<strong>酒は「百薬の長」と言われ、適度に飲めばストレスを発散できる。「寝酒」は安眠や熟睡効果が期待でき、知らぬ同士が「小皿叩いてチャンチキおけさ」も酒のコミュニケーション効果を表わしている。</strong>
<strong>ところがタバコは「百害あって一利なし」。自分の健康を害するだけではなく、受動喫煙で周囲に迷惑を掛ける。副流煙が衣服につくとタバコ嫌いには耐えがたい臭いで、これも嫌われる原因だ。</strong>
<strong>ゴルフの古いイメージに「酒とタバコは付き物」があるのだが、嫌煙権の高まりや法規制を受けて様々な改革が進んでいる。その現状をリポートしよう。</strong>
<h2>昔の男子ツアーは喫煙プレー</h2>
ゴルフとタバコがワンセットという印象は過去、男子ツアーでの喫煙プレーが助長してきた面があり、GEWのバックナンバーでこれに触れた記事がある。2008年3月、日本ゴルフツアー機構(JGTO)の会長に就いた小泉直氏のコメントがそれで、喫煙しながらのプレーを強い口調で非難している。
「会長に就任してわたしが最初に主張したことは、エチケット、ルール、マナーです。試合中に煙草を吸って恥じないという、こんなおかしな世界を根本から変える必要がありますよ。
JGTOの幹部にはプロゴルファーが多く、内輪の実績主義が幅をきかせてきた。現役時代、オレは何勝もした、お前は何勝したんだ、と……。
でもね、だから試合中に煙草を吸っていいとはなりませんよ。プロは個人事業主だから、自分自身が商品だし、ファンに不愉快な思いをさせないことが最低条件です。マナーはファンのためであり、その背景にいるスポンサーのためでもあるんです」
このコメントを掲載したのは2008年6月号。今でこそ男子ツアーから「喫煙プレー」の姿は消えたが、14年前はそんなことが問題になっていた。
<h2>健康増進法で一気に進んだ</h2>
ゴルフ場や練習場でもタバコ対策が進んでいるが、これは法律の強化と無縁ではない。
健康寿命の延伸を目指す「健康増進法」が公布されたのは2002年8月だが、2018年7月には法律の一部改正が成立し、2020年4月から全面施行されている。
この中で、受動喫煙で健康を損なう可能性が高い子どもや患者、妊婦が主な利用者である学校や病院、官公庁などにおいては「敷地内の全面禁煙」が義務化された。
さらに国は受動喫煙防止対策をケースごとに細かく規定しており、違反した施設管理者の罰則(過料)は50万円以下、喫煙者は30万円以下等となる。
改正健康増進法と東京都受動喫煙防止条例では「複数人」(2人以上)が利用する施設での「屋内原則禁煙」としており、屋内に喫煙室を設置する場合は「喫煙室の外側から内側に流入する空気の気流が0・2m/秒である」など細かく規定されている。
むろん、ゴルフ関連施設も例外ではなく、都内のインドアゴルフスクールではこんな苦労を口にする。
「分煙が始まった当初は、設備投資の費用だけではなく、お客様の行動変容に時間が掛かるなどいろんな苦労がありました」
分煙の場所を確保しても、気流によってはタバコの煙が打席方向に流れ込む。喫煙しながら分煙場所に歩行するといった光景もあったなど、当初は多少の混乱が見られたという。
「マナーやルールが周知されなかったこと、ゴルファーには喫煙者が多かったこと。また、打席周辺を禁煙にしたら来客が減るのではないかという不安もありました。
ただ、当時は喫煙者が堂々として、吸わない人が肩身の狭い思いをしてましたが、今は世の中が逆転して喫煙者は吸いづらいと思います」
また、ガーデン藤ヶ谷ゴルフレンジ(千葉県)の荒木知太朗社長は、改正健康増進法の厳格化を受けて即座に対応したというが、やはり苦労はあったようだ。過去の経緯を含めて次のように説明する。
「実は、インドアではないゴルフ練習場でも『屋内施設』に含まれます。練習場は打球を打ち出す前面が開放されていますが、屋根があり、側壁がおおむね半分以上覆っている施設は屋内扱いになるんです。なのでウチも『全面禁煙』になりますが、喫煙室を設置できるのでこれに対応したわけです」
ただし、簡単なことではなかった。同施設はひと足早く2018年に「分煙」に踏み切り、5か所に喫煙所を設けたが、一部の愛煙家から反発を受けた。また、近隣の練習場が分煙化したら来場者が2割減ったという情報も頭を悩ませる原因になった。それら諸々を乗り越えて「喫煙室」の設置に踏み切ったわけだ。
この決断はジュニア育成やスクールで女性ゴルファーの開拓に注力する方針と無縁ではない。子供も女性もタバコへの嫌悪感が強く、常連の喫煙者と女性・子供は対立構図に立たされる。これを両立させるには分煙化と相互理解が不可欠だった。荒木社長がこう話す。
「とにかく顧客に対して分煙化の必要性を丁寧に説明しました。喫煙所の設置は1台100万円近く掛かっており、正直痛手でしたけど、分煙後も来場者の減少はなく、逆に『快適に練習を楽しめるようになった』という声が増えています。
