ヨネックス元社長の米山宏作氏が5月4日、永眠された。享年87歳だった。その「お別れの会」が7月24日、都内のホテルで開催され、多くの関係者が別れを惜しんだ。
同氏は新潟県三島郡に6人兄弟の5男として生まれる。長兄の稔氏が1946年、ヨネックスの前身となる米山製作所を創業。宏作氏は1997年、二代目の社長に就任し、中興の祖としてヨネックスを成長させた。
GEWは2001年10月号で宏作氏のインタビュー記事を掲載したが、その内容を改めてウェブに再掲する。
カーボン技術を搭載した『カーボンアイアン』で業界参入を果たしたものの、構造上の問題でルール違反と判定された。その後、適合の新型を発売したが、日本ゴルフ協会(JGA)の関連競技では「紛らわしいから禁止」となる。これを不服としたヨネックスは1985年9月、JGAを相手取り東京地裁へ訴えて和解。前代未聞の闘争だった。
そんな武勇伝を含めて、「国内工場堅持」への強い想いなど、企業経営の本質論が込められている。(聞き手・片山哲郎)
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<h2>2001年『サイバースター』絶好調</h2>
<strong>それにしても12万本とは凄いですね。『サイバースター3000』の販売目標は当初7万本だから大幅アップ。秋口に『360』『ツアーモデル』『レフティ』を加えて完全に陣容が整いました。</strong>
「12万本はね、単なる計画ですよ。そこまでいけるかどうかわからんし、ライバルメーカーも強力な商品を出してくる。『調子に乗ってる』なんて書かないで下さいよ(笑)。
だけどまぁ、うちにとって間違いなくNO1ヒットだし、出荷ベースで毎月9000本は出ています。外資メーカーの攻勢に対抗するとまでは言えないけど、土俵に指が掛かるくらいにはなったのかな」
<strong>『サイバースター3000』だけで45億円ですか。</strong>
「もうちょっと少なくて、42億〜43億といったところでしょう。うちのゴルフ事業全体で47億〜48億の計画だから『サイバースター』に一極集中だし、 裏返せばこれしかない(笑)」
<strong>なぜここまでやれたのか、という理由のひとつに、御社のケンカ慣れがあると思うんですが、どうでしょう?</strong>
「ん、どういうこと?」
<strong>御社は1985年、「カーボンアイアン騒動」でJGAを東京地裁に訴えた。そんな武勇伝があるだけに、高反発性能のアピールが他社より頭ひとつ抜けてます。</strong>
<strong>テレビCMでも競技委員をからかうみたいなシーンを流してますが、かなり思い切りよくやってますね。</strong>
「別にからかっちゃないですよ(苦笑)。あのCMは飛びの優位性を表現するための手法でね、『反発係数』は作り手の言葉じゃないですか。そうじゃなくて、消費者に広く正しく知らしめるための演出なんです。
まあ、ケンカ慣れという意味じゃそうかもしれません。『カーボンアイアン騒動』は、ゴルフ業界における我々の原体験になっていて、消費者への対応、社員の結束、ゴルフへの取り組み方。そんな諸々を徹底的に鍛えられた。
非常に厳しい環境の中で全員が腹を固めたわけで、当社の歩き方を決した面もありますから」
<strong>腹の固め具合はどの程度でした?</strong>
「徹底的に! ですよ。うちがゴルフ市場に参入したばかりで、ゴルフ事業の売上は当時たったの8億円。にも関わらず『カーボンアイアン』のヘッド交換その他で12億円以上費やした。違反ヘッドの指定を受けてから3か月で97%回収して、間髪入れずに適合の新型ヘッドに切り換えたんです。
なぜそこまでやるんだと、みなさんから聞かれましたがね。だけどやらなきゃ駄目なんです。テニス、バドミントンのユーザーはゴルフへの流動性を持っていて、約3割が重複している。ヨネックスブランドの威信にかけても『俺は知らん』とは言えないでしょ?
