<strong>「日本版NCAA」の導入を推進する全国大学体育連合の小林勝法専務理事</strong>
今年5月に発生した日大アメフト部の「危険タックル」は当時、各種メディアで報道されたが、これによって明らかになったのが大学スポーツの根深い闇だ。そして諸問題の解決は、これからが本番という見方もある。スポーツ庁の主導で来年2月の立ち上げを目指す「日本版NCAA」との絡みである。
大学の運動部は任意組織であることから、金の流れが明らかにされず、運営も独立して行われるケースが大半だ。そのためブラックボックスになってしまい、学外の人間が介在したり、スポーツで優秀な成績を収めた高校生を「スポーツ推薦」で入学させる権限を運動部が握るなど、二重構造が指摘される。
「わたしが強調したいのは、様々な問題の元凶はスポーツ推薦入試にあるということです」
全国大学体育連合(大体連)の小林勝法専務理事(文教大学国際学部教授)は、そう言って口元を引き締める。
有名大学に入りたい高校生とその親、さらには指導者や学校は過酷な練習環境を容認する。「推薦枠」を取りつけることが目的で、それが勝利至上主義につながってしまい、過度な練習によるケガやいじめ、若くして選手生命を絶たれるなど問題山積の状況だ。
小林専務理事によれば、このような学生スポーツ界の闇を浄化する一策として、「日本版NCAA」に期待する面もあるという。
<h2>大学経営の苦しさが元凶</h2>
日本には約800大学あり、「体育教員」を統括する最大組織が大体連。小林専務理事はNCAA導入の旗振り役を務めている。
1906年に米国で設立されたNCAA(全米大学体育協会)は大学スポーツの総本山で、年間8000億円の収益をあげる一大組織。これをアレンジして導入するのが「日本版」であり、スポーツを通じた大学改革も視野に入れるという。
大学業界は現在、18歳人口が急減する「2018年問題」を抱えており、大学の閉鎖や統廃合が加速する。生き残りの方策として運動部の活躍によるPRがあり、日本大学が「スポーツ日大」を掲げたのはそのためもある。
くだんの「危険タックル」は勝利至上主義の表れであり、複雑な大学事情を白日にさらした瞬間でもあった。
GEWは2018年7月号で小林専務理事の取材記事を掲載した。以下、動画インタビューと記事の再編集でこの問題を取り上げていこう。まずは「危険タックル」の本質的な問題を小林専務理事が動画で語る。
<iframe width="788" height="433" src="https://www.youtube.com/embed/5G9256spx9Q?rel=0" frameborder="0" allow="autoplay; encrypted-media" allowfullscreen></iframe>
問題点を要約すれば、運動部は本来、大学の管理下にきちんと置かれる必要があるが、それがされていない現実がある。さらに種目ごとに統括する学連(学生競技連盟)の在り方も収支を含め不明朗な部分が多い。つまり大学スポーツは、ある種の治外法権に置かれている。
これを助長するのが「2018年問題」という見方もできるだろう。少子化に苦しむ日本の大学は、半数以上が定員割れと言われており、熾烈な生き残り策の一環として運動部の宣伝効果に期待する。その結果、運動部の関係者が幅をきかすことにもなる。
「日本全体の大学の中で、スポーツ推薦・運動部強化指定を行うところは3割ほどですが、その運動部が曖昧な存在で、指導者は誰の任用かわからないし、お金の流れも不明朗なのです。
そこで、体育会を世話する学生課やスポーツ振興課が一体となって『スポーツ局』を作り、課外活動である運動部の危機管理を含め、きちんと整備しようじゃないかと。それが日本版NCAAを目指す一因にもなっています。
わたしは、様々な問題の元凶はスポーツ推薦入試にあると思っています。本来はひとつであるべき入口が、別なところにもありましてね、どこそこの運動部は何人といったように枠を持っているんです。
入試の判定は学部教授会がしますけれど、運動部には枠がありますから、監督は年中全国をまわってリクルート活動をしています。高校もそれを望んでいて、優秀な成績をあげた生徒を有名大学に入れる仕組みの中で、保護者も強くそれを望む。
親を含むすべての関係者が勝利至上主義になってしまい、暴力やいじめを我慢する風土が育ってしまうのです」
<h2>日本版NCAA構想の骨子</h2>
上記の問題を解決する方策として期待されるのが「日本版NCAA構想」だが、具体的にはどのような仕組みになるのだろうか。
<iframe width="788" height="433" src="https://www.youtube.com/embed/DJBVjy0NgbI?rel=0" frameborder="0" allow="autoplay; encrypted-media" allowfullscreen></iframe>
上記の話を補足すると、全米には約2300大学あり、その半分ほどがNCAAに加盟している。本部があり、その下に300ほどのカンファレンス(地域リーグ)が連なる仕組み。
NCAAは24競技を統括し、人気リーグは『パック12』(西部)や『ビッグ10』(中西部)、日本で有名な『アイビーリーグ』(東部)もそのひとつだ。NCAA傘下のカンファレンスはそれぞれ試合の主催権をもち、ブランド力を高めて収益をあげる構造になる。
「スタンフォードが入っている『パック12』は十数種目を12大学で競いますが、東京六大学野球と同じで入れ替えがない。いつも同じ顔触れで争うから、地元は大いに盛り上がります」
