ゴルフクラブはヘッド、シャフト、グリップの3パーツからなっており、グリップはこれまで地味な存在に過ぎなかったが、にわかに注目を集めはじめた。さる80代のゴルファーがこう話す。
「年をとると手がカサカサするようになってね。だからぼくは、しっとりしたグリップが好きなんだ」
クラブとヒトの唯一の接点。それだけにグリップは大事なパーツといえるだろう。
地味だけど凄いグリップの力。その実力を多角的に検証しよう。
春先に起きた珍事
今春、一部のゴルフ専門店でちょっとした異変が起きていた。スポーツ量販チェーン・ヒマラヤの江崎隆夫チーフマネージャーがこう話す。
「クラブメーカーを含めた売上のトップ10に、グリップメーカーが入っているんです。これは珍しい傾向といえるでしょうね」
当然だろう。グリップの販売単価は2000円前後で、1本数万円のクラブとは比較にならないほど安い。それが、クラブメーカーの一角を崩して上位10社に入ったというから、驚くのも当然だ。
同様のコメントはヒマラヤに限った話ではなく、大手量販店のゴルフ5やヴィクトリアゴルフからも聞かれるなど、にわかに注目を集めている。
理由は、グリップの販売価格の上昇だ。販売本数は各店とも微減傾向にあるのだが、グリップ業界の巨人と呼ばれる『ゴルフプライド』を筆頭に各社とも高機能グリップを打ち出して、販売単価は上向きだという。
その一方、店頭での販売本数が鈍化したのは、ネット利用者が増えたこともある。ネットでグリップだけを購入し、これを店頭に持ち込んで組み替える。交換工賃は専門店の「グリップ売上」に計上されるから、販売本数は微減だが売上は右肩上がりというわけだ。
<h2>推計1300万本のアフター市場</h2>
<img src="https://www.gew.co.jp/wp-content/uploads/2018/08/grip2.jpg" alt="ゴルフ グリップ" width="788" height="525" class="aligncenter size-full wp-image-47984" />
そもそも、国内市場にはどれぐらいのグリップが流通しているのだろう? この点に興味がわくのだが、実は正確な調査データはない。
代理店を通さない並行輸入や、これを仕入れて組み替える工房は個人店が多いため、数を捕捉できないのが実情だ。
そもそもグリップは「OEM需要」と「アフター需要」に大別される。前者はクラブメーカーが完成品につけて出荷するもので、こちらは数量が把握しやすい。問題は後者のアフター需要で、上記の理由から実態はわかりにくい。
グリップメーカーにしてみれば、大口需要が見込めるクラブメーカーは上顧客だが、その分単価は安くなる。そこで、カスタム需要の盛り上がりもあり、工房に高付加価値のグリップを売り込む傾向が強くなった。「アフター市場」が大きくなるほど実態が見え難くなるわけだ。
ただし、類推はできるだろう。カラーグリップの先鞭をつけたイオミックの古東義崇専務によれば、
「当社のアフター市場向けのグリップは、150万本程度の出荷量です。さらに調査会社の推計によれば、我々の国内シェアは1割弱となっています。だとすれば、国内のアフターグリップ市場は1500万本ほどになるわけですが」
<img src="https://www.gew.co.jp/wp-content/uploads/2018/08/iomic.jpg" alt="iomic" width="788" height="525" class="aligncenter size-full wp-image-47995" />
そこでGEWは、国内の主なグリップメーカーにアフター用の出荷量と推計シェアを尋ねてみた。その結果、イオミックが推計する1500万本よりは少なく、「1300万本前後」の市場規模が妥当と考えられる。
この「1300万本」の市場を巡り、様々なメーカーが売り込み合戦を行っている。最大手のゴルフプライドを筆頭にイオミック、STM、ジオテック、ワークス、ウィン、スーパーストローク、ムジークなど十数社が、細長いゴム棒を懸命に売り込んでいる。酷暑の中、営業マンの苦労が察せられる。
<h2>グリップは意外に儲かる</h2>
グリップの平均売価は、ウッド・アイアン用で1500円程度、パター用が3500円といったところで、有賀園ゴルフの有賀史剛社長によれば、
「交換の工賃は1本300円ほどで、グリップ自体は定価販売です。一見小さな売上ですが、長い目で見れば利益を確保できます。近年、クラブを自分用に組み立てるカスタムが注目を集めており、この傾向に照らせばグリップは市場活性化の起爆剤になるでしょう」
