人と自然の関係
環境破壊の原因は、人間活動が出すゴミ(大気汚染や海洋汚染などを含む)が地球の自浄能力を超えてしまうことです。例えば、江戸時代に川で洗濯しても、川が自然にきれいにしてくれました。川の自浄能力が汚れを上回っていたからです。
世界的に言えばヨーロッパで起こった産業革命以後、人間の出すゴミは次第に大きくなっていきました。日本では明治以降、特に第二次世界大戦以降に人間のゴミは急激に増え、それが限界に達したのが1960・70年代に発生した公害です。
自然破壊も同様に、山を削り、海を埋め立て、便利になりましたが、豊かな自然はかなり痛み、海岸線の約40%が人工化され、東京湾のほとんどがコンクリートで覆われています。このため、山や川、海に住む動植物が絶滅したり、絶滅の危機に追い込まれています。
経済の高度成長期を過ぎ、安定した経済に移り始めたころから日本人の自然に対する考え方が変わり、大規模開発には批判的になりました。 そして今、世界的に自然の回復が言われ始めています。
その象徴的な出来事が、昨年12月にカナダで開かれた生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で重要な目標とされた、「30by30」という概念です。詳しい話はこの連載でも書きましたが、今回はその中心的な概念となる「ネイチャー・ポジティブ」と言う考え方を説明します。
自然の回復
ネイチャー・ポジティブとは、これまで破壊されてきた自然を回復させようという意味が込められた言葉です。自然を壊しすぎてしまったという反省から「これ以上破壊するのはやめよう、そしてこれからは自然を回復させていこう」という主張、スローガンなのです。30by30を支える思想です。
これまでの自然保護の考え方は、開発の波から自然を守るため特別な保護地域を作ること、国立公園や野生生物保護区などを設定することでした。しかし、自然と人間は昔から共存してきたではないか、という考え方もありました。その良い例が日本の里山です。
日本政府は伝統的な日本の考え方を「自然保護から自然との共生へ」として世界に提案しました。その延長線上に30by30が出てきたのです。ヨーロッパやアメリカはこの考えに懐疑的でした。しかし、徐々に賛同を得るようになり、2021年の先進7か国首脳会議では30by30が決議されました。
日本の伝統的な自然観が世界に受け入れられるというのはちょっと誇らしい感じがします。
東洋と西洋
日本の自然観が世界に受け入れられ始めたというのは案外大きなことだと思います。
欧米では長く自然と人間は区別されていました。人間は神様から「自然を利用してもよい」と許されている、と考えていたのです。そして宇宙を含む様々な自然を解析することによって科学が発達し、今のような文明社会を築き上げました。
これに対し、日本を含め東洋の多くの国では「人間は自然の一部である」ことが当たり前に受け止められていました。様々な動物、植物などは皆、兄弟のような感覚でした。桃太郎にしても金太郎にしても動物と人間は一緒に仕事をしています。
一方、地球環境が厳しくなると、人間も自然も地球という限られた空間に生きている仲間なのだ、という認識が強くなり、世界は徐々に「人間は自然の一部」と言う考えになってきました。
このように東洋的な自然観が世界の主流になっていった流れの中で、30by30と言う考えが受け入れられるようになったと言えるでしょう。
チベット仏教
もう50年ほど前、ダライ・ラマ14世と一緒に九州を旅したことがありました。14世が毎朝、お経を唱えるのですが、その声が澄んで美しかったことを良く覚えています。
師が「私は4歳のころから、50年以上、毎日10時間、仏教の勉強をしてきたが、まだ8世紀の仏教の教えの半分にも到達していない」と語ったことがありました。チベット仏教って奥深いんだな、と驚いた記憶があります。
キリスト教の世界にもアッシジの聖フランチェスコと言う方が自然をとても大事にしていたと言われています。東洋でも西洋でも自然の大きさを認め、人間として謙虚に生きた思想家はたくさんいます。むしろ、この100年、近代人が古くからの知恵を忘れていただけなのかもしれません。
何度も言いますが、ゴルフというスポーツは単なる遊びの域を超えた何かを含んでいると思います。
ゴルフは自然の中で楽しみます。晴れたり、霞がかかったり、森林に囲まれていたり、プレーのさなかにも自然を感じることができます。ボールをうまく操るのも大事ですが、たまには景色を見渡して、自然の中の一点景である自分を考えてみるのもいいかもしれません。
生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で決まったこと
2050年までに自然との共生を地球レベルで達成することを目標に①陸域海域の30%を健全な状況に戻す。②プラスチック廃絶に取り組み過剰施肥と農薬のリスクを半減させる③農業、養殖業、水産業、林業などの長期的な持続可能性と生産性を確保する④企業や金融機関の行動や情報開示を支援し、企業リスクを減らし、企業による行動を増やす、など23の目標が定められました。
この記事は弊誌月刊ゴルフ・エコノミック・ワールド(GEW)2023年4月号に掲載した記事をWeb用にアップしたものです。なお、記事内容は本誌掲載時のものであり、現況と異なる場合があります。
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