月刊ゴルフ用品界2017年8月号
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79採用させたのだそうで、なんでも金で解決するアメリカでも、このスキャンダルだけは世間の問題になったそうです」 塩ジイが知る平山さんは、いつも笑顔を浮かべている穏やかな紳士だ。だがこのラージサイズの一件では、平山さんが眉をしかめている様子が頭に浮かんでくる。心温まるエピソード 公式球の採用では、少なからず混乱があった。スモールサイズが飛ぶからといって、公式競技会、例えばクラブの月例競技といえども、このボールは使えなくなった。使えば当然失格だ。 かつて〝コラムの鬼〟と言われた読売新聞の細川忠雄さん(故人)は、好きな酒とゴルフをやめてまで没頭した仕事が終わり、家でぶらぶらする日が多くなった。 そんなある日。奥様が「あなた、長い間お疲れ様でした。明日はゆっくりゴルフにでも行っていらっしゃい」と包装紙に包まれた1ダースのボールを差し出した。 「じゃあ、そうするか」と、翌日、ニューボールをバッグに忍ばせ、久し振りに自分のクラブであるSカンツリー倶楽部へ出かけた。で、川崎国際CCの理事長をしていた平山孝さんだ。彼は著書「泣き笑いゴルフ作法」(昭和37年刊・東京書房)の中で、アメリカがラージボールを使用するようになった経緯を次のように書いている。ちょっと長いが引用してみよう。 「アメリカが大きい球を使用するようになったのは十数年前のことで、その理由は球が飛び過ぎるというのですが、実は道具製造業者が道具を売る手段として、ゴルフ協会(筆者註USGA)の役員を動かし、大きい球を採用させたのだというのです。ゴルフ協会の役員に莫大な贈賄をして、大きい球を昭和7年、千葉県生まれ。昭和31年東京教育大学(現筑波大学)体育学部卒業。体育心理学専攻。同年(株)ベースボールマガジン社入社。ゴルフマガジン誌編集長を経て独立。会社役員、短大講師を兼ねながらゴルフライターとして活躍。最高のハンディは5。現在は14。ベストスコア69。アルバトロス1回。ホールインワン4回。エージシュート21回(平成29年1月5日現在)。著書「ゴルフ“死ぬまで”上達するヒント」(ゴルフダイジェスト社)ほか多数。塩田 正(しおだ・ただし)富士製鉄(現新日鐵住金)広畑入社。26歳の頃7本セットで3回の練習のみで先輩の命を受け、富士小山にて筆下し。1番4オンするもパターでオーバーしバンカーへ。6オンで10打。初ラウンドは140。5年後伊豆大仁理事長杯で入賞、HD16に。(糸巻スモール・パーシモンの頃)6年ほど前合唱団に入団し、演奏会でヴェルディのレクイエム、ベートーヴェンの荘厳ミサ、第九などを管弦楽団・ソリストと出演。5年前から有志で介護施設へ慰問に。被災地へも訪問。福島2回熊本も。歌による心の交流を体感。新日鐵住金OBOG合唱団にも参加。音楽とゴルフは終生の友。歌を学ぶにつれ、発声とゴルフに共通するものは、「体幹の保持と呼吸の安定」と痛感。臍下と臀部をしっかり支えたスイングを目標にしている。プレー中は全てをあるがままにうけとめ、結果よりプロセス重視。塩ジイが最良のお手本!第7回 塩田正の「塩ジイ」かく語りき 結果は上々、最後まで1位の座に残っていた。だが、表彰式直前になって競技委員から「ボールを見せてください」と言われ、見せたところ「やっぱり。あなたの使っているボールはスモールサイズでルール違反です」と失格を宣告された。 奥様はもちろん、細川さん自身も久し振りのゴルフで、小さいボールを見抜けなかったのである。 細川さんは自宅のドアをあけて「やあ、今日は楽しかったよ」と晴れ晴れとした顔で奥様に告げたという。自分が失格したことなどおくびにも出さずに。(第7回 完)白神 賢志さん (75歳。ゴルフ歴50年。最高ハンディ10。ベストスコア76)

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