コロナ禍で止まっていたゴルフ界注目のプロジェクトが動き出す。世界各国が外国人観光客の受け入れに舵を切り、日本にもゴルフ・観光・宿泊が一体となったゴルフツーリズムの解禁の日が迫ってきた。そうなれば国内における都市部から郊外への移住傾向にも拍車がかかり、真の地方創生への大きなうねりも生まれる。その推進役となる存在が、津カントリー俱楽部だ。
18番からわずか40ヤードのところに半露天風呂
湯舟に浸かり、両足を思い切り伸ばしながら息を大きく吸い込むと、ヒノキのいい香りが鼻を突いた。
フェアウエーから、グリーンへと渡ってきた風が、顔に当たって心地良い。スライドドアを完全に開放した、半露天風呂だからこそ味わえる解放感に満たされる。
10月某日。まだ、時計は朝の6時を回ったところ。わずか40ヤード先に横たわる最終ホールのグリーンが、朝日を浴びてきらきらと輝き始めた。湯舟から立ち上がり、視線を右側に移すと、広大な森が広がっていた。
ここが三重県の県庁所在地・津市の中心街からわずか20分の場所にあるとは、ちょっと信じがたい。このゴルフ場の最大の強みは、立地条件と周辺の自然環境にある。
それを最も実感できるのが、18番グリーンの奥に建てられた、3棟からなる「KATADA Lodge&Villa」なのだ。津カントリー倶楽部を中心としたゴルフツーリズムの目玉でもある。
クラブハウスに最も近いエリアに建てられているのがツインベッドルーム4室からなるロッジ。冒頭に登場した半露天風呂がある「Villa Ha-nare」はカップル2組でも、家族連れでも滞在が可能な2つのベッドルームを備えた完全1戸建ての宿泊設備だ。
その間にあるのが施設の心臓部とも言える「19番ホール」。対面キッチンのバーカウンターにダイニングエリアが備わり、リラックスして飲食と会話が楽しめる。
今回のプラスアルファは、コロナ後の世界的な「リベンジ消費」にジャストフィットするであろうゴルフツーリズム。このテーマと10年に渡り取り組んできたのが、津CCの小島伸浩副社長だ。
だがここまでの道のりは、けして楽なものではなかった。
「津市には当時、三重県内77コースのうち22コースがありました。千葉県市原市が33で最も多く、次に兵庫県の三木市が25か所で西日本一。津も22か所と多くて全国4位か5位にランクされていたのですが、市長はゴルフツーリズムのような新しいことには興味がなかった」(小島氏)。
韓国から年間1万人以上の宿泊ゴルフ客
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18番ホール[/caption]
そんな時、小島氏は津市内で白山ヴィレッジゴルフ倶楽部などを経営する福田正興社長から、すでに韓国から年間1万人以上の来場者がいる事実を聞かされた。インバウンドで成功しているゴルフ場がすでにあったのだ。
しかし小島氏は福田氏から意外な本音を聞かされた。
「福田さんは『もともと国際交流とかインバウンドとかの意識はなかった』と言うのです。白山ヴィレッジは36ホールあって近隣2コースと合わせ1日800人がプレーできた。でもホテルは500部屋もある。『ゴルフ場が満杯でもホテルがガラガラだとうちは赤字。必然的に宿泊ゴルフを売らなきゃいけないから台湾や韓国からのお客さんが増えてきた』というわけです」。
ゴルフツーリズムは耳慣れない言葉でも、2010年以前からインバウンド1万人以上という数字は行政サイドとしても無視できない。
「これはゴルフが目的で来ている人々の数字。ゴルフツーリズムがインバウンドに有効だと僕らが提起して、県がそれを認めてくれた」。
小島氏は2014年、日本ゴルフツーリズム推進協会(JGTA)を立ち上げる。ちょうど2016年の伊勢志摩サミットを控え、県を挙げての準備が進んでいる時期だった。小島氏はそのタイミングでJGTAの白石武博会長とともに三重県の鈴木英敬知事を表敬訪問。「サミット開催国はゴルフ先進国です」と説明したとたん、知事は即座に反応した。
「『知事は)『県の海外誘客の目玉として、ゴルフを取り入れよう』と1分で決めてくれました」。
サミット終了後、2018年に約40か国が参加して、第1回日本ゴルフツーリズムコンベンションが開催される。この時に合わせて完成したのが、冒頭に登場した「KATADA Lodge&Villa」だった。
最初の宿泊客は同コンベンションの主催者であるIAGTO((国際ゴルフツアーオペレーター協会)のピーター・ウォルトンCEOだった。
「彼の団体だけで年間3000億円くらいのゴルフツアーを組んでいます。ロッジの初日は世界一ゴルフツーリズム界で有名な人物である彼を泊める。それが僕の作戦でした」。
