<strong>「ウチで試打してネットで買うお客さんが非常に多い。冗談じゃありませんよッ。ウチはボランティアじゃないんだから!」</strong>
<strong>過去十余年、ゴルフ専門店から聞かれた言葉である。その心中は察して余りある。店舗を構えて在庫を持ち、「鳥かご」のような試打室で来店客に無料でクラブをフィッティング。</strong>
<strong>にもかかわらず、最適なクラブを教えてもらった客は「ありがとう」の一言を残して去ってゆく。彼らの購入先は専門店よりも安いネットショップ。専門店の徒労感は倍加するばかり。</strong>
<strong>が、そんな状況に変化が見えはじめた。新型コロナに端を発したサプライチェーンの混乱や物不足で格安ネットの在庫が減り、価格競争が落ち着いた。加えて、ITの進化で計測・フィッティング技術が長足の進歩を遂げている。</strong>
<strong>巻き返しを図るリアルショップの現状をリポートしよう。</strong>
<h2>物不足がネットの安売りを止めた</h2>
物不足の影響から市中在庫が激減して、格安ECは玉不足。値引競争が沈静化したことを受け、多くのゴルフ専門店が息を吹き返した印象がある。現状、大手専門チェーンの売価は税込み価格の2割引き程度に収まっており、かつての3~4割引きが当たり前の値引き競争は影を潜めている。
さらに追い風となるのがフィッティング関連機器の進化である。ITの進化はこれまで、ECに有利に働いてきたが、近年は弾道計測器の進化だけではなく「姿勢推定」や「骨格抽出」によるスイングの映像解析など、新たな要素に彩られる。
フィッティングにエンタメ要素を交えながら、リアルならではの進化を遂げようとしているのだ。
スポーツ量販大手のアルペンは先頃、都内新宿駅東口に巨大旗艦店を立ち上げた。岡本眞一郎常務がこう話す。
「リアルとe-comのシームレスな融合を含め、小売りにはまだまだ進化の可能性があります」
ECとリアルの融合で、可能性を広げようとしているのだ。
その詳細は後述するが、ここで現在の市況を簡単に見てみよう。コトブキゴルフ(都内御徒町)の安本昌煥社長の弁。
「コロナ禍によるゴルフ熱の高まりで業績は順調ですが、今後、ウィズ・コロナの定着でレジャー消費が分散し、年内にはゴルフ関連支出が減るだろうと感じています」
現在、コロナの第7波が猛威を振るっており、それがゴルフ市場の「コロナ特需」を延命させるのか、それとも他のレジャーに食われるのかは神のみぞ知るだが、新規需要も一巡したとの見方が支配的だ。
「市場の先行きには不透明感が漂っています。長引くウクライナ戦争や資源・エネルギー不足に円安が加わって、値上げするメーカーも増えている。秋に発売される新商品は値上げ含みで、ドライバーは2万円ほど上がると思います」(安本社長)
輸入量の減少とコスト高、おまけに円安が加わって、市場の先行きは深い霧に包まれている。
<h2>ECの強みは「中毒性」?</h2>
財務省の輸出入統計によると、昨年輸入されたゴルフクラブは514万本超だった。バブルピークの1990年が1140万本弱だったから、往時とは比較すべくもない。
リーマンショック翌年の2009年が608万本超、東日本大震災の2011年が601万本弱。コロナ禍の2021年はこれより15%ほど減っている。
上記の数字は物不足と、格安ECの不調を裏付ける。流通量が減って製造原価が高まれば、フィッティング技術に長けた専門店にゴルファーが戻って来る。そんな見方は、あながち希望的観測とばかりは言えないだろう。
以上のことを前提にして、リアルとECの優劣を専門店各社に語ってもらおう。まずは「ECの強み」について、各店はこんな印象を話す。
■ゑびすや 岩瀬文平社長
「ECの強みはコンビニエンス性があって、隙間時間を使って生産的な買い物ができることでしょう。あとは圧倒的な情報量と、ECストアを回遊する中毒性もあると思います」
■リフレックスゴルフ丸山恭生代表
「やはり値段です。ひと頃より価格競争は落ち着きましたが、我々工房は値段じゃECに勝てませんよ。ECでの購入者はリアルなフィッティングに価値を感じない層が多いと思います」
