Q1 聞き慣れない「ウェルビーイング」の意味とは?
大石さんは前回、2030年を目標としたゴルフ界の中長期ビジョンとして「ゴルフ界はウェルビーイングな社会の実現に貢献する」と提案しましたが、初めて「ウェルビーイング」という言葉を聞きました。「WELL-BEING」を直訳すると「幸福」「健康」という意味だそうですが、よくわかりません。「ウェルビーイング」という概念や、これに基づく社会の動きなどがあれば教えてください。
A1 ありがとうございます。わたし自身の考えを、なるべく平易にお伝えしたいと思います。
まず、世界保健機関(WHO)は、「そもそも人間が幸福であり、健康であり、福祉(幸福)を享受することができること、そのことを大切にする考え方がウェルビーイングである」としています。
我が国では、2021年3月に発表された「成長戦略実行計画」の一つとして「国民がウェルビーイングを実感できる社会の実現」が掲げられました。具体的には、
「成長戦略による成長と分配の好循環の拡大などを通して、格差是正を図りつつ、一人一人の国民が結果的にウェルビーイングを実感できる社会の実現を目指す」
というものです。これを受け、自民党内に設置された特命委員会では「ウェルビーイングの向上を実現していくことこそが、政治や行政の目指すべき目標」として、将来を担う世代のために国づくりを検討するとしています。
産業革命以降、世界は豊かさを求めて国内総生産(GDP)を伸ばすべく経済活動を拡大してきましたが、その結果として、大量の廃棄物や過剰開発による地球温暖化現象、生態系の変化を生み、人類は大きな危機に直面しています。
2年を経過したコロナ禍により、非対面・非接触という「人と人との分断」が起こり、今までの生活が一変しました。孤独や孤立といった問題が顕在化するとともに、多くの国民が「人と人とのつながり」といったお金では買えない価値観を痛感し、「ウェルビーイング」という概念が注目されつつあるのです。
我々はこれまで、国や国民の豊かさを測る指標として「GDP」を重視してきましたが、GDPでは捉えきれない精神的な充足感「全ての人と社会が幸福を実感する」新たな指標として「国内総充実(GDW)」が提唱されてもいます。
ほかにも有名な指標があります。 世界一幸福度が高いといわれるブータンでは、国王が「GDPよりGNHが大事だ」と述べていますが、これは「国民総幸福量」の略称です。GNHは単なる観念論などではなく「精神的な幸せ」「健康」「時間の使い方」「文化の多様性」「ガバナンスの質」「地域コミュニティの活力」「環境の多様性」「生活水準」の9分野から構成され、国家運営の基礎とされています。
さて、国連の「持続可能な開発ソリューションネットワーク(SDSN)」は、毎年3月20日の「国際幸福デー」に合わせてランキングを発表しています。名付けて「幸福度ランキング」です。
これによると2021年度の日本は、前年よりやや上昇して149か国中56位でした。1位は3年連続でフィンランド。アジアの最上位は24位の台湾です。
日本は、1人当たりのGDPや社会保障制度の確立、世界第2位の長寿国、治安が良く暮らしやすい等、素晴らしいはずなのに、なぜか順位が低いのです。なぜでしょう?
ちょっと気になる日本人気質!
順位が低い理由のひとつとして、日本は「人生の自由度」と「他者への寛容さ」が低く、そのことが原因で幸福度が低いとの見方があるようです。「人生の自由度」に悪影響を与えるのが「働きすぎ」で、「休暇が取りづらい」「職場の中で自分に合った働き方を自由に選べない」などが指摘されます。
他者への「不寛容」については、積極的に寄付やボランティア活動に参加する習慣がないことも、影響しているとみられます。
日本は、数値化された客観的なデータからは、間違いなく「幸せな国」と言えます。今後は、容易に数値化できない「自由度」や「寛容さ」に加えて、多種多様な人が互いの考え方の違いや個性を受入れながら、ともに成長する社会の実現を意識して生活すれば、幸福感に満ちた国になれると思います。
別の視点で「日本人気質」を考えてみましょう。「世界幸福度ランキング」が低順位な一因に、私は「中庸を重んじる」(言い方を変えるとハッキリしない)日本人気質があるように思います。
このランキング調査は「自分の生活の満足度が、いまどこか」を主観的に回答する方法で行われるので、「中間的」なところを選ぶ回答が多いのではないかと考えられます。
中庸を重んじる日本人気質は、気候変動に関する別の調査結果にも表れています。
2021年、世界の人々の問題意識や意見の傾向を調べる米国のシンクタンク「ピュー・リサーチ・センター」が、先進17か国の1万8000人を対象に「気候変動や地球温暖化対策についての意識調査」を行ないました。ほとんどの国で、「非常に懸念している」という回答が、2015年調査に比べて増えましたが、日本は減少しているのです。
各国の「懸念増加率と割合」は、ドイツ19ポイントアップの37%、英国18Pアップの37%、豪州16Pアップの34%、韓国13Pアップの45%となっています。日本は8P減少の26%です。日本は他国と比べても「気候変動」に対する意識が高かったはずなのに、一体どうしたというのでしょう。
この調査はさらに、気候変動に対して「個人の生活をどれくらい変化させたいと思うか」と質問しています。日本人の回答は「少ししか変えない36%」「ある程度変える48%」で8割以上を占め、積極性の低さが目立ちます。先述した「懸念の度合い」についても、「非常に懸念している26%」「ある程度懸念している48%」と7割を超えましたが、この「ある程度」に、私は「中庸」を好む日本人の気質が表れているように感じます。
数値化が難しい「ウェルビーイング」の在り方を考えるとき、一人ひとりが個々の価値観をどのように確立していくのか。同時に、「中庸」が「積極派」に一変するのも日本人の特徴。我々ゴルフ業界も、その流れをつくる努力が必要です。
この記事は弊誌月刊ゴルフ・エコノミック・ワールド(GEW)2022年4月号に掲載した記事をWeb用にアップしたものです。なお、記事内容は本誌掲載時のものであり、現況と異なる場合があります。
月刊ゴルフ・エコノミック・ワールドについてはこちら