しかも伊勢神宮の「式年遷宮」には環境意識の高いゲストほど興味を示すことも分かった。この永遠に続く20年ごとのサイクルに感動するというのだ。
ゴルフツーリズムに取り組む過程で得たものも大きかった。「自治体や国との取り組みもその一つ。ゴルフ場以外の周辺観光を勉強して、提案もしなきゃいけない。焼肉を食べたいとか、寿司を食べたいとか、そういう要求に応えるため地域の飲食店とのネットワークも築く必要もある。そのうちに改めて移住・定住のヒントもいただいたのです」。
ゴルフだけで、津が移住の条件を満たすわけではない。「3分の2は子供の生活環境と家族の健康です。東京で一番高い野菜は無農薬。田舎なら安くいいものも手に入ります。農業とゴルフを合わせた形でお迎えできれば、ニーズは上がると思いました」。
ゴルフ場の近くに住み、農業にも従事するライフスタイルの提案だ。「農地をお借りしたり、ゴルフ場の一部を農地化して管理したりしています。移住してくるメンバーさんのために、共同農園をゴルフ場の周辺に作る計画もあります」。
アフターコロナで都市部の一極集中から地方分散型へのシフトが始まっていることも追い風になる。「(コロナ前は)会社の肩書や高収入、タワマンに住むなど都会中心の基準が評価されていました。でも空気が悪いし、通勤は立ちっぱなしで時間も無駄になる。リタイヤ後などは交友も減りデパ地下のお惣菜を肴に、一人高級ワインを飲む生活が果たして楽しいのでしょうか。郊外に住みゴルフ仲間と毎週末パーティーをする生活の方が、はるかに良いのでは」。
インバウンドが活況を呈すと同時に、選択の時もやってくる。
取材後記
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津カントリー倶楽部 小島伸浩さんとしおりさん(右)ご夫妻[/caption]
小島さんはインタビューの最後をこう締めくくった。「かつてはグッドゴルファーを育成することを目指していましたが、最近はゴルフ場の役目は、ゴルファーとその家族を幸せにすることだと考えるようになりました」▶そんな考え方の根底にあるのが「南アの黒ヒョウ」と呼ばれたグランドスラマー、ゲーリー・プレーヤーとの再会。1990年にジャック・ニクラウスのシニア入りを記念してハワイ島で行われたスキンズマッチのパーティーでのことだった▶この時、小島さんは幸運にもプレーヤーと食事をする幸運に恵まれた。「ゲーリーさんは5つのメッセージの最後に『ビー・ハッピー』と書いてくれたんです。『これが一番大事なんだ。幸せな家庭を築けなければ、スターになることは意味ないんだ』との言葉を添えて」(小島さん)▶それから25年後となる5年前、プレーヤーがレッスンのイベントで来日した際に小島さんは妻子を連れて東京のパーティー会場で再会を果たした。「うちの息子にもサインをしてくれたんですが、変わらないゲーリーさんの精神と幸せそうな表情を見て、25年前にもらった合い言葉に間違いないと思ったんです」。地域や行政との取り組みにも手ごたえをつかんだ小島さんに、迷いはない。
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1990年にG・プレーヤーから小島さんに贈られた直筆サイン入りメッセージ[/caption]
【DATA BOX】
▷津カントリー倶楽部
住所 〒514-0077 三重県津市片田長谷町30番地
電話番号 059-237-3580
公式ウエブサイト http://www.tsu.co.jp
設計・監修 尾崎将司・佐藤謙太郎
18ホール 7023ヤード、パー72
練習場 200ヤード・15打席
《宿泊施設》
KATADA Lodge&Villa(ゴルフ場内)
公式ウエブサイト
https://katadalodge.com/
電話番号 0120-80-3700
《アクセス》
電車の場合
JR紀勢本線 近鉄名古屋線、津駅下車。
近鉄大阪線 榊原温泉口駅下車。
クラブバス
3組以上のコンペの場合、送迎可能。
タクシー
津駅から約20分。2500~2800円。
車の場合
最寄IC:伊勢自動車道/津ICより5km
津ICで降り、津市内方面へ向かって1つ目の信号を右折、道なりに榊原温泉方面へ。途中、案内に従って右折、コースへ。
この記事は弊誌月刊ゴルフ・エコノミック・ワールド(GEW)2021年11月号に掲載した記事をWeb用にアップしたものです。なお、記事内容は本誌掲載時のものであり、現況と異なる場合があります。
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