■二木ゴルフ川崎宮前店 伊藤弘輔店長
「特に大手ECの強みは価格競争力とポイントに尽きます。ヤフーショッピングや楽天は定期的にポイントキャンペーンをやっていて、ポイントはほかの買い物にも使えるためこの面では対抗できません」
以上のコメントから、ECの強みは「価格」「利便性」「中毒性」「情報量」「幅広く使えるポイント」などがあげられそうだ。
<h2>販売員の気づきが「価値」</h2>
ECの強みの裏返しが「リアルの弱み」となるわけだが、コトはそれほど単純ではない。次にリアルショップが考える自身の弱みを列記しよう。
■アルペン岡本眞一郎常務
「リアル店は出店する環境に影響を受けます。特にモールなどへの出店では、モール自体の集客力やコロナで閉鎖といったように外部要因に左右される。出店コストや人件費、光熱費などのランニングコストもECと比べた弱点でしょう」
■ゴルフサーティ菅野實社長
「長年ゴルフショップを経営してますが、各種計測器を揃えるなど何をするにもコストが掛かり過ぎる。それが最大の弱点だと思います。すべての専門店が生き残れる時代ではないし、ゴルファー自身、情報量が多過ぎて何が正解かわからなくなっています」
■コトブキゴルフ安本昌煥社長
「販売員の高齢化と人材不足も課題ですね。当社は販売員30名で、平均年齢50歳に近づいている。社内で新しい試みをするのに『年齢の壁』を感じますし、求人募集でもなかなか人が集まりません」
以上の声を聞いてみると、ECの軽快さに比べてリアルの「重さ」が際立って見える。それも当然で、そもそもITはリアル社会の不便を解決することで様々なビジネスを生み出してきた。物販系のECも、リアル店の弱点を解決して伸びてきたわけだ。
ただし、技術進歩はECにのみ恩恵を与えるわけではない。リアルの重さは「人と人」のコミュニケーションに関わる「密度」の濃さに代表されるが、ここに最新の技術を加えれば「重さ」はECにはない長所に早変わりする。
二木ゴルフの大木克也取締役は「体験」「体感」「信頼」がリアル店の強みだとして①商品サンプルの充実、②販売員の体感、③フィッティングの高度化を強化すべきポイントにあげている。
「特に②は、社員が真剣にゴルフと向き合う姿勢が大事です。ゴルファーの気持ちを理解して、どんな小さなサインも見逃さない。このことが本当に大事なんです」
ゴルフサーティの菅野社長も、ゴルフならではの特性をこう語る。
「ゴルフは自分と向き合う時間が長く、だから悩みが深いんです。我々の仕事は一人ひとりの悩みを熟知して、時間を掛けて理解を得る。専門店の役割は、精神科医と同じだと思いますね」
ゑびすやの岩瀬社長もこの点に同調する。
「ECは『物』、リアルは『コト』だと思うんです。当店は顧客の悩みをベースにメニューを開発しており、ECでは対応できないカスタマイズも、その場で調整→作る→合わせる、というプロセスで売場の価値を高めています」
その分、手間は掛かる。経費も掛かる。それでも手を緩めないのは、合理性では価値化できない価値があるからだろう。
球を打って穴に入れるだけの行為に一喜一憂するゴルフは、そもそも合理性に馴染まない。合理ではないから趣味ともいえるわけで、ゴルファーの購入スタイルも理屈一辺倒ではないようだ。
<h2>年間1600万円買う「太い客」</h2>
「10年ほど前、常識では考えられない買い方をする人がいました」
と前置きして、コトブキゴルフの安本社長がこう続ける。
「クラブで1000万円、ウエアで600万円。年間1600万円も買う顧客です。気に入らないと、一度使っただけで他人にあげちゃう。下取りなんかしませんよ。今はそこまでの顧客はいませんが、年間数百万円買う人はそこそこいます」
こういった「太い客」は、店ではなく個々の販売員につく傾向が強いという。つまり専門店の実力は、如何に優秀な販売員を揃えるかにかかっているのだ。
同社の場合、売場は1~4階で、2階がクラブのメインフロア。そのフロア長を務める深町健氏は販売歴25年、5人いるトップセールスの一人である。個人のケータイ番号を交換する「太い客」を100人ほどもち、紹介等で客層を広げている。指名客は約200人で、