それ以上にゴルフマーケットへの真剣さをアピールする必要もありまして、逃げるわけにはいかなかった。徹底的に、というのはその意味ですよ」
<strong>当時、ゴルフ事業の販売構成比はどの程度ですか。</strong>
「そうだなぁ、1割未満。たしか7〜 8%だったと思います」
<strong>すると主力のラケット部門から突き上げもあった? 「だから言わんこっちゃない、ゴルフなんかやるべきじゃなかった」とか。</strong>
「そうじゃないッ、そうじゃないんですよ。ゴルフの痛手を全社挙げて取り返すんだと、みんな形相が変わりましたよ。ゴルフの痛手を挽回するために、テニス、 バドミントンのラケット事業も必死にシェアアップを目指したし、ゴルフの老舗メーカーからも『ほら見たことか』って中傷されたじゃないですか」
<strong>ラケット屋がおもちゃのクラブを出したからだ、とか。</strong>
「そうそう(笑)」
<strong>反骨心に火が点いた。</strong>
「そうですよ。その頑張りが報われて、翌期には倍以上売りましたし、翌々期は60億に手が届くまで成長した。ラケットで培ったカーボン技術による飛び性能は、特に年配者に評価されましてね、その意味ではゴルフ振興にも一役買ったと自負している。
まあ、いろんな意味で『カーボンアイアン』は我々の原点です」
<h2>「禁止マーク」900枚を専門店にばら撒いた</h2>
<strong>『サイバースター3000』のアイキャッチは道路標識の「侵入禁止」をかたどったデザインですね。社内で「禁止マーク」と呼んでるそうで、主要店に900枚ばら撒いたとか。</strong>
「ほお、よく知ってますなあ。数までは僕も知らなかった(笑)」
<strong>あのマークはかなり刺激的ですね。高反発規制は2008年からだけど、それをわざわざ先取りしている。</strong>
「うん。先ほどもちょっと申し上げたように、わかりやすさが大事なんですよ。わざわざ『禁止』と書かなくても(高反発禁止が先行した)アメリカでは使えない、それがあのマークですぐわかる。
テレビや新聞でアピールしても売り場でやらなきゃ浸透しない。それが『禁止マーク』の配布ですよ」
<strong>「咀嚼する」ということでしょうか。いろいろ言っても仕方ない、噛み砕いて要点だけをポンッと出す。</strong>
「あのお、機能訴求の時代がね、長らく続いたと思うんですよ。これは大事。クラブは機能商品だから、他社と比較した機能の優位性じゃなく、明かに違った物を出すことです。
でも、だとしてもね、それは作り手の事情であってお客さんは違うじゃないですか。冷え切ったゴルフ市場に活力を与えるには話題性が必要で、それはお客さんの感性をつかむこと。
機能説明をダラダラ言っても買いません。感性を刺激した価値観をどのように創造するかが要点なんで、『サイバースター3000』はここに物凄くこだわってます」
<strong>感性って何でしょう。</strong>
「わかりません。僕もわからないで言っている(笑)。だけどその大切さは認識してますよ」
<strong>どのように?</strong>
「うん。例えばうちはウォーキングシューズにも力を入れてますが、これ、スポーツ医学の先生に言わせれば非常に優れた物なんです。スッと足を入れた瞬間に何とも心地良い感触がして、みなさん軽いと言ってくれる。
軽いのは誰でもわかるんです。そうじゃなくて、心地良さを言葉にできないものか。これまではウンチクをごちゃごちゃ並べてましたが、それを止めろと言っている」
<h2>おばあちゃんの涙</h2>
<strong>ヒトは他人からごちゃごちゃ言われると耳を塞ぎたくなります。いくら正しいことを言われても拒否反応を示してしまう。</strong>
「そう。僕はそれを、作り手とお客さんの本質的なギャップだと言ってるんですが、作る側はいろんな苦労を重ねてきたから全部言いたくなるんですよ。取捨選択できないんだな。だけど消費者は要点だけを聞きたいんです」
<strong>苦労話なんか聞きたくない。</strong>
「そうですよ。ならば思い切って捨てる作業が必要だし、それを一言に込めるのが表現力じゃないですか。コミュニケーションを図るには咀噌して集中させること。
それで最近、こんな話があったんですよ。
