研修でビールの注ぎ方も学ぶ
<strong>女子ツアーは相変わらず絶好調ですが、その理由を伊藤さんはどのように考えているのか。まずはこの点から教えてください。</strong>
「その質問をよくお受けするのですが、わたくしたちは諸先輩方からバトンを受け継いだ中で、女子プロゴルフがどのように社会で必要とされるのかを常々考えております。具体的には20年ほど前に仕組みを作った『新人セミナー』と『ルーキーキャンプ』ですね。ここでの研修が支えになっていると思います。
女子ツアーはファンサービスがよい、プロアマでお客様に楽しんで頂けている、そのような評価がございます(笑)」
<strong>20年前は女子ツアーの厳冬期でした。テレビ中継も深夜帯の埋め草番組等に凋落して、いわゆる不人気コンテンツだった。</strong>
「当時はスポンサーさんも激減して、テレビも土曜日は中継しませんとか。非常に厳しかったわけですが、その苦境を脱するためにイチから教育をやり直したのです」
<strong>新人教育はGBD(ゴルフ・ビジネス・デビジョン)、つまり伊藤さんの管轄ですが、具体的な活動内容は?</strong>
「まず、ルーキーキャンプは9月の『日本女子プロゴルフ選手権』で、火曜から最終日まで裏方のお仕事を体験します。プロテストの1位合格者はこの大会に出られる特典があるので免除されますが、それ以外の全員がその年と翌年の2年間(TCP会員は1年間)、泊まり込みでフォアキャディやスコアラー、ギャラリー整理などを朝から晩までやるわけです。
これによりプロの立居振舞やギャラリーの喜ぶ姿を間近に見たり、あるいは自分だったらこうしようと考える機会が得られます。
で、いずれ試合に出ますよね。そのとき山の上にいるフォアキャディの旗の出し方が遅くても『何やってるの』ではなく、『迷ったんだな』と思えるじゃないですか。裏方さんの事情や気持ち、自分のプレーが沢山の方に支えられていることへの感謝の気持ちを、」
<strong>実体験で叩き込む。</strong>
「そう、それが何より大事なんです」
<strong>一方の新人セミナーは?</strong>
「こちらは毎年12月に3日間、朝から晩まで缶詰になって、前夜祭でのマナーや言葉遣いも勉強します」
<strong>以前女子のプロアマに出たとき、パーティーで同伴プロがビールを注いでくれました。そのタイミングが絶妙で、聞けば「ビールの注ぎ方も教わりました」って。</strong>
「はい、やっております(笑)。立食パーティーでお料理を取るときのお皿とお箸の持ち方とか、どんな会話をすると適切なのかも研修します。あのぉ、20代の前半で企業の役職者とお話をするときに、何を話題にすればいいかわかりませんよね。なので、まずはお天気の話に始まって『ゴルフでどんなところにお困りですか?』など、円滑にコミュニケーションするための会話術も学びます。
最近ではSNSの対応も研修しているんですね。試合会場のロッカーなどを勝手に載せると、拡散して不都合が起きるじゃないですか。そのような失敗例を題材にしてお勉強をしております」
<strong>セミナーは何科目ですか。</strong>
「という質問があると思って、ここにご用意しました(笑)。はい、これが昨年のスケジュール表です。
初日の9時20分に小林会長が朝イチの挨拶で気合を入れて、その後『先輩プロに聞くLPGAの歴史』や『トーナメントの仕組み』とつづき、『ゴルフ規則』『社会人としての作法』。それから『アンチドーピング』や『選手とソーシャルメディア』までが初日の講義です。
2日目は8時半から『栄養学』『演出術』『レセプションマナー』などで、3日目に『トレーニング実技』や『日焼け対策』など、トータル十数科目を学びます」
<strong>税務署が講義する「税の基礎知識」もありますね。プロは個人事業主だから、申告漏れは致命傷。一人がうっかりしただけで全体のイメージが悪化する。</strong>
「はい。ですからそのあたりも細心の注意を払っております」
<strong>新人セミナーの費用はどうなるんですか?</strong>
「会員は全額協会が負担します。具体的な金額はマル秘ですが(笑)、QTから資格を得ている『単年登録者』からは参加費を頂きます」
<h2>華やかなツアーの裏側で壮絶なサバイバル</h2>
<strong>単年登録者とは?</strong>