コロナでゴルフの人気が高まりましたが、分煙化しなければ女性や若年層の獲得は厳しかったと思いますね。タバコを吸う人、吸わない人、双方の思いやりが大事です」
図らずも、分煙化が新規客獲得の原動力になったという話。対立よりも融和が大切なことを表わす好例といえる。
<h2>置きタバコでボヤが発生</h2>
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ゴルフ場もタバコ対策に前向きだが、施設内での「全社員禁煙」、しかも禁煙外来に通院すれば補助金1万円を出すと思いきった施策を打ったのが、従業員約300名を抱える鹿沼グループである。
同社はゴルフ漫画「風の大地」で舞台となった鹿沼CC(栃木県)など3コースを運営しているが、2020年2月に大幅な組織変更を行い、これを機に全社員に「禁煙」の通達を出したもの。2か月後に健康増進法の施行を控えるタイミングだった。同社人事本部の鈴木義之本部長が当時を振り返る。
「通達を出した時点で、全従業員300名のうち喫煙者は77名でした。実施は昨年4月1日からで、通達から1年間、喫煙者19名を対象に各コースで毎月『卒煙』に関わる面談もしたんです。禁煙外来に通院する場合は、会社が全通院に上限1万円を支給する補助金制度も立ち上げました」
ゴルフは健康産業でもあり、まずは櫂より始めよ、ということで、会社が率先する方針を固めたわけだが、それ以外にも、
「社内の喫煙者に対して、陰で『タバコ臭いよね』という声もありましてね……(苦笑)」
喫煙者は自分のタバコ臭に気づかないが、周囲の非喫煙者は臭いに敏感だ。それが嫌悪感につながり、社員同士のコミュニケーションに支障を来たせば会社にとってマイナス要因。そういったことも決断の背景にあったようだ。
一方、来場者への対応はどうなのか? 系列の栃木が丘GCでは5年前、ティーイングエリアでの置きタバコが原因で、
「ボヤが発生したのです。そのためコース内での分煙や灰皿の撤去について理事会やフェローシップ委員会に諮ったところ、賛否両論ありましたが、結局は理解して頂きました」
乾燥期のゴルフ場では山火事が心配のタネ。喫煙は健康問題にとどまらず、防火対策にも関わってくる。
<h2>禁煙限定枠の一人予約が人気</h2>
近年林立するネット予約業者は、様々な予約プランで競い合うが、このところ人気なのが「一人予約」で、中でも「禁煙プラン」の需要が高まっているという。
コロナ禍でリモートワークが普及して、平日の空き時間にリフレッシュと健康維持を兼ねてプレーする。一人予約は仲間のスケジュールに合わせる必要がなく、自分の空き時間を自由に使える。都下西東京市在住の50代男性ゴルファーも一人予約の常連で、利用のきっかけは、
「コロナで在宅ワークが増えたことですが、継続して利用しているのは別の理由もあるんです。一度プレーした人は『過去1年間の同伴プレー履歴』が表示されるので、苦手な人を避けられる。この点も大きな魅力です」
同氏が話す「苦手」には、喫煙者も含まれるという。
「わたしは5年前までタバコを吸っていましたが、腸ねん転の手術を機にキッパリとやめたんです。ところがある日、3人が喫煙者の組でプレーした。特にきつかったのはカートでの移動中、真横で吸われたときですよ。あれは本当に辛かったですね」
以後「禁煙限定枠」を探して予約するようになったという。
予約ページには細かい配慮がある。予約者の履歴に過去のプレー回数やゴルフの腕前、年齢、性別だけではなく、簡単な自己紹介で人柄を想像できるメニューがあったりする。
これらの情報は「楽しい」「不快な思いをさせない」ことが目的だ。様々な不快感を潰すためには細かい配慮が不可欠になり、その分、予約プランの内容が細胞分裂のように広がるわけだ。
ゴルファーの嗜好に合わせた提案は日進月歩。タバコに関わる対応が新たな需要を生み出して、中には「喫煙者お断り」を明示するケースもある。健康志向の高まりは、ゴルフ場が自社の特徴を打ち出す際に新たな切り口になっており、前出の鹿沼グループ・鈴木本部長がこう話す。
「ゴルフは歩行が中心なので健康増進に役立ちますが、それ以外で我々ができる健康支援には食事が考えられます。系列の鹿沼72CCでは昨年11月、ピザステーションをオープンして、できるだけ地場産の野菜、しかも無農薬野菜を使用しています。
高齢者は、ゴルフをすること自体が自分への『ご褒美』と考えて、普段は口にしない肉料理を食べる傾向があるようです。高齢になると肉類のタンパク質摂取率が下がると聞きますので、食事面でも健康増進に役立てると考えます」
プレー人口の2割ほどが70歳以上とされるゴルフ市場で、プレー寿命の延伸は市場活性化のカギでもある。タバコに関わる対策も、その一環と言えるだろう。