自宅のそばに本屋さんがありましてね、そこのお婆さんが歩けなくなっちゃった。見てて痛々しいんですよ。それでサイズを聞いたら僕の家内と同じだから、すぐに持って行ってあげたわけ。
そしたらみるみる回復して、海外旅行へ行っちゃった。僕の顔見ると嬉しそうに一々報告してくれるんです」
<strong>それを言葉にしたい?</strong>
「そうなんです」
<strong>「涙が出ます!」とか。</strong>
「う〜ん・・・・・」
<strong>センスがない・・・・。</strong>
「一言に込めるって難しいでしょ?(笑)」
<h2>機能訴求から「感性訴求」へ</h2>
<strong>最近コカ・コーラが「ノーリーズン」というキャッチフレーズでやってます。何だかわからないけど飲みたい、という心境なんでしょうが、そもそもコーラって健康飲料じゃありませんから感性でやるしかないですよね。</strong>
「なるほど」
<strong>面白いのはテーラーメイドです。新商品の発表を大画面を使ってやりましたが、商品写真が切り替わるたびにブルガリやモンブラン、ジャガーの写真を挿入する。言葉では説明しないけど、自分たちのポジションはここなんだと。</strong>
「それは面白いねえ。従来のテーラーメイドとは全く違うし、おそらく(親会社の)アディダスの影響じゃないですかね。アディダスのにおいがぷんぷんします。
海外メーカーはこれまで、機能訴求を徹底的にやってきたけど、今の話にもあるように、最近はかなり違ってますね。感性に対する取り組みが目立つんですよ。
残念ながら我々は、そこまで行けてない。広告代理店のセンスを含めて遅れてる事実は否めませんなあ」
<strong>だけど、御社にも感性訴求らしき動きはありましたね。去年『サイバースター2000』のコマーシャル映像で、CGを使った竜巻にオペラ歌手の歌声を被せた。大袈裟だし、ゴルファーの感性に訴えた?</strong>
「違います。アレもやっぱり機能訴求ではありましたね。というのも『竜巻』はボールのスピンを連想させる試みで、飛距離へのイメージを狙ったんです。だけど結果的には反省があって、常に議論はしています」
<strong>なるほど、いろいろ難しいんですねぇ。</strong>
<h2>ミケルソンと切れたのは悔しかった</h2>
<strong>ゴルフ事業の売上は当期47億~48億円ということですが、最盛期はいつですか。</strong>
「8年前に96億(連結)まで行って、その後ズドンと落ちてしまって、前期は44億を切りました。これが最低です。
だけど理由があるんですよ。余分なものを整理するため徹底的に絞り込んだ。散漫にやると売り場もメーカーもお客さんも、みんな混乱するじゃないですか。それを避けるために絞ったわけですが、絞れば売り上げも減りますでしょ。そういったことでした」
<strong>御社は「熟年市場」へのアプローチが中心ですが、これまで看反選手はずーっとフィル・ミケルソンでした。その彼と、絞り込みの過程で契約切れになったことはよかったんですか?</strong>
「いや、傍目にはどう映るかわからんけども、我々の基本線はアスリート志向だし、ミケルソンと切れたことはやっぱり残念ですよ。彼とはアマチュア時代からの付き合いで、世界市場ヘヨネックスを印象付けるのに多大な貢献をしてくれた。でもね、要求額が・・・。
我々の年商が500億クラスならともかく、うち程度じゃ歯が立ちませんよ(苦笑)」
<strong>要求額は複数年で110億超ですか?</strong>
「具体的な額は言えませんが、 以前の3〜4倍に跳ね上がった。この金額をほかのプロモーションに振り向ければ相当なことができますので、結果的には断念せざるを得なかったんです。
もちろん悔しかったですよ。その気持ちをわかってもらえたのか、彼のお父さんからお手紙を頂戴しまてね・・。
ただ、金の切れ目が縁の切れ目ということじゃなく、今でも彼の活躍は楽しみだし、気になる存在ではありますね」
<strong>御社との契約期間は昨年末までありましたが、その前の11月にアクシネットが「ミケルソン獲得」を発表しました。あれは、</strong>
「そう、あれは問題ですよッ。本来なら訴えられても仕方ないぐらいだ。
うちとしては事を荒立ててもしょうがないのでグッと我慢しましたが、非常に残念なやり方でしたな」
