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プロゴルファー東尾理子、カウンセラーとして母としてのこれから

遠藤淳子の女子プロ列伝 遠藤 淳子
東尾理子

月刊ゴルフ用品界2016年7月号 『女子プロ列伝』に掲載。
なお、記事内容は本誌掲載時のものであり、現況と異なる場合があります。

不惑を迎えても、これからやりたいことリストが次から次へと浮かぶ。それが東尾理子の魅力なのかもしれない。

「今の自分があるのはゴルフのおかげ。だから、ゴルフに恩返しがしたい。ゴルフの楽しさを教えるのもいいし、ジュニアにゴルフを紹介するのもいい。障害者もやりやすく金銭的にもハードルの低いスナッグゴルフにも興味があります。解説の仕事も勉強になるし面白い。試合? やっぱり魅力ですね。45歳になったらレジェンズツアーに出られるかなぁ。身体を作って練習して準備して‥‥。大変ですね」と、笑う。

ゴルフ関係だけでもこれだけの夢がある。

ゴルフへの恩返し。カウンセラーとして、母として

大学時代に専攻していた心理学の世界への興味も尽きない。仲間(ピア)としてカウンセリングをするピア・カウンセラーの資格を取得。

自ら経験した治療を経て、”「不妊」じゃなくてTGP”まで著していることから「不妊ピア・カウンセリング」の活動を熱心に行っている。本のタイトルになったTGPとは、東尾自身の造語でTrying to Get Pregnantと言う意味を持っている。

これはネガティブなイメージのある「不妊」という言葉の代わりになるものだ。「治療中の人、治療を始めようとする人に対して、私は金銭的な支援も身体のサポートもできないけど、心のケアはできるから」と、いう思いでしているものだ。

東尾自身、英ツアーに参戦していた頃に「子供が2~3人欲しいならそろそろ結婚しないと」と気づいた。30歳を過ぎた頃だった。俳優の石田純一氏と結婚したのが2009年。34歳の時だ。

翌年からTGP治療を始めたことを、ごく当たり前にブログやテレビ番組などで包み隠さず話していたら「なんで(TGP治療を)カミングアウトしたんですか?」と尋ねられ「隠すことだなんて思ってもいなかった」と驚いた。バッシングも受けた経験がある。

性教育よりも生殖教育を

だからこそ、若い女性たちのことが気になって仕方ない。

「経験上色々勉強しました。結婚は相手が必要だけど自分の意志でできること。でも、子供を持つことは自分の意志だけではできないことを知ってほしい。年齢によって考えなければいけないこともある。養子を取るにしても年齢制限がある。子供が欲しいと言っても、産みたいのか、育てたいのか、遺伝子を残したいのか。よく考えた上で検診を受けて欲しい。そういう意味でも日本の性教育は生殖教育としてきちんとやって欲しいですね。女子プロの後輩たちにも話したい。その啓発もやりたいこと」と力強く語った。

TGP活動の甲斐もあり、現在3歳の長男(2016年7月当時)、3月に生まれたばかりの長女、2人の子育てを優先しながら仕事をしている。一番大切なのは子供たちとの時間。「知識だけじゃなくて、それを行動に移せる人間になって欲しい」という方針で、日々、接している。

「トンビ」のニックネームで知られる名投手、東尾修の長女として1975年に誕生。父は、西武ライオンズの本拠地、埼玉県に単身赴任中。母、タマエさんと2人、福岡県で幼少期を送った。

ゴルフとの出会いは、母のお腹にいる時のこと。出産で太り過ぎた母が勧められたのがゴルフだった。その後、母はアマチュアとして実績を残したのだが、娘にとって最初の記憶は、練習場で遊んでいたというものだ。子守を頼まれたレッスンプロが、せっかくだから、と手ほどきを始めたのがきっかけで、短いクラブを握り始めた。

テニスにピアノ、エレクトーンに英会話と習い事は山ほどしたが、唯一、続いたのがゴルフだった。中学で東京に引っ越してからも、大した練習はしていない。

「私には一度も言ったことがないけど、どうやらプロになって欲しかったらしい」という父が「週1回でいいから練習してくれ」と、レッスンプロを連れてきた。高校生の時だ。娘は、試合の後で夏期講習に通ったりしていた。プロゴルファーの多くが大学出身だが、卒業ではなくて中退ばかりと言うのも気になった。

「あれと同じではイヤ」と、負けず嫌いな性格のまま、勉強も続けていた。ゴルフ中心というわけではなかった。

それなのに、高2で日本女子アマ・マッチプレーで優勝。状況が一変した。「本当に実力ではなく、直前に練習したバンカーショットと、買ったばかりのスワンネックパターの調子がよくて、まちがいで勝ってしまった」と笑う。

成績が出なくても父が有名なため大きく報道され、ねたまれるのが嫌で、実力をつけようとしていた少女が、結果を出した瞬間だった。

どこまでゴルフがうまくなるだろう?

それでも、プロゴルファーになるつもりはまだまだなかった。日大を経てすぐにスカラシップでフロリダ大に留学。心理学を専攻した。日本とは違い、成績が悪いとゴルフもできない。必死で勉強した。ゴルフもしたが、息抜き程度。

この生活がかえってゴルフへの渇望を生んだ。卒業がほぼ決まった最後の夏休み、米国で初めて、ゴルフ漬けの2週間を送った。そこで「どれだけゴルフがうまくなれるか打ち込んでみたい」と、プロへの気持ちが芽生えたのだから、人生はわからない。

ミニツアーのフューチャーズ(現シメトラ)を経て、日本のプロテストに一発合格したのが1999年のこと。2003年のシーズン終盤、エリエールレディスで古閑美保とプレーオフをして敗れたのが、最も優勝に近かった時。

自分でも、ゴルフがすごくうまくなったことを実感しており、期待でいっぱいだった。ところが、その3日後、両足をねんざしてしまう。2004年から2007年までは米国でプレーしたが、その間にも左肩の靭帯損傷で手術をするなど、故障に泣かされ、今日までプロでの優勝はない。

「あの時、優勝していれば違っていただろうし、肩の手術をしていなければ、そのままアメリカで試合に出ていたはず。そうしたら結婚もしていないし、子供もいないと思います。だって、試合は打ちのめされても楽しいものですから」と、人生の成り行きを楽しんでいる。

貪欲で、そして成り行きに任せることも知っている40歳(2016年6月当時)。まだまだこれから、やりたいことは増えて来るに違いない。

淳子目線

取材当日、うれしいことがあったと教えてくれた。TGP活動の流れで、長女出産前の遺伝子検査で染色体異常が見つかった。これを公表するとひどいバッシングにさらされた。

有名人の子供としてこの手のことには慣れている。「タブーに対する問題提起ができてよかった」と前向きに思っていたところ、ある知人から感謝された。やはり異常が見つかり、家族から出産を止められ、責められた経験を持つ人だった。

「何があっても生み育てる」という東尾の意志に励まされたというのだ。「子供を殺さずに済んだのは理子さんのおかげです」と言われた。妊娠、出産と言う節々での正解は、誰にもわからない。

だがバッシングに屈することなく、自分の正解を示した東尾の行動が、一人の子供と母親を救ったことだけは紛れもない事実だ。


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遠藤 淳子

遠藤 淳子

フリーライター。都立三鷹高校→日本大学文理学部社会学科卒。東京スポーツで10年間、ゴルフ担当記者としてメジャーを始め日米欧男女各のトーナメントを取材。1999年4月よりフリーランスとして執筆を続けている。

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