「まず、LPGA会員の全体像を話しますと、会員はトータル1034名(2016年2月26日現在、以下同)で、内訳はトーナメントのTP会員が811名、ティーチングのTCPでA級が179名、これ以外にインターナショナル会員(35名=韓国籍19名)と特別会員(9名)がおります。
これに加えて、会員外のカテゴリーとしてQT資格の単年登録者(63名)とTCPのB級(18名)、C級(3名)にアシスタント(22名)という構成ですね」
<strong>なるほど。ティーチング資格のTCPが2割弱ということは、それ以外はトーナメントプロですか?</strong>
「プロフェッショナル会員というカテゴリーになります」
<strong>でも、その大半は試合に出られないでしょう。</strong>
「そうですね。参加選手の枠は108名、大きな試合では140名ほどですが、ツアーでお金を稼げているのはボミちゃんの2億数千万円を筆頭にして23万7000円の168位まで。つまり169位が稼げていないわけですが、この169位タイがもの凄い数になりましてね、仮に100名いるとすれば、計270名ほどがトーナメントで必死に頑張っている、あるいは何とか頑張ろうとしている人数になります」
<strong>ミニスカでひらひらと、お花畑みたいな女子ツアーも、実は壮絶なサバイバルなんですね。4日間の男子ツアーの場合、旅費その他で千数百万円稼いで収支トントンと聞きますが、女子の経費は?</strong>
「どうでしょう。そこはあくまで印象ですけれど、38試合にフル出場して1試合平均20万円、年間760万円ぐらいじゃないかしら」
<strong>すると1000万円以上稼がないと苦しいですね。</strong>
「だと思います。かなり大雑把な捉え方ですが、TP会員の半分に当たる400名ほどがQTに挑戦していると想像できて、それ以外のTP会員はツアー以外でゴルフのお仕事をしたり、していなかったりだと思います」
<h2>能力要件ガイドを作成</h2>
<strong>会員登録に更新制度はあるんですか?</strong>
「ありません」
<strong>登録して会費を払い続ける。</strong>
「そうなりますね」
<strong>するとツアー引退後のセカンドキャリアも継続するわけでしょうが、GBDの活動にこれは含まれますか。</strong>
「GBDはゴルフ指導者の育成をしていて、TCP会員はレッスンのお仕事で会員登録、一方のTP会員はツアーに出ることが前提です。ツアーを退いたTP会員がそのまま指導することに問題はありませんが、より深い勉強をしたい場合はTCP資格を取るひとも沢山います。セカンドキャリアとして自己研鑽を積む場合は、GBDの対応になりますね」
<strong>レッスンの仕事に関わる女子プロの総人数はどれくらいですか?</strong>
「それも正確に把握できていませんが、先ほどのお話につなげれば、TP会員の半分に相当する400名前後にTCPを加えた600名ぐらいかしら。それで生活のすべてを賄えているかは別にして」
<strong>一説によると国内のレッスンプロは男女で9000名、市場規模が120億円として1人当たり平均年収130万円との見方もあります。これ、完全にワーキングプアの範疇ですね。</strong>
「あのぉ、それはゴルフだけの話ではなくて、人口が減ると様々な業種で同じような問題が起きますよね。ですので、大事なのは個人の質だと思うんです。
市場規模を指導者の数で頭割りすると先ほどの年収かもしれませんが、個別的には指導者の質によるものがとても大きくて、この先生だからゴルフを始めたい、続けたいと思われる指導者を、一人でも多く輩出するのがLPGAの役割です。なので、その面でのサポートは惜しみません」
<strong>具体的にどんなサポートですか?</strong>
「実は、今年から『能力要件ガイド』の作成に取り組んでいるんです。これは会員が自己研鑽できる仕組みなので、まさにセカンドキャリアへの対応といえるでしょうね。
具体的には、会員個々の特長を明確に示して、①ITを使った指導法に長けている、②プレゼン能力が高い、③個人または集合レッスンが得意、④ゴルフクラブの性能を熟知して身体とギアのマッチングが得意など、会員によって異なるスキルを自覚して、伸ばすことが目的なんですね。
我々は、特に小学生以下のジュニア育成が得意だと自負しておりますので、そこの強化もしていきます」
<h2>ジュニアゴルフ界の問題点</h2>