<strong>ミケルソンがいなくなってグローバル戦略は小休止ですか?</strong>
「いや、それは全くありません。地道だけどプロ契約も進めてるし、常に世界を意識しないと逆に国内でやられてしまう。そういった感覚を磨くのは非常に大事なことなんです。
国内外の比重の掛け方は経営のバランスだから、臨機応変ではあるけれど、徐々に採算が取れるようにはなってます」
<h2>安易な海外生産は「命」を取られる</h2>
<strong>御社は国内生産にこだわってますが、グローバル戦略を考えたときに国内生産のコストは重くないですか?</strong>
「そうねえ・・・まるっきり『NO』とは言えないけど、国内工場を堅持することは必要条件だと思ってます」
<strong>でも中国の労働コストは、日本の20分の1じゃないですか。</strong>
「だから一部中国へ依託もしてますが、国内工場をどうこうするという話にはなりませんし、長い目で見ればコスト差を補って余りあるメリットがある。僕はそう考えてます」
<strong>どういったことでしょう。</strong>
「うん。かつて日本にラケットメーカーは63社ありました。だけどいま何社残ってると思います? うち1社ですよ。
労賃の安い国へ技術移転して、ついでに命まで取られてしまった。つまりメーカーが自社生産を放棄した時、それはメーカーが終わる時なんです」
<strong>倒産して、自殺者も出たんでしょうねぇ。命まで取られた。</strong>
「そりゃね、すぐ隣に安く作れる国があれば、そこを使わない手はないと考えるのが普通ですが、メーカーは自分で物を作るのが基本じゃないですか。それを見失うとまずいということを、我々はラケットで散々経験してるんですよ。
ひとつ例を言いましょうか。例えばウエアの話です。ひとつの商品でS、M、L、Oと4サイズ揃えます。すると経験則的にSが5%になるという。1万枚の生産計画でSを500枚作って、結果100枚しか売れなかった。すると残った400枚は無駄になります。
ゴルフクラブもまったく同じで、経営の最大の圧迫要因は『見込み生産』なんですよ。
でね、これを回避するためにはジャスト・イン・タイムしかありません。いろんな調査データを見たところで意味がないとまでは言わないけど、需要予測をパーセンテージで見るんじゃなくて、日々の本数で追いかけるのが一番大事なことなんです」
<strong>市場予測を机上で議論しているうちに、現実の市場はどんどん変化する。だから机上論ではなく、現実の動きに如何に瞬時に対応できるか。そのほうがよっぽど大事だと。</strong>
「そう。うちもチタンヘッドは中国でやってますが、中国はあくまで材料としてのストックです。材料は1.5か月分、商品は0.7か月分で、これをきっちりと守っていく。
このあたりを全て外注すると、事前に先方の生産ラインを抑えなきゃならないので、日々の現実の動きに対応できなくなる」
<strong>つまり「見込み」をしなきゃいけなくなる。</strong>
「そう。対応できない、ということが命取りになるんですよ」
<strong>低コストへなびくのは近視眼的だと。</strong>
「少なくとも僕は、そう考えます。もちろん中国の技術進歩は素晴らしい。後発が有利なのは、その時代の最先端の技術からスタートできるじゃないですか。新しい技術の吸収が早いから、成長性も見込めます。
だけどそういったことを前提にしても、国内工場は絶対に堅持すべきなんです」
<strong>そこはもう、思想というか哲学ですね。</strong>
「そんな立派なもんじゃありませんが(笑)、うちは『計画と仕入れ』について方程式を持っていて、常に3つの角度から検証してるんですね。常にメールでやり取りして、本数をしっかりと追いかける。
たしかに『サイバースター3000』は猛烈な勢いで売れてますが、せっかく作ったブランドも過剰供給になれば在庫処分で安売りになる。ブランドなんかすぐに崩壊しちゃうし、せっかく買ってくれたお客さんに残念な思いをさせてしまう。
そうさせないのが我々メーカーの責任なんだッ。でしょ?」
<strong>わかります。</strong>
「一見合わない国内生産のコストもね、結局は帳尻が合うようになっている(笑)」