連載SDGs 第21回 「地球市民」について考える

連載SDGs 第21回 「地球市民」について考える

新しい世界観

皆様、新年明けましておめでとうございます。新しい年を迎えまして今回はかなり大きなテーマを取り上げます。「地球市民」という聞きなれない言葉とその背景について、考えてみます。 昨年11月に青森大学東京キャンパスで環境思想の研究会が行われ、その席で東京大学・東京カレッジ長の羽田正先生に「新しい世界史へ―地球の住民の歴史―」と題する講演を行なっていただきました。 文明が発達して便利になればなるほど国境を超える出来事が多くなります。コロナのような感染症、ビジネス、犯罪、そして地球温暖化などの環境問題。こうしたことをまとめて地球規模の諸課題と言うのですが、こうした課題を解決するためには国際的な協力が不可欠です。 現在では国際協力の基本には国家があります。国家が基盤で、国家の利益が優先されます。国際協力の実際は国家の利益のぶつかりあいでもあります。 そうなると、国家の利益が優先されるため、地球全体の利益が後回しになることが多い。国家の壁は意外に強固で高いのです。 羽田先生は、そういった現代の状況を踏まえると、これからは国家を超えた判断ができる人々が増えなくてはいけない、と説いています。 具体的にはどういうことかと言いますと、私たちは皆どこかの行政地域に属していますが、ダブっていますね。たとえば横浜市民であると同時に神奈川県民でもある。そして、日本国民でもあります。それと同じように日本国民でもあるが、地球市民でもある、という感覚を持つことです。

歴史教育を変える

羽田先生は2011年に『新しい世界史へ―地球市民のための構想―』(岩波新書)という本を出されています。羽田先生はその中で、今、日本で教えている世界史の教科書や教える内容が古すぎる、と主張しています。 現在の世界史は各国の歴史をまとめたものであって、本来の人類史とはなっていないのではないか、と疑問を出されています。それに、近代のヨーロッパやアメリカの著述が多く、アジアやアフリカ、南米などの歴史の記述が少なすぎるとも指摘しています。そうした教育を受けてきた人々は無意識に世界の歴史はヨーロッパやアメリカという西欧が作ってきたと勘違いします。世界史を教えている高校の教科書が問題です。 特に深刻なのは、世界史で教える内容が古く、現在の世界の変化についていけていない、ことです。この20年間だけでも世界は大変な勢いで変化しています。今やITがなければ世界は成り立ちません。地球市民としての自覚が必要な時代になっているのですが、しかし、世界史の教科書はそうは説明していません。 教科書というのは案外人間に作用するものです。その教科の専門外の仕事に就いた人は、高校時代に習った内容を後々引きずっていきます。だから教科書の修正は重要です。 DNAの研究から、人類のほとんどの人はアフリカに出自があることがかなり正確に証明されています。また歴史上の様々な出来事が放射性炭素C14年代測定法などの科学的手段の発達により、新たな解釈が次々に出ています。早急に歴史教科書を作り替える時期なのです。

地球的規模の諸課題に挑戦する

SDGsの17の目標は、実は地球的規模の課題を解決していこうというシグナルです。この17の目標とそれに付随する169のターゲットというのは、現在私たちが直面している課題を解決・改善するための手段なのですが、その基盤には地球市民という意識が必要になってくるのです。例えば温暖化対策の場合、頑張る国が幾つあっても、協力しない国があれば意味を成しません。地球上の国々が全て協力しないとできません。 国家を超える市民意識が成長しないと解決はできないでしょう。日本国民であると同時に地球の市民であるという意識が必要です。しかし今は、国民意識が強く、地球市民意識はほとんどない状況です。 何とかして地球市民意識を育てたい。日本のNPO法人がアジア5か国の子どもたちを集め、キャンプをすることで地球市民を育てる試みを行っていますが、ゴルフというスポーツでも意外にその役割が果たせそうだと思っています。

ゴルフは地球市民を育てる

ゴルフはイギリス発祥ですのでルールが厳格です。自分で採点をし、ごまかしたりしないという基本があります。 19世紀後半に活躍したフレディ・テイトは「騎士道を身体で知るために、ゴルフほど最適なゲームはない」と述べています。騎士道はノブレス・オブリージュの基本でもあります。 ノブレス・オブリージュとは「地位高きものは自己犠牲や得の精神が必要であり、責任がある高潔な生き方をすべき」という意味です。「地位高きもの」というところを「ゴルフが好きな人」と読み替えればわかりやすくなります。ノブレス・オブリージュを体現するゴルファーこそ率先して地球市民になれるのです。 世界を相手に活躍する若いプロゴルファーには、ノブレス・オブリージュの精神を掲げ、地球市民の感覚を伝える役割を演じていただきたいと願っています。

ノブレス・オブリージュ

フランス語のnoblesse obligeをカタカナで表記した言葉です。英語ではnoble obligationです。「位高ければ徳高きを要す」などと解釈されています。しかし、これから先、社会的地位とは無関係に多様な人々がノブレス・オブリージュを意識し、人類全体、またあらゆる生きものに対する責任感を持つようになれば、自然に地球市民が多く生まれるようになるでしょう。そしてまた、この精神はCSR(企業の社会的責任)ともつながっています。
この記事は弊誌月刊ゴルフ・エコノミック・ワールド(GEW)2023年1月号に掲載した記事をWeb用にアップしたものです。なお、記事内容は本誌掲載時のものであり、現況と異なる場合があります。 月刊ゴルフ・エコノミック・ワールドについてはこちら