有馬カンツリー倶楽部(兵庫県三田市)では、2018年8月より小学生を対象に毎月「ファースト・ティ」ゴルフ教室に取り組んでいる。
「ファースト・ティ」は、米フロリダ州に本部を置く団体である。
1997年に活動を開始し、アメリカをはじめニュージーランド、カナダのゴルフ場や学校、軍施設でジュニア教室を展開。現在、世界で200以上の支部、1000ヵ所以上の施設で、累計1500万人以上の子どもたちが参加しているゴルフレッスンプログラムである。
日本では2011年にNPO法人ファーストピース(現特定非営利活動法人ファースト・ティ・ジャパン)が設立され、2015年に大相模CCと東名CCにおいて活動が始まっている。
このレッスンの目的は人間性を育むことであり、技術的指導は最優先事項ではない。
ゴルフを通じて子どもたちの健全な人間形成を図り、「ライフスキル」(生きていく上で必要な能力)の学習を目的とした教育プログラムである。
定義するライフスキルは「ナインコアバリュー」と呼ばれ「正直」「誠実」「スポーツマンシップ」「尊敬」「自信」「責任」「忍耐」「礼儀」「判断」の9つのテーマで構成される。
ゴルフの練習やプレーにおけるシーンの中で、上記の大切さを気づかせ、学ばせるというものである。
実はファースト・ティにはもう一つ大きな要素がある。それは放課後に大人や先輩が見守ることによる「非行防止プログラム」にもなっていることだ。
経済的に困窮している家庭の子どもにも分け隔てなく、「ファースト・ティ」を通じて地域の人々が放課後の子どもたちを見守ることで、少年少女の非行を抑制する役割を担っているという。
この要素こそ、有馬CCで「ファースト・ティ」をやりたいと思った大きな要因である。
私たちのゴルフ場がある兵庫県三田市は、過去に10年連続人口増加率日本一にもなった関西のベッドタウン。
多くのファミリー層が住んでいる地域だが、私たちのゴルフ場は大阪など大都市に隣接しているために商圏が広域で地元地域との結びつきが弱く、60年以上前から存在しているにもかかわらず地元住民からの認知度も低い。
このプログラムをきっかけにして、ゴルフ場に来る機会のない子どもたちにゴルフ場に来て遊んでほしい、と同時に子どもたちを通じて地域との関係を深め、地域に欠かせない事業所となりたい、そう考えるようになった。
そして2018年2月、東京にあるファースト・ティ・ジャパンの本部事務所に乗り込んで、「ファースト・ティ」を今夏にでも始めたいと直談判したことがはじまりである。
その年の8月から毎月開催し、レッスンプログラムの策定と実行による実績を積み、1年後の2019年7月、三田市子ども・未来部 子ども未来室 健やか育成課に連絡を取った。
日本でも「ファースト・ティ」を行政と連携し、地域の子どもたちの成長に役立てることができないか。
まずは共働き世帯の子どもを対象に、放課後や長期休み中に子どもたちを見守る「学童保育」「放課後児童クラブ」に活かしてみたいと考えたからである。
地域行政との協働
健やか育成課はすぐに興味を示したが、現在「学童保育」は積極的に行われていないという。
その代わりに「こうみん未来塾」を推進しており、このプログラムに協力して欲しいとの回答を得た。
「こうみん未来塾」とは、地元の専門機関や三田市にゆかりのある専門家、地域の達人たちの協力を得て、子どもたちへ本物に触れる機会を提供できるプログラムを三田市が用意する。
そして市内各地区にある児童クラブなど地域の運営サポートにより、地域の子どもたちに本物に触れる場をつくっていく事業となっている。
こうみん未来塾の「こうみん」とは、三田が生んだ科学者「川本幸民」のこと。
幕末・明治維新期の医師および蘭学者であり、化学新書をはじめとする科学技術分野で多数の書物を執筆した。
「化学」という言葉を初めて用い、その業績から「日本化学の祖」と評されている。
また日本で初めてビールを醸造した人とも言われている。
この「川本幸民」を目標とした人材育成と、市が推進する「公民」協働のまちづくりにちなんで名づけられた。
この事業は2016年から開始され、2022年は79のプログラムで構成されている。
こうみんプログラムへの参加は、年度途中ということもあり、翌年2020年から参加することとなった。
しかし、健やか育成課はゴルフ場でのゴルフ体験会に強い興味を示し、何とか当年度中に課主催で三田市全小学校を対象にプレ体験会を開きたいとの意志が示され、2019年10月22日(祝・月)に児童30名を定員としたファースト・ティ体験会を開催した。
同課は市内の全生徒(約1万人)に学校を通じてチラシを配布。
結果、153名という多数の応募があり、抽選となった。当日は14時30分から16時まで90分の体験会に、ご家族含め総勢80名を超える人たちが来場し、大賑わいで初回を終えることができた。
このプレ体験会を含め、2021年度終了までに計11回開催し、延べ191名の地元の子どもたちが参加している。
非行の防止につながるかどうかはまだわからない。
ただ、健やか育成課の担当者は「親御さんが特に感動しています。始まる前と後では子どもの表情が大きく変わり、積極的にプログラムに参加していた。この変化を目の当たりにして、思わず涙が出ました」という声を伝えてくれた。
私も子どもたちを通じて、まだまだゴルフに大きな可能性があることを感じている。そして少しずつではあるが、行政を含め地元地域との協働意識が生まれてきたと感じている。
今はこうした活動の積み重ねが大切だと思っている。
この記事は弊誌月刊ゴルフ・エコノミック・ワールド(GEW)2022年8月号に掲載した記事をWeb用にアップしたものです。なお、記事内容は本誌掲載時のものであり、現況と異なる場合があります。
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