やむにやまれず離婚するケースがある一方、ハッピーな離婚もあるかもしれない。テーラーメイドゴルフと「離婚」したアディダスゴルフは、どうやら後者になるようだ。
デイビッド陳副社長(VP)が、晴れやかな表情でこう話す。
「両社がひとつの組織だった頃は、投資の7割がテーラーメイドに優先され、残った2~3割がアディダスゴルフでした。でも、今後は100%の力をアディダスゴルフに集中できる。その意味で、別れたことはよかったと思います」
昨春、アディダスは傘下企業のテーラーメイド売却を発表し、10月には分離活動を本格化。
日本のアディダスゴルフは年末までに60名ほどの体制を整え、その半数がテーラーメイドからの移籍組。新年度の事業展開に向けて、着々と組織を固めている。
これにより同社はアパレルとシューズに100%集中できる体制になった。最大の変革は商品開発の本拠地を上海から東京に移すことで、
「日本人やアジア人の感性にマッチしたモノづくりに本腰を入れます。期待してください(笑)」
2018年は何がどのように変わるのか、アディダス・ファンならずとも気になるところだ。その詳細をレポートしよう。
ゴルフ事業はマイノリティ
世界の二大スポーツメーカーといえば、ナイキとアディダス。
アディダスの年商は2兆5000億円規模に達し、営業利益も3割増を記録するなど、過去5年間は好調に推移している。従業員は約6万人で、そのうちゴルフ事業は約500人だから、社内では少数派のビジネスだ。
アディダスの主要分野はフットボール(サッカー)、トレーニング、ランニングに、三つ葉のロゴでファッションに注力する「スポーツスタイル」の4分野。また、「アメリカンスポーツ」の括りではアメフトや野球、バスケットボールがあり、欧州では柔道やフェンシングも展開するなど、幅広い商品群で市場に臨む。
「ですから、何種類のスポーツ用品を扱っているかは即答できません。アディダスは『世界的なマルチスポーツブランド』だと、そのように解釈してください」(陳副社長)
そんな中、ゴルフはどのような位置づけなのか。販売構成比は5%にも満たないと推測され、ボリューム的には小さな事業。しかし、スポーツ市場における「マルチブランド」を標榜するだけに、社内的にはユニークなポジションを与えられている。
「ゴルフは非常にユニークな存在で、社内的には『ハート・ビート・スポーツ』と呼ばれる分野です。これは小さなカテゴリーで、パッション(情熱的な)スポーツという括りになります。大きな投資をする分野ではないけれど、小さいなりの視点に立って独立的に存在します」
このあたり、ゴルフ事業の位置づけに知恵を絞っているようだ。
実は、総合スポーツメーカーにとって「ゴルフ」は扱いにくい商品といえる。最大手のナイキはクラブとボールから撤退したが、最大の理由は投資の回収に苦しんだことで、有名選手との契約金や研究開発施設に莫大な投資を行ったものの、捗々しい成果が得られなかった。
あのタイガー・ウッズを擁してさえ、他社の後塵を拝したのは、競合メーカーの多さに加え、各社から頻繁に投入される新商品が互いに潰し合ったこともある。
その反面、ゴルフ用品は他のスポーツに比べて単価が高く、当たれば高収益が期待できる。このあたりの「読み」が難しいところで、ゴルフが「扱いにくい」商品というのはその意味だ。
このような事業を社内的にどう位置付けるかは、多くの企業に共通の悩みといえるだろう。テーラーメイドと別れたアディダスゴルフがどのような組織づくりを行ったのか。注目される由縁である。
<h2>カンパニー・イン・カンパニー</h2>
陳副社長の名刺の肩書には、そのあたりを考え抜いた跡が伺える。具体的には、アディダスゴルフ・アジアのVP(ヴァイス・プレジデント)とマネージングディレクターの兼務である。アディダスジャパンにおけるゴルフ担当副社長ではなく、ゴルフを独立した事業体と捉え、アジア全域を管理する立場だ。もう少し詳しく聞いてみよう。
「まず、わたしは『アディダスゴルフジャパン』のトップであり、兼任としてアジア全域のゴルフ事業を見ています。具体的には韓国、中国、台湾、香港、シンガポールなどで、日々、各国の責任者からレポートが送られてきます。
組織的にユニークなのは、レポート内容をアディダスジャパンに報告する必要がないことです。アディダスゴルフの本社はカールスバッド(米カリフォルニア州)にあるため、わたしは米本社と直接やり取りする。つまり、アディダスジャパンではゴルフだけが独立したビジネスユニットになっているんですよ。
このような組織づくりの背景には、ゴルフ流通の特異性も影響しています。ゴルフショップは専門性が強いため、その売上がアディダスジャパンに入らない小売店が多いのですが、これは日本に限った話ではなく、様々な国で同様です。
法的に別法人ではないけれど、マネジメントは別々になる。子会社のようでそうじゃないという、ユニークな形態といえるでしょうね」
換言すれば、カンパニー・イン・カンパニーといえるだろう。財務や総務等はアディダスジャパンの機能を共有するが、それ以外は独立した事業体として運営されるわけだ。
<h2>東京発のデザインに移行</h2>
新体制になったアディダスゴルフで、特筆される動きがある。それは、アパレルのクリエーション・センター(企画・開発)を上海から東京に移設することで、これにより2019年度からのアジア向けアパレルは東京発信の態勢になる。クリエーション・センター東京(CCT)と呼ばれる部署で、
「ゴルフだけではなく、すべてのアパレルがCCTに移行します。仮に10名のデザイナーがいるとすれば、3名がゴルフ専任というイメージです。これとは別に、アディダスゴルフのアジア本部が日本になることも大きな変化といえるでしょう。従来に比べ、より積極的なビジネスができます」
陳副社長は気合を込めた。
とはいえ、ここでちょっとした疑問が生じる。巷間、アディダスがテーラーメイドを売却したのは、ゴルフ市場の将来に不安を覚えたからといわれるが、それにも関わらずアディダスゴルフに注力することは矛盾ではないか。一連の動きを俯瞰すると、そのような疑問符がつくのである。
陳副社長はこの点について、ゴルフ人口の微減傾向を認めつつ、アパレルを中心としたソフトグッズにはレディス市場のノビシロなど、成長の可能性があると指摘する。その上で、テーラーメイドの売却にはアディダス独自の事情があったと説明するのだ。どういったことか?