<strong>LPGAにはジュニアゴルフコーチの資格認定制度があって、通常のTCPに比べて狭き門です。ジュニアの資格保有者は何名ですか。</strong>
「現状では50名です。ゴルフを通じて良き人間、良きゴルファーを育てるのが理念なので、『正直』『責任』『礼儀』『感謝』『尊敬』『自立』という6つの価値観を、日々、呪文のように唱えて指導してるんです。
親子でも、親御さんだからこそお子さんに言い難いことってありますよね。ですから、指導者ゆえに伝えるべきこともあると思っていて、」
<strong>ジュニアゴルフの世界は多くの問題を抱えています。大会主催者がエリートジュニアを奪い合ったり、学校へも行かせずゴルフ漬けで、スコアを誤魔化す「消しゴム問題」も指摘される。困ったもんです。</strong>
「はい。残念ながらおっしゃるとおりで、子供をプロにしたい親御さんが極めて熱心に、ほかのことを度外視して学校へ行かせなかったりも散見されます。でも、それでは本当に強くなれませんし、ヒトとして総合力がなければダメなんだということを、我々はプロの団体だからこそ、発言する必要があると思うんですね」
<strong>子供をプロにしようと無理をして、家庭崩壊を招いてしまう。</strong>
「あのぉ、親御さんも決して悪気があるわけではなく、子供のためを思ってのことですよね。でも、渦中にいると正しい方向が見分けられず、ズレる場合も多々あります。その際、誰かが俯瞰で見て『今やるべきはこっちじゃないかしら?』と言ってあげられるのがコーチであり、指導者なんだと思います」
<strong>LPGAのジュニア指導は、いわゆる競技志向のエリートジュニアが中心ですか? それとも、一般の子供へ敷居を下げる目線を大事にしている?</strong>
「うん、そこは両方ですね。まずはゴルフ人口を一人でも増やして、人生を楽しむ選択肢のひとつにゴルフを加えて頂きたい。そこをしっかりやりながら、その中の何万人に一人かは職業としてゴルフを選ぶ子供もいるでしょう。ですから両方大切だと思っています」
<strong>下世話な質問をします。50名のジュニアコーチは喰えてますか。</strong>
「う〜ん、過去20年ほどジュニアの指導者を育成してきて、今のところ実態調査が甘いんですね。なので、今年から念入りに調べようと」
<strong>実態調査というのは、生活調査のこと?</strong>
「いえ、生活を調べるということではなく、誰をターゲットに、どんな指導をどの程度の頻度で行って、成果はどうだったのかを把握する。これをベースに今後の仕組みを作ろうということです。
ジュニアコーチの資格制度は2年間を1スパンでやっていますが、これから東京五輪がありますし、質の高い指導者が誇りをもって食べられる環境を整えることは、とっても大事じゃないですか」
<strong>おっしゃるとおりだと思います。</strong>
<h2>上位を韓国勢が占める現状</h2>
<strong>多少、意地悪な質問をします。</strong>
「イヤです(笑)」
<strong>まぁ、そう言わず。</strong>
「どうぞどうぞ(笑)」
<strong>昨季賞金女王のイ・ボミは韓国枠での五輪出場が厳しい状況ですが、国内ツアーでは彼女を筆頭に5位まで外国人選手が占めている。ということを考えれば、LPGAのジュニア育成は本当に機能しているのか? そんな疑問もわいてきますが。</strong>
「あのぉ、外国人選手が上位を占めた一因に、QT制度を設けて国外に門戸を開いたこともあるんですね。国際的に競争力のあるツアーを開催して、その時々で旬な選手が出場すれば切磋琢磨できる。それと東京五輪を見据えたとき、日本人選手がメダルを狙うには厳しい環境が必要じゃないですか。今は外国人選手が上位ですが、これらの相乗効果で日本人選手も力をつけて、トーナメントが活性化すれば、より魅力的なツアーになると思いますが、如何でしょう?」
<strong>う〜ん。</strong>
「がんばってみた(笑)」
<strong>というか、韓国人選手と日本人選手の比較論に絞ってお願いします。</strong>
「あのですね、特にナショナルチームにおいては国のお金がどれだけ入っているか、ここは決定的な違いだと思いますし、韓国は日本の比ではありません。それと、韓国のジュニアは適切な時期に適切なプロの指導者から、適切な指導を受けています。我々も頑張ってはおりますが、子供たちが伸びるときにスイングの基本や試合への心構えをしっかり教えられるプロの指導者、その養成が追い着いていないとは思えます」