ゴルフでいえば、タイガー・ウッズがスタンフォード大学だった。リーグ戦を勝ち上がると、各競技の全米チャンピオンを決める『全米選手権』に出場できる。こちらはNCAAの本部が開催権を持ち、放映権料などで莫大な収益をあげる。それが1000億円で、すべてのカンファレンスを合わせると総額8000億円と言われる。
しかし、これをそのまま日本に持ち込むのは難しく、第一に規模の違いがある。学生数が1万人超の大学が多い米国に比べ、日本は3000人以下が7割を占める。また、ミシガン大学は11万人を収容するスタジアムをもつなど、日米のスケール感は大きく異なる。
そのことに加え、日本の大学事情も無視できないとか。
「日本版NCAAの話になると、どうしても『全米選手権』の部分で考えがちです。強豪校を連合して、放映権の仕組みを作るとか。でも、わたしの考えは違っていて、大事なのは、地方ごとにカンファレンスを作ることなんです。
それほど強い大学じゃなくても、地域に根差した大学同士が競い合えば地元は大いに盛り上がります。つまり、地域社会と大学スポーツの交流がとても大事で、得られた収益は学生に還元する。その目的は『学業充実』と『安心安全』『マネジメント力』の向上です。
そのような動きが地方に定着すれば、経営難に苦しむ大学の活性化にもつながるでしょう。日本版のNCAAは、スポーツを通じた大学改革に位置づけるべきだと思っています」
上記の点を含め、日本版NCAAの組織的な特徴も動画で話してもらい、その後、一連の構想のカギとなる「スポーツアドミニストレーター制度」について詳述する。
<iframe width="788" height="433" src="https://www.youtube.com/embed/8rB25Oofhtc?rel=0" frameborder="0" allow="autoplay; encrypted-media" allowfullscreen></iframe>
<h2>「SA」が今後のキーポイント</h2>
以上、動画インタビューを掲載したが、本誌の7月号ではこれ以外にも経緯の詳細を取材している。以下、小林専務理事の話。
「NCAA構想は、10年ほど前に関西の大学で取り組みはじめた経緯があります。制度自体の導入ではなく、NCAAのいい部分を取り込むような話でした。
それが国として動きはじめたのは、馳文科大臣のときですね。日本のGDPを600兆円にするという話の中で、スポーツ関連のGDPも3倍にしようと大きな流れになったのです」
背景には第2期スポーツ基本計画がある。これは、2025年までにスポーツ市場の規模を5・5兆円から15兆円に拡大する計画だ。2016年4月に文科大臣が座長を務める「大学スポーツの振興に関する検討会議」がスタートし、昨年3月に2018年度中に日本版NCAAの創設を目指そうとなった。
「大学スポーツのビジネス化も検討されて、経産省も乗ってきたわけですが、そもそも馳さんの思いはビジネス化だけではなく、大学スポーツの健全化や大学体育の必修化もやりたいと思っていたところ、大臣を退任されてNCAAだけになってしまった。そんな経緯です」
ただし、一部では具体的な動きもはじまっている。代表的なのがスポーツアドミニストレーター(SA)を大学に配置するもので、スポーツ庁から大学に事業委託金が支給されるもの。昨年は8大学に各700万円、今年度は十数大学に各900万円ほどだという。
そこで注目されるのがSAだ。一体、何者なのだろう?
「SAの第一の役割は、大学スポーツを事業化するための資金調達で、それ以外ではブランド力アップやキャリア支援、安全性の向上も含まれます。
SAになるために特別な資格やキャリアは必要ありません。学内の教員や職員、外部の人間もOKです」
その雛型は、文科省のリサーチアドミニストレーター(RA)なのだという。研究に没頭する大学教員は、その成果をマネタイズする能力に欠けている。「象牙の塔」と言われるように、学者は研究に専念し、世間と隔絶された生活を尊ぶ風潮もある。
RAは、その研究内容を企業等に売り込んで外部資金を調達する役割で、学者と企業の橋渡しを担うものだ。仮に1億円調達したら、その1割を学内の管理経費やRAの人件費等に充てるイメージだが、SAはこれのスポーツ版だという。
ところで、SAの役割には大学と運動部の橋渡しを行う部分もあるのだろうか。
「それはどうでしょう。SAには営業的な部分が求められますし、実は大学スポーツの在り方も変わってきているんです。
筑波大の場合はアスレチックデパートメント(AD)の名称で、ドーム社(アンダーアーマー)の資金で米国方式を立ち上げました。東大は『運動会』と呼んでいますが、これは財団法人なんですね。
それと、京大のギャングスターズというアメフト部は、運動部はそのままですが、部をマネジメントする組織として2年ほど前に社団法人を立ち上げています。ここで資金の管理をしたり、監督の派遣も行います」
大学によっては運動部の近代化に積極的で、「日本版NCAA」の動きとは別に独自の歩みを進めている。
いずれにせよ、来年2月の設立に向けてわずか半年しか残っていない。スタート時に200大学、40学連の加盟を目指すものの、陸上、野球、ラグビーなどの人気種目は学連の収益力が高いため、「日本版NCAA」に当初から参加する見込みは薄いという。
「ですから、長期的に考える必要があると思います」
日大アメフト部の次はアマチュアボクシング界といったように、再来年の東京五輪を前にスポーツ界の暗部があぶり出される。それとは別に、インターネットテレビの台頭でスポーツの放映権料が高騰し、大手広告代理店が未開の大学スポーツに商機を探る動きもある。
そんな諸々の喧騒の中で、「日本版NCAA構想」は来年2月の創設を目指す。