イトーゴルフガーデンは、東京都武蔵野市関前にある2階建て57打席150ヤードの練習場だ。井の頭通りに面しており、道を挟んで東京都水道局と境浄水場がある緑豊かな環境である。取材は平日の午前中だったが、1階打席は満員で、朝から賑わいを見せていた。
筆者は都内から車で訪問したが、交通のアクセスも良く、また、三鷹駅北口からバスで10分程度の立地。ちなみに境浄水場は1924年に通水した、日本で最大規模の緩速濾過方式の浄水場で、沈殿・濾過・殺菌処理された水は、千代田・渋谷・世田谷区などに給配水されている。この練習場の成り立ちやコンセプトについて、株式会社イトーゴルフガーデンの伊藤博通社長に取材した。
イトーゴルフガーデンが竣工したのは1972年10月。創業者は博通社長の父・平司氏で、同氏は現在会長を務める。伊藤家は代々この武蔵野の地で農業を営んでいた。練習場の横には樹齢300年を超える武蔵野市登録文化財の市登録天然記念物である「伊藤家の大ツバキ」が植えられている。伊藤家は長く、この地で生活を営んできた。
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イトーゴルフガーデン大椿[/caption]
練習場の創業は、平司会長が40歳の時だった。伊藤家は、都市近郊にある利点を生かし様々な作物を栽培していた。特に平司氏は、それまで栽培されていなかったカリフラワーやブロッコリー、セロリなどの西洋野菜に果敢に挑戦するなど、農業経営は順調であった。
ところが、1964年の東京オリンピックを機に首都高速道路が各地に伸び、1967年に中央自動車道が開通すると、流通革命が起き、東京近郊の農家にも大きな影響がでてきた。長野県などの品質の良い高原野菜が即日市場に出回ることで、競争力が衰えてきた。また、高度成長期の都市化が進み、土地の価格が上昇。農業の継続が厳しくなる。
「そこで、当時38歳だった父は農業から土地を有効活用して、新事業を決意しました。近隣に小規模のゴルフ練習場があった。父はゴルフ経験がなかったものの、そこを訪ねたらたいへん賑わっていた。伊藤家の土地を使って大きな練習場を経営しよう、と閃いたそうです」
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イトーゴルフガーデン開所式[/caption]
アクションは早かった。取引銀行に都内の練習場の収支を調査してもらい、経営の数値を把握する。近隣の三鷹の友人がゴルフ練習場を経営していたので、話を聞いて「ゴルフというスポーツはもっと流行るにちがいない」と確信。ゴルフ練習場のための事業資金1億7000万円を銀行から借り入れたという。
1971年に農業を止め、練習場の設計など準備を進め、1972年5月に着工、10月に完成。高度成長期で建築資材が高騰する中、即断即決が奏功して、完成後すぐ価格が3倍に上がったのを避けられた。
イトーゴルフガーデンは開業時に「有限会社イトーゴルフセンター」だった。平司氏がシンプルな社名を好み苗字から取ったが、苗字の「イトウ」を「イトー」としたのは、当時イトーヨーカドー、ダイエーなど音引きの企業名が増えたことにちなんでいる。ゴルフブームもあり、経営は順調に推移していった。
バッティングセンターも
1975年に空き地を利用して7ホールのショートコースを併設。1980年に、敷地内に緑を多く植えたことから「ガーデン」の文字を加え、現在の「株式会社イトーゴルフガーデン」に社名変更。現在、ショートコースはアプローチ練習場と5打席のバッティングセンターになっており、野球の練習もできる。周辺には少年野球チームが多く、親子や子供たちに喜ばれているが、運営にはシルバーセンターの人材を活用している。息子の博通氏は2012年10月に代表取締役社長に就任し、現在60歳で経営を担っている。
「学生時代はゴルフに興味がなく、自動車の草レースやエンジンの分解などが趣味でした。24歳で、自然な流れで家業に入りました。練習場やバッティングセンターの設備の修理は、部品さえあれば私ができる。趣味が生きてますね(笑)」
イトーゴルフガーデンの特色は、
70ヤードまで天然芝で、アプローチの球の転がりやスピンコントロールが体験できる。芝から打てるアプローチ練習場もあり、
「お客様のスコア向上、健康維持、コミュニケーションの場を目指しています。お客様が気持ちよく練習できるよう、ボールとショットマットは早めに交換しています」
このような配慮がウケて、平日の午前中でも1階打席は待ちがでることもある。平日は8時30分開場なのだが、7時過ぎから、
「お客様がバッグを置いて、楽し気に会話しながら待っている。コミュニケーションの場になってます」
特に平日の午前中が人気なのは、博通社長が提案した工夫による。バブル崩壊後、客数が減少した時に、平日の午前中に入場すると3カゴ以上打った場合1カゴサービスの割引を始めた。これを20年以上続けているが、火曜日のレディースデイも、女性客は終日1カゴサービスが受けられる。
来場者は年間10万人で、商圏は武蔵野市内が中心だが、アクセスの良さで都内からも来場する。女性の来場比率は2割。ゴルフスクールは2階打席を活用し、フリーのプロ、インストラクターのレッスンには施設使用料を課していない。練習場には来場者の打席・ボール使用料が入るだけでOKと太っ腹だ。練習場のコンペIGG会は426回を数える。
地域貢献にも前向きだ。消防団、防犯協会、武蔵野法人会などに積極的に参加して、会長・団長などの役職を親子2代にわたり引き受けている。練習場の課題として「人材確保と相続税による事業継続の難しさ」があるそうで、次世代へ如何に残していけるかを思案する日々だとか。地域密着の練習場・イトーゴルフガーデンの賑わいが、次世代も続くことを期待したい。
この記事は弊誌月刊ゴルフ・エコノミック・ワールド(GEW)2024年5月号に掲載した記事をWeb用にアップしたものです。なお、記事内容は本誌掲載時のものであり、現況と異なる場合があります。
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