍で生活や仕事ができる空間の創造が理想です」藤倉コンポジット渡辺部長)
「ゴルフ場や練習場にEV車の充電スタンドを設置したり、カートにソーラパネルをつける。あるいは、みんながマイボトルやランドリーバッグをふつうに持参する光景もいいですね。空想ですが、スイングやインパクトで発生するエネルギーが生活に還元される社会も魅力的です」(キャロウェイ菅野ディレクター)
「夢ですが、リサイクル素材のゴルフギアを作りたい。シューズやバッグはありますが、クラブやボールで実現したいです」(住友ゴム工業平野部長)
「セントアンドリュースを訪れた際、近隣住民が犬の散歩でコースを歩く光景に驚きました。自然・ヒト・ゴルフ場の共生を目の当たりにして、日本でも学校帰りの小学生がランドセルを放り投げてゴルフ場で遊ぶ光景。そんな姿を見たいですね」(朝日ゴルフ内本社長)
「超高齢化社会と都市部への人口密集。この2点が課題だと考えたとき、ゴルフ場を中心とした街づくりもイメージできます。ゴルフは生涯スポーツなので、高齢者と子供のコミュニケーションも図れます。若年層が感じる敷居の高さを解消して、誰でも気兼ねなく楽しめる環境を想像します」(グラスト大道社長)
念ずれば通ず。
今はそれほど目立たないが、ゴルフ界の水面下では環境意識が高まっている。それに関わる活動も、SDGsに則る形で随所に見られるようになっている。
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