人と自然の関係
「人はどう生きるか」。人間は遥か昔からこの課題を追求してきました。宗教、哲学、様々な思想など、いつの時代も考え続けてきました。最近ではその延長線上にあると思われる環境思想や環境哲学と呼ばれる分野の研究を目にすることが多くなってきました。それは地球環境問題が深刻化しているためでしょう。
長い間、自然は人間より遥かに大きく強かったのです。それが三百年ほど前からの業革命以来、人間は自然に対する畏敬の念を忘れ、開発の対象としてしまいました。科学技術が急激に発達し、大規模な自然破壊が行われるようになり、第二次世界大戦後はその勢いが増して大規模な公害、自然破壊が世界各地で発生するようになりました。
それでも一九八〇年代までは各国の一部地域での現象でしたが、九〇年代に入ると地球温暖化や野生生物の減少などの課題が世界中で一斉に噴き出してきました。
これは、世界各国で積もり積もった人間生活の垢、すなわち二酸化炭素やプラスチックごみ、熱帯雨林の減少などの問題が地球上にあふれかえってきたということを示しています。その結果、人類をはじめあらゆる生物の存亡の危機まで言われるようになってしまいました。
新たな思想の動き
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熊沢 蕃山(1619-⊶1691)江戸時代初期の陽明学者。
岡山藩に仕え、山林政策を展開したが、後に幕府に左遷
された。後に幕府が実施した「諸国山川の掟」は蕃山の
仕事を下敷きにしたと言われている。[/caption]
一九九三年六月、私はシカゴで開かれたアメリカ哲学学会に出席しました。哲学学会で初めて環境倫理部会が開かれたのです。活発な意見交換があり、二一世紀の哲学をリードするのだという活気にあふれていました。環境問題に哲学や倫理学が乗り出してきたのです。
環境問題の基本は「人と自然」の関わりです。人間の活動が地球(自然)の浄化力を過ぎた時に環境破壊が発生します。
人間活動の過剰な要求が地球全体を壊し始めている、と気づいた人たちが環境を守るための新しい生き方を模索し始めた時期だったのでしょう。こうした動きが環境思想や環境哲学、環境倫理と呼ばれる研究分野を切り拓いていったのです。
ノルウエーのアルネ・ネスはディープ・エコロジーという考え方を提唱し、西欧社会に大きな影響を与えました。また、アメリカのリン・ホワイトは「ユダヤ・キリスト教が悪い。人間を他の生物より一格上に位置づけ、人間は自然を自由に使ってよろしい、と説いているのが環境破壊を促したのだ」という主張を展開しました。
キリスト教側は「人間は神から自然を管理するよう任されているのだから人間は自然を守るべきで、キリスト教では自然破壊を進めているわけではない」と反論するなど大論争に発展しました。
七〇年代、八〇年代には、アメリカで大きな環境保後運動が巻き起こり、環境思想家の祖とも言われるヘンリー・ディビッド・ソローやアルド・レオポルドなどが再評価されました。
ヨーロッパでも激しい環境保護運動が巻き起こり、「哲学や思想を語るだけで現実に国や社会を変革しなければ意味がない」と主張する人々が「緑の党」を結成し、今日に繋がる活躍の基礎を作りました。
日本の思想
環境思想、環境哲学、環境倫理といった分野はお互いに重なりあって紛らわしいのですが、ほぼ同じような分野の研究とみて良いでしょう。最近は新人世などと指摘する意見も出ています。いずれにしても人間のこれまでの生き方、価値観を転換すべきという方向では一致しているようです。
ところで、日本でも江戸時代から様々な環境政策が実施されていました。有名な熊沢蕃山は岡山藩の植林を実施して洪水を防ぎ、幕府の森林政策の先頭を切りました。石田梅岩は心学の基礎を築き商業の有用性を説いたことで知られていますが、資源の無駄使いを防ぐため倹約を奨励しました。いずれも自然の一部としての人間という意識が根底にありました。当時はどの村でも里山を維持し、人間以外の動植物と共存する世界を守っていたのです。
しかし、明治以降、西洋の文化や技術を崇拝するあまり、日本の良いところを次々失っていきました。自然との関係についても開発優先に走り、環境破壊も引き起こしました。
それから一五〇年を経た現在、生物多様性の保全という立場から、30by30の推進など、里山にみられるような自然との共生関係は世界的に見直されつつあります。
21世紀を生きる
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ヘンリー・ディビット・ソロー(1817-1886)アメリカの思想家。
著書に「ウォールデン 森の生活」がある。彼の主張である
「市民の抵抗」は後にガンディーに影響を与え、さらに黒人解放運動の
キング牧師に引き継がれた。[/caption]
近代文明が迷走する中で、今こそ人類の過去と現在のすべての知恵を出し合い、将来の人類の基本的な生き方の方向を決める努力をすべきです。古今東西の智慧を引っ張り出してきて世界中で議論を重ね、新たな生き方の指針を生み出していく。それが環境思想、環境哲学、環境倫理などの目標です。
このまま人間活動がますます大きくなると、この地球はどうなっていくのでしょうか。
皆様、ゴルフをしながら自分の孫子の時代を連想してみてください。あと50年後の地球はどうなっているのか。私たちが地球を壊したらどうなるのでしょうか。
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アルネ・ネス(1912- 2009)ノルウェーの哲学者。
ディープエコロジーの提唱者であり、20世紀後半の環境保護運動に
大きな影響を与えた。有名な登山家でもあり、戦後まもなくヒマラヤで活躍した。
生態学的ビジョンに加え、ガンディーの非暴力の影響を受け、直接行動にも参加した。[/caption]
ディープ・エコロジー
アルネ・ネスはディープ・エコロジーの主張を次の七点に集約した。
1)生命体や人間を個々の独立した存在ではなくお互いに関連しあう全体としてみる
2)人間中心主義ではなく生命圏平等主義を主張する
3)生命の多様性と共生を重視する
4)南北間経済格差の問題も含めた人間社会における差別や抑圧に反対する
5)環境汚染や資源枯渇に対して断固闘う
6)生命や自然環境は多様で複雑なのであって混乱ではない
7)地方自治体と分権化を推進する
この記事は弊誌月刊ゴルフ・エコノミック・ワールド(GEW)2024年2月号に掲載した記事をWeb用にアップしたものです。なお、記事内容は本誌掲載時のものであり、現況と異なる場合があります。
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