最近、ゴルフ練習場が減っていることにお気づきだろうか。遠目からでもわかるグリーンのネットは、この国にゴルフが根付いていることの象徴であった。それが徐々に消えている。
「我々練習場業界は、住宅地に近接する施設であり、ゴルファー創造の役割も担っています。それが、増えている話は聞かないけど、減っている話は聞こえてくる。現状には危機感をもっています」
全日本ゴルフ練習場連盟(JGRA)の横山雅也会長は、そう言って表情を引き締めた。
その危機感はゴルファーも同じことだ。町から練習場が姿を消すと、ゴルフとは疎遠になってしまいプレー頻度も減少する。その結果、ゴルフという趣味を手放すことになりかねない。
なぜ、ゴルフ練習場は減少傾向に陥っているのだろうか? そのあたりの業界事情をレポートしよう。
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国内には3000ほどのゴルフ練習場があると見られており、この業界を司るのが全日本ゴルフ練習場連盟だ。2013年に公益社団法人の認可を受けたが、その歴史は意外に古い。横山会長がこう振り返る。
「関東の練習場連盟は1952年にスタートしていますが、当初は練習場に来ても教える人がいないため、レッスンできる人を施設に置きたかった。そこで、アシスタントプロ制度を立ち上げて人材育成することも大きな仕事でした。
ただ、国内の練習場は3000弱と見られますが、当連盟への加盟数は375施設だから、組織率は15%程度だと思います。明確な加盟メリットを打ち出せていないことも、組織率が低い原因でしょう」
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JGRAの運営原資は、会員企業からの年会費と、連盟が発行するレッスンプロの資格をもつ「研修生」(約700人)からの年会費(3万円)が中心で、近年は研修生の数も減っているため財政事情は厳しいという。
実は、ゴルフ指導を行うための資格は、様々な団体が認定している。その最大組織が日本プロゴルフ協会(PGA)で、会員5000人超の規模になるが、これに日本女子プロゴルフ協会(LPGA)やJGRA、その他諸団体が混在し、中にはどの組織の資格も持たず、独自の理論で教える指導者もいる。
これら諸々を合算すると、日本には9000人規模のレッスンプロがいると見られるのだが、レッスン市場は120億~150億円と推計されるなど意外に小さい。
つまり、1人当たりの平均年収は160万円程度であり、年収200万円以下の「ワーキングプア」に組み込まれている状況なのだ。
彼らの職場が練習場であり、その職場が減少傾向とあって、レッスンプロを取り巻く環境は厳しさを増している。
「練習場業界はバブル時代、黙っていてもお客さんが来ましたが、こんな時代になって収益が落ちて、人材も集まり難くなった。この局面を打開しなければなりません」(横山会長)
<h3>相続税問題が重くのしかかる</h3>
練習場の経営環境が苦しくなったのは、ゴルフ人口の減少による来場者減が直接的な理由だが、もうひとつ、この業界ならではの特殊事情も見逃せない。それは相続税問題である。
多くの練習場は60~70年代に創業され、現在は2世経営者が事業継承を行うケースも多いが、創業世代が亡くなると相続税が発生する。その負担に耐えかねて練習場経営を断念する事例も散見される。横山会長の話を聞こう。
「練習場経営者は地主というか、地域に根差した活動をしている人が多いので、相続税の話があったり、来場者が減って土地からの収益率が悪くなると違うビジネスに転用する、こういった事態が起こるわけです。練習場の創成期は昭和30~40年代なので、当時からの施設は老朽化の問題も抱えており、ちょうど今、続けるか止めるかの岐路に立たされている」
では、相続税問題はどのような構図になっているのか?
「企業が運営しているケースは別にして、地主さんがやっている場合はですね、土地は個人の持ち物が多いから名義人が亡くなると発生します。土地の評価額が10億とすれば、その半分ほどを納税しなければならない。だから、それに耐えられるビジネスにしないと残れないのが現実です」
たとえば、都内で1500坪規模の練習場があり、坪当たりの評価額を100万円とした場合、その施設の土地の評価額は15億円になる。その半分の7億5000万円が相続税額になるわけだ。
ただし、本当の問題はここからだ。納税のため、7億5000万円の現預金を積み立てるには15億円の利益(税引前)が必要だという。
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「なぜなら、所得税等で半分をみるからです。練習場経営の代替わりの周期を30年とした場合、この期間で『15億円の利益』を生み出す必要がある。売上ではなく利益です。ですから、資産活用の観点で考えれば、用地をほかのビジネスに転用するケースが増えても仕方ない面があるでしょう」
ここに、練習場ビジネスの特殊事情がある。一般的な事業はキャッシュフローで収支を見るが、練習場の場合は相続の発生に備えて土地評価額の半分を蓄えておく必要がある。コトはひとの寿命に関わる問題だけに、いつ相続が発生するかわからない。そのような不安要素の上に成り立つビジネスだという。
練習場が閉鎖して、その跡地にマンションが建つ。そんな光景はもはや珍しくなくなった。これに加えてゴルフ人口の減少もあり、四面楚歌の状況だ。果たして練習場経営に未来はあるのか。あなたの町からグリーンのネットは消えていくのだろうか?
