小学校における体育授業中の熱中症発生率は高校の7倍以上
独立行政法人日本スポーツ振興センターの『「体育活動における熱中症予防」調査研究報告書』では、中高の熱中症発生内訳として運動部活動中が約7割とされている。これを「体育の授業中」に特化して見ると、小学校での発生割合が中高の4倍~7倍(小26.2%、中6.5%、高3.5%)もの割合となっている(JSC、2014)。この背景には、成長途上の児童は体温調節機構が未成熟であることや、体表面積が小さく輻射熱の影響も受けやすいことなどが考えられる。
2024年4月1日に改正気候変動適応法が施行されるなど、近年見られだした経験したことのない猛暑に対して、政府主導で気候変動の影響と適応に関する計画を策定し推進することが確認されているが、暑さ対策に優れた着衣や帽子の開発研究はあまり進んでいない。筆者はゴルフ産業向けの提言とともに、科研費研究課題として子どもの体育授業時の着衣や帽子に関する研究も行っている。
<img src="https://cms-backend-gew.com/wp-content/uploads/2024/07/kita2.jpg" alt="" width="791" height="500" class="size-full wp-image-81957" /> 図1. 赤帽や黒髪への蓄熱は5月の気候でも50℃を超える(撮影:北 徹朗、撮影日:2023年5月27日)
その研究成果の一部を、2024年6月1日に東洋大学白山キャンパスで開催された、第31回日本運動・スポーツ科学会において『人工暑熱環境下における児童用帽子の表面・内側温度の経時的観察-暑熱対策帽子の製品化に向けた赤白帽・黄白帽・桃白帽の比較検証-』というテーマで報告した。時宜に適った研究内容だったこともあってか、この研究は学会賞を受賞したが、本稿では暑さに強い帽子開発研究のスタートアップ事例として、学会発表した内容を抜粋して紹介したい。
<h2>先行研究では「ホワイト」「ピンク」「イエロー」の帽子が暑くなり難い</h2>
筆者らは2018年より暑熱環境下における帽子内温湿度や表面温度評価に関する研究を開始し、帽子に温湿度を溜めないポイントや、蓄熱し難い帽子開発について提言を重ねてきた。ゴルフプレー中の帽子内温湿度に関する研究(Kita et al.,2019)や様々なスポーツ実施中の状況(北ら,2022)などの先行研究では、ホワイト系、薄いピンク系、イエロー系の帽子が、運動内容に限らず内外に温度を溜め込み難いのではないかと考えられた。
<h2>伝統的に親しまれてきた「紅白」との向き合い方</h2>
小学校で用いられる児童用帽子(紅白帽または赤白帽)での観察では、暑熱環境下において赤の表面温度は白に比べて常時10℃以上もの差が生じ、帽子内温度も上げることを明らかにしてきた。そして、赤白帽の主たる目的・機能として「色によるグループの判別」であることから、赤にこだわる必要はないのではないか、と言う提案もしてきた。
他方、日本には「紅白戦」、「紅白餅」、「紅白幕」等々、紅(赤)と白が伝統的に親しまれてきた。こうした背景を踏まえて、小学生の子どもを持つ保護者500名にアンケート調査も行っているが「紅白の伝統を守るべき」と考える保護者は3割にとどまっている。
<img src="https://cms-backend-gew.com/wp-content/uploads/2024/07/kita1.jpg" alt="" width="1000" height="500" class="size-full wp-image-81955" /> 図2. 従来品の赤白帽(左端)と実験用に新たに作成したプロトタイプ(黄白帽、桃白帽、ツバ赤帽)
<h2>伝統・慣習のカラーを引き継ぐ「桃白帽」が適切</h2>
従来の赤白帽に加えて、筆者が開発・特注した3タイプ(黄白帽、桃白帽、ツバ赤帽)のプロトタイプを用いた検証を試みた。具体的には、A大学実験室内を気温25.0℃、湿度60.0%の環境に設定し、帽子上部から人工太陽を模した白熱灯を照射、屋外環境再現のため帽子右側から送風(0.5m/s)した。帽子内温度はデータロガーで10 分間測定し表面温度はサーモカメラで計測した。帽子サンプルは全て綿ポリ製(ポリエステル65%,綿35%)であった。
<img src="https://cms-backend-gew.com/wp-content/uploads/2024/07/kita3.jpg" alt="" width="500" height="285" class="size-full wp-image-81958" /> 図3.人工暑熱環境下における帽子内温度の推移(データラベルは最終温度)
観察の結果、帽子内温度の平均値は、赤29.9℃、黄30.0℃、桃28.1℃、ツバ赤26.9℃であったが、図3のように最終温度は従来の赤白帽が他の帽子に比較して顕著に高くなった(p<0.001)。同様に、帽子表面温度についても従来の赤白帽が最も蓄熱する結果となった。
白系の成績がよいことはある程度予測できたためツバのみを赤にした帽子を作成してみたが、「判別性」にやや課題が残るため、現在改良中である。桃白帽(薄赤白)は帽子内温度および表面温度ともにツバ赤並みに成績がよかった。
<h2>ゴルフのエチケット・マナーを尊重したニューアイテム開発に向けて</h2>
児童用帽子において、暑熱対策に優れ紅白の伝統も尊重した「ニュー赤白帽」として桃白帽は有用性が高いのではないか。今後も、白を基調としつつも赤系としての判別性に優れた帽子デザインの改良を重ねて行く。
同様にゴルフのエチケット・マナーを尊重しつつ、猛暑に適応できる着衣や用具についても検証の準備を進めている。
<img src="https://cms-backend-gew.com/wp-content/uploads/2024/07/kita4.jpg" alt="" width="500" height="296" class="size-full wp-image-81959" /> 図4.白熱灯照射前後における帽子表面温度の比較
参考文献
1) Kita T. et al(2019)Changes in Temperature Inside a Hat During the Play of Golf –Comparison of Hats with Different Shapes–、International Journal of Fitness, Health, Physical Education & Iron Games ISSN 2349 – 722X, Special Issue Vol: 6, No: 2, May 2019 163-166
2) 北 徹朗ら(2022)帽子の素材・色・形状が暑熱環境下でのスポーツ実施中の生理指標と帽子内温湿度に及ぼす影響、デサントスポーツ科学Vol.42 37-51
3) 服部由季夫、北 徹朗(2021)暑熱環境下における児童用赤白帽表面温度の経時的変化–サーモグラフィを用いた色・素材別の観察–、日本教育実践学会第24回研究大会、研究大会論文集、pp.14-15
4) Hattori Y, Kita T(2022)Thoughts of the protectors about risk aversion of the heat attack to their children –Investigation about colors and materials of caps and clothes particularly the red and white cap–、The Journal of Physical Fitness and Sports Medicine, Vol.11, No.6, p.405
5) 北 徹朗(2024)人工暑熱環境下における児童用帽子の表面・内側温度の経時的観察 -暑熱対策帽子の製品化に向けた赤白帽・黄白帽・桃白帽の比較検証-、日本運動・スポーツ科学学会第31回大会抄録集、p.24
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この記事は弊誌月刊ゴルフ・エコノミック・ワールド(GEW)2024年7月号に掲載した記事をWeb用にアップしたものです。なお、記事内容は本誌掲載時のものであり、現況と異なる場合があります。
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