<img src="https://www.gew.co.jp/wp-content/uploads/2018/08/grip-ko.jpg" alt="グリップ交換作業" width="788" height="525" class="size-full wp-image-47990" /> グリップ交換作業
クラブは割引合戦が常態化しているが、グリップは「定価販売」が通用するという。専門店がグリップに注力する一因だ。
それだけに、グリップメーカーの売り込み合戦は熾烈を極める。地味な部品だが、その性能を専門店に認識させ、ゴルファーに伝える作業が求められる。
その際、代表的な手法が「グリップ交換会」で、これに注力するのがSTMだ。同社の設立は2013年、プラスチック加工業を営むキンジョという会社が母体。樹脂系素材のエラストマーを使用した「異硬度二構造」という特徴を掲げてグリップ市場へ参入した。中村常務が参入当時を振り返る。
「当初は量販店に持ち込んでも、まったく相手にされませんでした。最大の課題は知名度の低さです。これを解決するためにプロとも契約しましたが、取引店は増えなかったのです。
そこで、自分たちでゴルファーに直接アピールしようとなりました。直接現場に出向いて、グリップ交換会を実施する。よければ買ってくださいと、直販にシフトしたのです」
<img src="https://www.gew.co.jp/wp-content/uploads/2018/08/stm.jpg" alt="stm s-1" width="788" height="197" class="size-full wp-image-47979" /> STM S-1グリップ
ゴルファーのグリップへの関心は薄い。それたけに、直接性能を体感してもらう施策が重要だった。
その足掛かりは、ゴルフ場運営大手のアコーディア・ゴルフだったという。まず、アコーディア系列の練習場2ヶ所に持ち込み、それぞれ2日間の交換会で各100本以上販売した。同社の戦略が面白いのはここからで、
「交換会で得た利益をすべてショップに還元したのです。グリップ交換は利益が取れる、そのことを売場に意識させたかった」
以来、同社は交換会に注力する。現在は年間150回で、3人の営業マンが常時1000本の在庫を営業車に積んで東奔西走。交換会は単に販売だけではなく、製品に対するゴルファーの声を直接聞けることも利点だという。
この点に同調するのがイオミックの古東専務である。
「消費者からグリップへの要望や改良点が聞けることは、開発にとって重要です。当社では年間60回ほど交換会を開催して、ブランドのファンを増やしています」
<h2>グリップ在庫6000本の工房</h2>
<img src="https://www.gew.co.jp/wp-content/uploads/2018/08/golf-remix.jpg" alt="CRAFT SHOP GOLF REMIX" width="788" height="525" class="size-full wp-image-47987" /> CRAFT SHOP GOLF REMIX
グリップの重要性をアピールするショップも増えている。千葉県の工房、ゴルフリミックスは専門量販店も顔負けの物量作戦を展開。月間のグリップ交換量はなんと1000本にもなるのだとか。藤田典紀代表によれば、
「グリップの取引メーカーは約20社で、600種類を10本ずつとして6000本程度を在庫しています。ここまで大量に扱っている工房は珍しいと思いますが、その目的はゴルファーの選択肢を広げるだけではなく、工房の敷居を下げる狙いもあるんですよ」
ゴルフ工房は、初心者にとって敷居が高い。特に女性ゴルファーにとっては「怖そうなおじさんがエプロンつけて働いてる」と奇異に映る面もあるようで、心理的な圧迫感は否めない。銀座の高級寿司店と同様、入ったらいくらとられるかわからない、そんな不安感が顧客の広がりを抑制する。
<img src="https://www.gew.co.jp/wp-content/uploads/2018/08/golf-remix2.jpg" alt="GOLF REMIX店内" width="788" height="525" class="size-full wp-image-47988" /> GOLF REMIX店内
藤田代表は、そんな疑念を払拭するためにグリップ交換を活用しているという。どういったことか?