<h3>スクール事業の再興で反転攻勢</h3>
「そんなことはありません。たしかに状況は厳しいけれど、このビジネスにはまだまだ可能性があるとわたしは考えています」
横山会長は語気を強める。
同氏によれば、練習場業界が盛り返すためのポイントは「待つから呼ぶへ」をスローガンに掲げたスクール産業への転換だという。
練習場ビジネスはこれまで、「装置産業」と呼ばれてきた。「練習場」という呼称そのものが味気なく、施設を作って待っていれば、ゴルファーが勝手に来て球を打ち、打ち終われば帰ってしまう。
これを「打席収益」というのだが、もうひとつの柱が「スクール収益」だ。実は、練習場にとってスクールは、生徒を集めれば自動的に月謝が振り込まれるおいしいビジネスだというが、その収益比率は練習場業界全体で2割程度と見られている。8割を打ちっぱなしの「打席収益」が占めるため、横山会長はスクール比率を底上げすれば多くの施設が生き残れると考えている。
とはいえ課題は山積だ。先述したように、レッスンプロの雇用環境は厳しいままで、ゴルフ場のプレー価格が下がっているため、練習場をスルーするゴルファーも増えている。
仮に1球10円とすれば、200球で2000円。これが2回で4000円。安価なゴルフ場の平日プレー料金と同等だから、練習するならコースへ行こうとの意識が働いて当然だ。
その上でなお、スクールビジネスへの注力を促すのは、ライザップの参入に代表されるインドアスクールの隆盛が刺激になる面もあるという。ニューカマーの到来は、ゴルフレッスンに価値があることを改めて証明してくれた格好だ。
「ライザップの参入は非常にありがたいと考えています。訴求力がある異業種の参入はゴルフを目立たせてくれますし、何よりパーソナルレッスンで30万円ほどの値段は、ゴルフのレッスンにはそれだけの価値があることを示している。その反面、相対的に我々が安く見えますしね(笑)。
いずれにせよ、装置産業からスクール・サービス産業へ脱皮するには、接遇マナーを含めたインストラクターの技量を向上させ、顧客満足度を高めること。これを早急にやる必要があるでしょう」
今は昔のバブル時代、練習場のレッスンプロはパンチパーマに金のネックレス、ひどい場合はくわえ煙草で指導する光景もあった。
<h3>「学び直したい」ゴルフ人口が226万人</h3>
むろん、現在はそこまでひどくはないが、ゴルフレッスンは総体的に接遇マナーが欠けていると指摘される。
また、近年はスマホでスイング解析できる無料のアプリや、最新の計測器も多いため、これらを使いこなす技量も求められる。
「ですから、JGRAの研修会を改革する必要があると思います。現在はゴルフの腕を磨くことだけに近い研修内容なので、腕じゃない部分を教育する機関ですね。研修会は年10回競技会をしていますが、それはそれとして、年2回の講習会にはきちんと座学を盛り込んで、しっかりした認定にしなければ。
ゴルフ界は現在、若者需要の創出を含めて新規ゴルファーの開拓に懸命ですが、住居に一番近いのが練習場なので、いろんな企画で初心者やノンゴルファーを集めればゴルフの敷居が下がっていく。その手応えをリアルに感じられるのも我々です。
ひとつの練習場で年間100人のゴルファーを生み出そうとすれば、月に8人です。その8人のカオが我々にはわかるので、この部分は強みでしょう」
以上が横山会長の「再生案」ということになりそうだ。
このような状況下、練習場業界にとって嬉しい調査結果が発表された。PGAが行った「ゴルファーのライフスタイル調査」がそれだ。
これによると、国内のゴルフ人口は762万人で、そのうち「スクール未経験者」は全体の7割に当たる551万人もいるのだとか。さらに「できることならやり直したい」と考える層がスクール未経験者の4割(226万人)を占める結果が得られたという。
この数字がもつ意味は大きい。
仮に226万人全員が月謝1万円を払ってスクール会員になるとすれば、月商226億円の市場が生まれることになる。年換算ではなんと2712億円! その半分でも1300億円超という、途方もない市場が誕生する。グッと低く見積もって10人に1人だとしても、270億円を超える計算で、レッスン市場は一気に3倍の規模に膨れ上がるのだ。むろん、スクールへ誘導できればの話だが。
獲らぬ狸の皮算用となるかどうか。成果はひとえに練習場経営者のやる気とレッスンプロの向上心に掛かっている。
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