「売上的に見た場合、ドライバーを2か月に一度買い替える人が上顧客の目安かもしれません。中には1か月に4回アイアンセットを買い替えた人もいます。
フィッティングは長くて1時間。日頃の雑談で悩みやゴルフへの想いを聞くようにします。『鳥かご』(試打室)に入って試打すると、計測器が様々なデータを出しますが、そのデータを全部参考にすると混乱するので、取捨選択します。
また、データ的には合ったとしても、そのクラブはこの人に合わないと直感的に閃く場合もありますね」
現状「鳥かご」に持ち込むドライバーは一人3本程度で、キャロウェイ、テーラーメイド、ピンの外資系3社が人気。自然、鳥かごに持ち込む試打クラブも3社のモデルが多いわけだが、
「人気モデルを名指しで買いに来ても、それ以外のメーカーのクラブを推奨する場合があります。実際に打ってぼくの推奨品に決まると、販売員冥利に尽きますね」
逆に、丁寧にフィッティングして販売しても、毎週のように買い替える顧客もいる。売上は立つが、プロフィッターとしては辛いところだ。
「売上的にはありがたいのですが、販売員冥利には尽きません(苦笑)。1時間必死に接客して、翌週『ダメだよ』って来られると、悲しくなります」
同氏はイップスに苦しんだ経験があり、ゴルフと真剣に向き合う顧客の気持ちがわかる。単なる販売員ではなく、ゴルファーの気持ちを瞬時に理解できることがトップセールスの要諦だ。
この点を重視するコトブキゴルフは1回につき5000円のプレー補助金を年2回、社員に出す。今後4回に増やす予定で、
「ゴルフ場へ行けばいろんな気づきがある。それを見て感じることが大事なんですよ」(安本社長)
一連の話からキーワードを抽出すると、販売員に必要な能力は「雑談力」「観察力」「共感性」に加えて「直感力」も大事な要件と言えるかもしれない。
今や大半のメーカーがSNSで商品情報の拡散に務めるが、それで認知度が上がったとしても「鳥かごの3本」に選ばれるまでにはハードルがあり、さらに購買決定には販売員の推奨がモノを言う。
販売員の「直感」は経験が瞬時に表れる「感性」であり、多くの顧客と「雑談」を交わした成果でもある。
<h2>「ソムリエ」という販売戦略</h2>
ドライバー1本で20万円超の高額クラブを展開するマジェスティゴルフは、販売員の役割を高く評価するメーカーのひとつで、「ソムリエ制度」に注力している。
同社の工場(千葉県松戸市)を視察して学んだ販売員に「ソムリエ」の資格を付与。有資格者は約300名で、ソムリエの在籍店は230店ほどだという。
「その数を無闇に増やすつもりはまったくありません」
と前置きして、西原徹朗社長がソムリエの意義を力説する。
「当社にとってソムリエは、非常に大事な存在です。今年12代目の『プレステジオ』を発売しましたが、ドライバーは約25万円。その価値を正確に伝えるには、伝道師たる理解者が必要なんですよ。
単に金ピカのクラブということではなく、高いにはそれなりの理由がある。そこを丁寧に伝えるのが日々ゴルファーと接するソムリエであり、その存在なくして我々のビジネスは成立しません」
同社の立ち位置は、価格設定や購買年齢から見ても独特だが、それだけにリアル店の付加価値を重視する。ネットでは伝えきれない微妙な機微を、ヒトを介して染み込ませるところに価値を置く。
<h2>フィッティング術は千差万別</h2>
本題に入ろう。ECでは体験できないリアル店のフィッティング術についてである。実は、各店各様の技術があり、プロフィッターとしての矜持もある。以下、各氏の声を列記しよう。
■ゴルフレンド松戸 大野照男代表
「私はこの道30年以上ですが、その経験からゴルファーの『振り心地』を重視します。ドライバーの場合は様々な仕様を15本用意。1本につき1球打つことを15本繰り返して、それを3セット行います。