<strong>LPGAの指導スキルを高める必要があるわけですね?</strong>
「そうですね。日本の指導者全体の底上げは、非常に大きな課題だと思います」
<h2>LPGA独自でシニア指導のソフトを完成させる</h2>
<strong>聞くところによると、LPGAのTCP資格はPGAの講習が最終段階で、ここに到達するには8年も掛かるとか。これでは長過ぎるし、有望な人材がLPGAの指導者になるための障壁になりかねない。と思うんですが、どうでしょう?</strong>
「そこは、PGAさんのお力を頂きながら、LPGAも日本の指導者の質の向上を図りたい、と。なんて言うのかしら、日本の指導者はあまりにも男性が多いので、女性も頑張ることによってイメージを変えたいんですね。よい人材が、ゴルフの楽しさを伝える仕事に就きたいと思ってもらえるよう、受講しやすい仕組みは大事だと思います」
<strong>すると今後、期間の短縮を含めて改革する?</strong>
「そこは、ノーコメントでお願いします(苦笑)。ただ、これまでLPGAはジュニア重視で来ましたけど、今年から新たなチャレンジをするんです。具体的にはシニア対策で、まだ企画段階なんですが、LPGA独自のレッスンマニュアルを開発して、シニア層が健康で末永くゴルフを楽しめる応援をしていきたいと、このほど決意いたしました!」
<strong>ほぉ。それはシニア専門の指導者資格ですか?</strong>
「いえ、現段階ではシニアコーチの資格制度ではなく、協会内部で勉強会をして一気に広げるほうがいいのかな、と。年内を目処にプログラムを完成させたいと考えているんです」
<strong>なるほどね。老いても男子だから、女性に教わったほうが心も弾む。女性のシニアコーチは、ゴルフリタイア防止のキラーコンテンツになるかもしれません。</strong>
「ありがとうございます(笑)。まずは何を伝えるかをこれから詰めて、企画を固めます」
<strong>となると、大学との産学協同もありですか? 健康長寿に寄与するゴルフ指導には専門の知見が必要だろうし。</strong>
「おっしゃるとおりです。専門家と一緒にテーマを設けて話し合うと同時に、会員個々がもっている知見や経験も集めたいと考えています。
知っていれば防げるケガもありますし、シニアのゴルフリタイア防止はとても大事じゃないですか。先ほどの『能力要件ガイド』の作成には数名の会員が関わっているので、それと同様のチーム編成でシニア対策を進めることもあるでしょうね」
<strong>メーカーとの協同はどうですか。ギアとスイングは不可分の関係だから、クラブの知識は重要です。</strong>
「もちろん大事なことだと思います。立場上、特定メーカーとの密接な関係は難しいでしょうが、クラブの重要性はジュニア育成を通じて実感していますので」
<strong>ジュニアもシニアも身体が頑健ではない点で共通しますね。</strong>
「あのぉ、10代で活躍する女子選手が増えたのは、メーカーさんが子供用クラブを開発して下さったおかげ以外の何物でもないんですね。
数十年前はスチールシャフトを子供用に切ったり、身体ができあがるまではクラブ振っちゃいけないとまで言われたものです。今は3歳児や小学校の低学年でも楽しくプレーできますし、小さく基本を教えたスイングが右肩上がりに育つので、成長してもスイングを作り直す必要がないんです。ゴルフの上達とクラブの進化はとても密接だと思っていて、」
<strong>それはシニアも同様だと。</strong>
「おっしゃるとおりです」
<strong>特定メーカーとの提携で角が立つなら、JGGA(日本ゴルフ用品協会)との相乗りはどうでしょう?</strong>
「そうですね。そこは協会同士でつなげて頂くとありがたいですし、是非、お願いします(笑)。いずれにせよ、今年はLPGAにしかできないことをしっかりと詰めます。ツアーの魅力に磨きを掛ける一方で、指導者はゴルフの楽しさを伝えてプレー人口やプレー頻度を高めること。
その際、道具やフィールドも大事なので、関係者の方々に感謝しながら協力をさせて頂き、活性化したいと考えております」
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