「工房の初心者にはまず、低料金のグリップ交換から提案します。グリップを換えるだけで打ちやすくなる。そのことを実感してもらえれば、工房への認識も変わるでしょう。
千葉県はゴルフ銀座ですからね、研修生あがりのレッスンプロが多いんですよ。当店は20名ほどのレッスンプロと密な関係を築いて生徒を送客してもらっています。まずはグリップ交換を体験して、慣れてからクラブ販売につなげるという流れです」
「エプロンのおじさん」から高いクラブを売りつけられそう。そんな不安を払拭するには「工房慣れ」してもらう必要がある。低価格のグリップ交換は、その意味で最適な商材だとか。
<h2>ドライバーより儲かる?</h2>
長い目でみれば、価格競争に陥り難いグリップ交換は利益が計算できるビジネスといえる。まとまった量を捌ける専門量販店にしてみれば、地味ながら利益が計算できる商売だ。
<img src="https://www.gew.co.jp/wp-content/uploads/2018/08/grip3.jpg" alt="ゴルフ グリップ" width="788" height="525" class="aligncenter size-full wp-image-47993" />
前出の有賀園ゴルフは交換工賃300円だが、仮に月間1000本を交換すれば30万円、年間360万円の「純利」という見方もできる。
それがどれくらい魅力的なのか。たとえば1本5万円のドライバーを粗利2割で売った場合、1万円が手元に残る。するとグリップ交換で得られる360万円の利益は、ドライバー360本分の販売量に相当する。交換工賃は「技術料」だから、値引きを求めるゴルファーもいないだろう。
さらにグリップ自体も定価販売となれば、その粗利も加わるためかなりの利益を稼げるわけだ。専門店が重視するのも頷ける。
ただし、もっとも重要なのはグリップの性能アップ。いくらカスタム流行りの傾向とはいえ、グリップの性能が優れていなければ交換するメリットはない。この点、どうなっているのだろうか。実は、各社ともオリジナリティを発揮するために様々な工夫を凝らしている。
<h2>高性能グリップの実情</h2>
グリップは地味な部品だが、ゴルファーとクラブをつなぐ唯一の接点であり、重要なパーツに位置づけられる。そのため各社の開発は素材、構造、デザイン等で差別化を図り、他社と優位性を競っている。
『ゴルフプライド』のグリップを輸入販売する日本フェィウィックは昨年10月、「アライン技術」を搭載した製品『アライン』を発売した。
野球ボールには制球するための盛り上がったライン(縫い目)がある。これと同じ盛り上がりをグリップの裏面に施したのが「アライン技術」で、従来のグリップに比べて表面硬度が50%高い専用素材(ファーマーマテリアル)を採用したとか。
<img src="https://www.gew.co.jp/wp-content/uploads/2018/08/golf-pride.jpg" alt="GOLF PRIDE アライングリップ" width="788" height="300" class="size-full wp-image-47981" /> GOLF PRIDE アライングリップ
これにより方向性と操作性が高まると同社は主張している。
また、樹脂系素材のグリップに先鞭をつけたイオミックは『Xグリップ』と『Stacky』を主力製品にしている。同社は豊富な色遣いでグリップをおしゃれに仕上げた実績があるが、実は独自の計測器を開発するなど構造の研究にも余念がない。
そのひとつが「グリップトルク計測器」だ。グリップには肉厚があり、スイング中、シャフトに接着された内側と手で握る外側がねじれ(トルク)てしまう。
そのトルク量を測定した結果、インパクト時のグリップの平均的なトルクは0.4~0.6mmであるとして、独自の算式で、0.1mmねじれると100m先の着弾地点で1.33mのブレが生じることがわかった。製品開発にはこの点をフィードバックさせたという。
一方、STMの『S-1』は「異硬度二層構造」を採用したもの。1層目に399個の星型を配した「土台」を設け、高硬度素材の採用でインパクト時のねじれを軽減させた。
星型の土台は滑りの軽減に役立つもので、2層目の表面は硬度の柔らかい素材でフィット感を改善。エラストマーを使った2層構造は素材の性質により、金型の成型が難しいため、金型メーカーの選定には苦労したという。
また、ワークスが販売する『パーフェクトプロ』は振動吸収性に優れた合成ゴムの「ABR」を採用し、インパクト時の衝撃を25%緩和できたという。
<img src="https://www.gew.co.jp/wp-content/uploads/2018/05/perfectpro8.jpg" alt="パーフェクトプロ" width="788" height="525" class="size-full wp-image-43839" /> パーフェクトプロ
以上はほんの一例だが、各社とも独自路線で他社との違いを訴求している。
30年以上前の話だが、タイヤ各社は「黒くて丸いゴム製品」をブランド化するために、ブリヂストンが『レグノ』、横浜ゴムは『アドバン』など「スポーティなタイヤ」を意欲的に投入した。横浜ゴムはゴルフ市場へ参入する際、アドバンチームから人材を選抜して「プロギア」を立ち上げた経緯がある。
シャフトもかつて、クラブのパーツに過ぎなかったが、藤倉ゴム工業の『スピーダー』や日本シャフトの『950』がブランド化に成功して、付加価値商品に仕上げている。クラブメーカーのカタログには、シャフト各社の「ブランド製品」が掲載され、好みのシャフトを装着できることを謳っている。
換言すれば、クラブメーカーはシャフトメーカーの「ブランド力」に期待する面が大きいわけだ。
今、グリップ各社も同様の道を志向する。クラブメーカーの発表会ではシャフトの性能に言及するケースが多いのだが、グリップに触れることはほぼ皆無で、存在感はまだまだ薄い。しかし、部品からブランド製品に脱皮すれば成長の余地はまだまだある。カギは、グリップの重要性をどれだけ認識させられるかだ。