合うクラブは3球全部理想の球が出ますが、フィッティングで『1球』にこだわるのは、1本のクラブで連続して打つと10球目に会心の当たりが出ることもある。でも、それはスイングをクラブに合わせた結果であり、勘違いの場合が多いんです。ロフトは0・1度、ライ角は0・25度刻みで調節します」
■東京リシャフトラボ杉山賢一氏
「私は3年ほどキャディをした経験があるので、沢山のスイングを見てきました。そこで重視するのがフィニッシュの形です。最適な『重量』だとピタリと止まる。フィニッシュの『位置』でフレックスやキックポイントの適合度もわかります。
ただ、以上の2点が最適だとしても、スイングに『よどみ』がある場合はグリップのサイズを確認します。これが合わないと力みが出ますから」
■ブルーターフ菊地正之店長
「工房歴は10年ですが、私は顧客が過去に経験したスポーツを重視します。野球の打者は飛ぶけれど、インパクトで身体が前に突っ込み気味だからスライス傾向が強い。
また、振りかぶる投手の動作は上半身を捻転するので、インサイドにテイクバックしやすく上達が早い。その投手に近いのがテニス経験者で、剣道経験者はアドレスが美しく、サッカー経験者はほとんどクセがありません」
上記3氏のコメントは、いずれもサワリの部分にすぎない。本当はここから深みに入るのだが、紙幅の都合で割愛する。続けよう。
■アルペン岡本常務
「試打室に持ち込むクラブは、発売前に分析・テストを終え、どのようなゴルファーに何をどう推奨するかを突き詰めます。さらにお客様の希望を確認した上で、希望するクラブと最適と判断したクラブの両方を持ち込んで比較する。このやり方を原則にしています」
■リフレックスゴルフ丸山代表
「ウチでは『トラックマン4』など最新の計測器を導入して、試打席のコースボールは月に一度全部入れ替えます。試打クラブは、スイング軌道等によって最適重量がある程度決まるので、合うと思われる試打クラブを打ち、弾道データを確認して、再度推奨クラブを提案するという流れになります。
計測器の進化で様々なデータが採れますが、肝心なのはフィッターが数値を『解読』する力です。個々のゴルファーによって何が大事な指標かをきちんと読み解くことが大事なんです。
近年、ユーチューバーがいろんな説を唱えますが、正しくないことも多いので問題だと思いますね」
■二木ゴルフ田無店 菅野涼副店長
「メーカーごとに説明や基準がバラバラなので、まずは統一したデータを作成します。その上で、会話の中から使用クラブへの不満や悩みを聞き出して、病院のように処方箋を頭に描く。
試打クラブは『鳥かごの3本』という感じではなく、10本でもそれ以上でも、納得するまでアドバイスを続けます」
<h2>進化するリアル店の可能性</h2>
フィッティングに対する考え方は千差万別の印象だが、最適なクラブを導き出すには「人と人」の濃密な時間が必要という点で一致している。つまり、手間を惜しまない姿勢がカギになる。
その上でITの進化を取り入れながら、リアル店自体が進化していく青写真をそれぞれ描く。
アルペンの岡本常務はECとリアルの「シームレス化」を目指しており、アパレルを例にとりながら次のような説明をする。
「品数が多いアパレルは店頭に十分な在庫をもてないので、端サイズや差し込みカラーを店頭で確認、その場で決済。さらに商品はe-comから配送する仕組みが考えられます。
バーチャルフィッティングルームで『仮想試着』をして、気に入った商品を実際に試着して決める流れもあるでしょうね。リアルとITが融合すれば専門店はまだまだ進化します」
むろん、この話はアパレルに限ったものではなく、ギアへの適用も考えられる。店頭に「コト」の要素を持ち込めば、ライフコンサルティングとしての広がりも期待できるだろう。二木ゴルフの大木取締役は、
「ゴルフを生涯スポーツとして続けられるよう、ショップで身体のメンテナンスをすることも視野に入れたいですね」
と語っているが、近年では理学療法士がゴルフ指導の資格を取り、レッスン市場に参入する動きもある。
身体の構造を熟知した理学療法士のレッスン&フィッティングが実現し、これにAIの画像解析が加われば、まったく新しい世界観が表れるかもしれない。専門店の進化は、まだまだノビシロがありそうだ。