文壇ゴルフ
北の国・青森に春がやってきました。町から雪が消え、ゴルフ場もオープンしました。早目に咲きだした桜の木の下で大学職員が素振りをしています。
大学近くのゴルフ練習場では雪が残る八甲田山めがけて、みんな楽しそうにボールを打っています。
昔、作家や編集者が集う「文壇」と言われる世界があり(今もあるのかもしれませんが)、そこでは大層ゴルフが盛んだったようです。作家の大御所・丹羽文夫さんが大変お上手で、ゴルフを教わりたい作家たちがこぞって弟子入りし丹羽学校と呼ばれたそうです。
その丹羽文雄さんと並んで文壇のもう一つの柱だった井上靖さんという作家がいましたが、井上さんには取材が縁で可愛がっていただきました。井上さんもゴルフがお好きだったようですが、丹羽さんほどうまくはなかったようです。
何しろ丹羽さんは50歳でゴルフを始め、6年でシングルになり、ハンディ6まで行ったそうで、81歳の時に初めてエイジシュートをされているというのですから、たいしたものです。
井上靖さん
井上さんは「氷壁」という穂高岳を舞台にした小説のほか「蒼き狼」「敦煌」「あすなろ物語」といった作品を残しています。ある時、井上さんが穂高岳に行くというので、同行したことがありました。
私が若い頃ヒマラヤやアンデスに挑戦したことを話したので興味をひかれたのでしょう。
上高地から徳沢へと一緒に歩きながら様々な質問に答えました。徳沢園では編集者や作家などお付きの方々のほとんどが横尾まで行かれることになり、井上さんと秘書、そして私とカメラマンだけが宿に残ることになり、一晩じっくりお話をさせていただきました。
以来、気にかけていただき、何かと声をかけてくれました。銀座の葡萄屋というバーが贔屓で私もずいぶん連れて行ってもらいました。約束がなくてもバーで待っていると編集者を引き連れて井上さんが現れることが多かった。うまく井上さんが来られると奢ってもらえたのですが、時には井上さんは現れず、飲み代を自分で払いましたが、そんな時にはママさんが「岡島ちゃんはいつでも一万円でいいよ。自腹なんだから」と言ってくれました。
公害を憂う
三好徹さんが書いた「文壇ゴルフ覚え書」によると、井上さんのゴルフはかなり堅実だったようですが、川奈ゴルフ場の大島コース、打ち下ろしパー4(290ヤード)でワンオンしたことがあったそうです。
井上さんは毎日新聞の記者だったのですが、終戦の時の記事を一面埋めて書いています。記者としても大きな足跡を残されています。
記者の先輩として飲みながらいろいろ教えていただきました。あるとき私に向かって「岡島君、人生は長いから、記者で終わることはないんだよ」と諭してくれました。
その言葉が影響したのかどうかわかりませんが、私は記者の後、大学で教え、そして今は経営者になっています。
井上さんはまた当時公害で苦しんでいる人のことをとても気にかけていました。「公害も自然破壊も人間の知恵が足りないから起こるんだ。人間どもがこんな勝手なことばかりしていると今に自然からしっぺ返しがくるよ」と憤っていました。
今まさにその言葉通りになっています。公害や地域の自然破壊では終わらずに、人類、いや、地球全体の命が破壊されるような危険な温暖化が進み、野生生物がどんどん滅びています。温暖化と野生生物は大きな関係があり、そろって影響しあい、徐々に破局へと向かっています。
気候変動の影響
ことしの青森はとても雪が少なかった。スキー場や山ではさほどではなかったのですが、2月中旬からはほとんどまとまった雪は降らなかった。桜も史上最速と呼ばれ、昔はゴールデンウィークのころが桜も見頃だったのですが、いつの間にか4月末になり、今年は中旬に満開です。
気候が変わると様々な作物の生育に影響を及ぼしますし、観光面でも大きな損害をもたらします。桜のシーズンと山スキーが重なってゴールデンウィークにはたくさんの観光客が青森を訪れてくれるのですが、今年は桜のシーズンが早くなり、ゴールデンウィークから大きくそれてしまいました。
また、山の雪の解け方が早くなると、滑降終了後、ふもとに戻るルートに雪がなくなりスキーを担いで歩かなければならなくなります。稼ぎ時のゴールデンウィークに観光の目玉がなくなるのです。
ゴルフが早くできるようになるのは嬉しいのですが、手放しで喜んでばかりいるわけにはいきません。
ゴルフ好きだった丹羽さんや井上さんは今頃どう思っているのでしょうか。文壇ゴルフのような集まりが率先して温暖化防止などの動きに立ち上がるのではないか。様々なところで啓蒙のための文章を書いてくれるのではないか。そう思うと、今を生きる私たちも新しい社会作りに挑戦しなければいけないという気がしてきます。
経団連と東京大学が提唱する
新しい5.0社会
(経団連ホームページより)
1.「価値創造」社会
多様なニーズに応えて課題解決することで新たな付加価値を創造する社会
2.「多様性」社会
多様な人々が多様な才能を発揮し、多様な価値を追求する社会
3.「分散」社会
特定の人や企業などに富や情報が集中することなく、誰もがいつでもどこでも活躍できるチャンスがある社会
4.「強靭」社会
気候変動や異常気象、社会不安、サイバー攻撃などの不安から解放され、安心して暮らしを営むことができる社会
5.「自然共生」社会
どの地域でも持続可能な生活を送ることができ、多様な地域で自然と共生しながら暮らせる社会
この記事は弊誌月刊ゴルフ・エコノミック・ワールド(GEW)2023年5月号に掲載した記事をWeb用にアップしたものです。なお、記事内容は本誌掲載時のものであり、現況と異なる場合があります。
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