「こういったことです。そもそもアディダスはソフトグッズが強いため、事業の拡大にはハードギアが重要と考えた時期があった。それがテーラーメイドの買収ですが、この動きはゴルフだけではなく、CCMホッケーというアイスホッケーのスティックメーカーも傘下に収めました。
ところが近年、アディダスとリーボックの2ブランドに集中する方針を打ち出して、テーラーメイドの売却とほぼ同時期にCCMも売却。これ以外ではロックポートや複数のアパレル会社も売却しているのです。
このような方針は経営環境の変化も大きいのですが、アディダスゴルフの立場で考えると、テーラーメイドを切り離して、アパレルとシューズに集中できるのはいいことですよ」
「テーラーメイド・アディダスゴルフ」を独立したゴルフ専門企業と考えれば、ハードとソフトの展開は不可欠になる。ところが、アディダスの立場で考えれば、アパレルとシューズに特化したほうが他部門の技術を転用するなど効率経営が期待できる。
諸行無常ということか。企業はナマモノだけに、時代に即応した動きが求められる。
<img class="alignnone size-full wp-image-37851" src="https://www.gew.co.jp/wp-content/uploads/2018/01/171208_adidas1.jpg" alt="171208_adidas1" width="788" height="525" />
<h2>アディダスゴルフのDNA</h2>
具体的な商品戦略をどのように描いているのだろうか。多くの競合メーカーが林立する市場にあって、もっとも大事なポイントは他社との「差別化戦略」に尽きる。その際、アディダスゴルフのスローガンを「ボーンド・スポーツ・ルーテッド・ゴルフ」としており、これは「スポーツとして生まれ、ゴルフに根付いた」という意味だとか。
「我々の会社はレジャーではなく、スポーツブランドなわけですよ。そのようなDNAを大事にしながら、スポーツの木にゴルフという根っこが生えているイメージです。
レジャーとしてのゴルフではなく、スポーツとしてのゴルフを鮮明にすることで、商品のパフォーマンスを大事にし、他社との違いを打ち出します」
このような視点でゴルフシューズ市場を見た場合、他社も同様のコンセプトを打ち出している。近年、このマーケットにはニューバランスなど大型参入があり、今春、スケッチャーズもゴルフシューズを発売する。
古豪のフットジョイやライバルのナイキ、日本企業ではアシックスが住友ゴム工業(ダンロップスポーツ)と提携して松山英樹らに製品提供を行うなど、群雄割拠の状況だ。
その中で、アディダスゴルフの強みはどこにあるのだろうか。
「参入企業が多くて非常に厳しい市場ですが、その中で当社の優位性は、長年フットウエアをやってきた歴史による強みです。
もうひとつは、アディダスという大きな組織に属しているので、他部門の最先端の技術を借りられる強みもある。ランニングシューズに採用されるブーストという技術が代表的で、この素材をゴルフに用いることでラウンド後の疲労が軽減するなど、他社にないメリットを訴求できます」
また、訴求法についてはこう話す。
「一番大事なのは、ゴルファーに我々の技術を伝える手法で、前例に捕われない視点で考えることも必要でしょう。
たとえばゴルフスクールの先生です。多くの生徒を抱えていたりSNSの発信力があるティーチングプロは、訴求力が期待できる。具体的な中身は秘密ですが、デジタルやソーシャルプロモーションは今後の課題になりますし、面白いコラボレーションも企画しています。
アディダスのテニス事業では、アメリカで有名な歌手(ファレルウィリアムス)とコラボしていますが、ゴルフにそのような手法を使うことも否定しません」
昨年は男性用11、女性用5モデルを展開したが、2018年度は3ラインに棲み分けて本格展開するという。販売構成は核となる『パフォーマンス』ラインが6割で、スパイクレスなどコースの内と外で併用できるカジュアルラインの『アディクロス』が3割、プレミアムの『アディピュア』が1割になると見込んでいる。レディス市場の開拓にも意欲的で、
「当社にはCCTがありますので、日本やアジアの女性が何を欲しているかを綿密に調査、デザインや機能性につなげたい。販促については女性誌での露出も大事ですが、個人的には百貨店との共同企画を重視します。女性客は百貨店を重宝するので、ここへの提案も大事でしょう」
以上、新生アディダスゴルフの戦略を見てきたが、一言でいえば、テーラーメイドと別れたことで戦略に自在性が生まれたようだ。
「離婚」を機に夫婦の縛りから解放され、視野が広がる人生もあろう。それに似て、といったら叱られるかもしれないが、商品開発やプロモーションについて、今後はテーラーメイドの顔色を伺うことなく、自由に投資できるようになった。
今春登場するニューモデルには、過去とは異なるセンスが反映されるかもしれない。企業体質の変わり目には、面白い商品が出てくるもの。同社のスタートダッシュに注目したい。
<iframe src="https://www.youtube.com/embed/0wXT--Eo2iU?rel=0" width="788" height="433" frameborder="0" allowfullscreen="allowfullscreen"></iframe>